二幕 旅の仲間 四話「世界樹」
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登場人物が増えます。
疲れきった体を馬に預けて、祠に向かう。
戦闘前にはいなかった虫達の動く気配がする。逞しいなぁ。
各々が考えたり周辺を探ったりしながら、静かに進む。が、ぐうっとお腹が鳴いた。そうか、今日は連戦で昼ご飯も食べてないんだ。
ビプネンも悲しそうにお腹を擦っている。この間……まだ昨日かな? 熊から戻った後、大量に食べてたもんね。
祠の結界に着いた。肉眼では周囲と同じように林が続いているが、魔法で探ると白い霧で塞がれている。
イアリロがそっとその霧に手を翳すと、扉ができた。余り大きくはない。
馬から降りて、順番に扉を抜ける。大きなビプネンとその馬も、身を縮めて何とか通った。
扉を潜った途端に、景色が変わった。泉の上から射し込む日光に煌めく水、森と小さな祠、数軒の小屋。
小さな女の子数人と獣達が祠の前に集まっていた。
「おかえりなさい」一人が小走りで近寄り、屈んで迎えるイアリロに抱きつく。亜麻色の綺麗な髪、焦げ茶の瞳の可愛い子だ。
「ただいま、モコシ」人の気配じゃない。俺達に近いな、精霊かな?
イアリロがこちらを向いて手を伸ばす。傍にしゃがんだ。
「私の番いだよ。ルーグ、白虎の後継だ」
「はじめまして」とりあえず会釈する。
モコシはじっと俺を見るが口は開かず、ポロポロと涙を溢した。俺……何かしたかな?
イアリロはその背を撫で、彼女を抱いたまま立ち上がった。なるほど、いつもされてることを端から見ると、子ども扱いにしか見えないな。
「とりあえず食事と、少し休ませてほしい。頼めるか?」イアリロが声をかけると、周囲の子ども……妖精達? が各々違う方向に駆けて行った。
大きめの小屋はビプネンとゴランに譲り、リュドミラと俺達は、小さ目の小屋に入ることにする。リュドミラは、後で軽食を貰いたいけど、先に湯あみの支度をしてほしい、と頼んでる。
確かに汚れてる、とイアリロと顔を見合わせ、泉へと方向転換した。ゴランも付いて来るが、ビプネンは不思議そうに自分の体を見回してる。熊から戻ると綺麗になるのか。
「彼には先に食べさせててあげて」イアリロが声をかける。
「ねぇ」抱かれたままのモコシが声をあげる。
「あぁ、ごめん。水浴びに連れてっちゃダメだね」イアリロが下ろすと、会釈して走って行った。
可愛いなぁ。仲良くなれるといいんだけど。ウロスといい、イアリロの眷族達とは上手くいかない……いや、馬とは上手くいってる! と自分を励ます。何やってんだか。
イアリロが頭を撫でて、微笑ってくれる。
「母を愛してたからね、複雑らしいんだ」よく分からないけど、頷いておく。後で必ず事情を訊こう。
泉の上に丸く青空が覗く。ここから祠を見ると、後ろの大きな木を祀っていると分かる……あれ? 物凄く大きいんだけど? 森じゃなくて、あの木一本なの? 見上げても、てっぺんすら見えない!
「ユグドラシルだよ、聞いたことない?」口を開けて見上げる俺を、イアリロが笑う。
「世界樹ですか?」うわ、すげー!
「正確には、その影だね。この祠からも道が繋がっている。母は『本物はもっともっと綺麗だ』と話していた」
ユグドラシルに気を取られたまま水浴してたら、イアリロに丸洗いされた。恥ずかしくて怒ってると、その足を引っ張られた気がした。
泉を覗き込んだら、水底で、緑の髪の少女達が笑ってる! 驚いてイアリロにしがみついたら、また笑われた。
「イアリロはちゃんと声をかけてたぞ、身体を洗うとも、水の精霊がいるとも。お前がボンヤリしとるからだ。それより飯だ飯!」
ぶつぶつ言ってると、ゴランの拳骨を喰らった。みんな俺の頭を叩き過ぎ! 確かに、世界樹に見とれ過ぎてたんだろうけど。だって凄いもの。
着替えて小屋に入る時、庭に俺達の服が干してあるのが見えた。働き者だなぁ。正直、村を出てから汚れてばかりだったから助かります。
小屋でも色んな姿の妖精達が、食事の支度やら何やらで大忙しだ。
果物や木の実、野菜のスープと、森で採れる物ばかりだけど、どれも美味しくて夢中で食べた。空腹だったんだな、と実感する。
食べたら眠くなった。いつの間にか、寝床も用意されてる。イアリロがあくびをしながら引き寄せるから、いつもの様に抱きしめられて眠った。
パチパチと火が燃える音と、イアリロの声がする。
「じゃあ、かなりの数の精霊達が帰って来てないのか。いつから道を塞がれてたんだい?」
「九月に入った頃ね。祭りの予定だと聞いていたのに、誰も来ないから見に行ったら、村人達の死体があって。精霊達は見つからなかったわ」
俺が起きたのに気付いたのか声が止んで、イアリロのキスが降りてきた。
「大丈夫そうなら一度起きる? ビプネンはまだ食べてて、リュドミラはこのまま朝まで休むらしいけど」
「起きます。お話の邪魔してごめんなさい」モコシの声だったよな、と起き上がりながら見回した。
そこには美女がいた!? イアリロを見上げる。
「モコシは大地の女神だよ。ユグドラシルとこの祠を守ってくれてる。彼女がいてくれるから、私達蒼竜はここを離れられるんだ」
「昼はごめんなさい、リンダのことを思い出して」モコシ? な美女が軽く頭を下げるのに、慌てて首を振った。
「いえ、俺こそすみません。実はよく知らないんです、きちんと話が聞けてなくて。イアリロのお母さんに助けて貰った、としか」
くるりと向きを変えて、モコシがイアリロを見る。
「イアリロ。話しておいた方がいいわ。今から都に向かうなら、余計に」モコシの真剣な言葉に、イアリロが苦笑して、答えた。
「そうだね、兄達のこともある。話しておくよ」
精霊達がまた、食べ物や水を置いて行ってくれた。
イアリロが俺を膝に抱えようとしたけど、首を振って、暖炉の傍に座っている。
「クヴァシルとベスタの事を言えないね。どう話したらいいのか、分からなかったんだ」イアリロが火を見つめながら、ゆっくりと話し始めた。
「少し長くなるけど、昔の母の事から、話していいかい?」この旅は、皆の話を聞く旅になるのかな、と思いながら、頷いた。
「母の本名は、リンドブルムというんだ。この辺りに伝わる、龍というより大蛇の名でね、母はこの名が大嫌いだったらしい。だから大抵、リンダと名乗っていた」イアリロの目が懐かしそうに潤む。
「二百年ほど前、先々代の蒼竜達は高齢になり、後継に転生者を迎える儀式をしていた。しかし、土壇場で中止した。候補者が前世の世界での転生を望んだらしい。先々代は新たな魂を探したが、その負担は大きく、儀式直後に力尽きた」転生は拒めるのか。自分の時のことも覚えてないからなぁ。
「母は親を知らずに育った。立ち会っていた白虎やモコシ達は精一杯努力してくれたそうだよ。でも、引き継がれた記憶に『抜け』がある事に周囲が気付いた時には、母は自分が失敗作だと感じ、転生者や他の聖獣達に強い劣等感を持ってしまっていた」なるほど、皆が俺の記憶を心配してくれる筈だ。
「そんな時に黄龍が、新たな妨害者の到来を予言した。母は転生者への引き継ぎが急務だと、子どもの親になる人を探しに出掛けた。母は自殺の様なつもりだったらしいが、父と出会い恋に落ちた。スラブの男は無口だけど、本気になると口説き上手らしいよ。私も父を見習って、言葉は惜しまないことにしてるんだ」流し目で微笑む。はい、絶賛口説かれ中ですね。
「父はそんなつもりではなく、反対に口説かれたんだと主張してるけどね。まぁ、両親は無事結ばれ、私が生まれた。母は父を看取ってから逝くつもりだったそうだ」
イアリロは、少し休憩、と立ち上がった。
そうか、ここから、父や俺が関わってくるんだな。
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