一幕 始まりの村 九話「収穫祭」中編
ご覧頂き、ありがとうございます。
あと二話で一幕が終わり、いよいよ冒険が始まります。お楽しみいただけたら嬉しいです。
昼食は、落ち着かないだろうから、と部屋へ運んでくれた。
お祭り前にウロウロするのも楽しかったんだけどね、残念……自業自得だったな。
食後すぐに、クヴァシルとベスタは旅の準備もあるから、と出て行った。
気を取りなおしたイアリロは、
「この先、またこんな事が起きたら困るから」と、聖獣の役割や力について、一から教えてくれている。
俺達聖獣は、夢の世界の核となった黄龍の四方を守る為に、ヒュプノスに生み出された。
創世当初は「エネルギーの塊」そのものとして存在していたそうだ。
その後も現実世界とこの夢の世界は、眠りを通じて緩やかに絡み合い、影響しあってきた。
夢の中では時間の流れも速さも大きく異なる。一時期、時間の神クロノスの影響を強く受けたらしく、現実の時系列と無秩序に繋がってしまったらしい。
関係性を明らかにしようとした聖獣らも、考証を諦めた程だという。
しかしこの世界の住人達は夢から生まれたという由来からか「世界の核」を身近に感じており、その存在を忘れることはなかった。
彼等はその存在を「神」と認識し、自身の信仰と結びつけるようになった。
四聖獣は自身と近しい性質の「神」を選び、自身をその枠に近づけたり当て嵌めることでその存在を確立している。
古代の「神」は人々が抗えない大自然であり、事象そのものであった。大地や海、太陽と月、夜と昼、火や水、獣や鳥といった、万物が対象となった。
自然崇拝、超自然的な存在への信仰であり、アニミズムと分類されるらしい。原始宗教は、前世の世界でも同様に展開していったそうだ。
しかし、現実世界との違いの一つが我々「聖獣」が存在すること。また、それと敵対するものも存在していることだった。
目の前に実在し交流していることで、超自然の存在を疑うことはなかった。……それはそうか。
更に、世代を引き継ぎながら人々を守っていることは、輪廻転生や死後の世界を信じること、祖先の英霊を弔い敬うことに繋がった。
また、黄龍からの夢を通じての暗示や警告があり、必然的に巫女や聖職者の地位が向上した。
そして、何より大きな違いがある。時に常識を覆すほど「思念」の力が強いこと。これは現実世界とこの世界を隔てる、大きな壁となった。
思念の力から生まれた存在はその力を使って現実世界ではあり得ない、奇跡的な事象を引き起こすことができた。
人は神々(悪神を含む)や精霊が行うそれを「魔法」と呼び、人や魔物が呪文や呪陣などで似た事象を引き起こす場合を「魔術」と呼んだ。
魔術を行う事ができる、魔術師や魔女は大変貴重で尊敬される。
魔法が使える神の眷族に至っては、神に準じる存在と見なされるそうだ。
エライ事、してしもたんや…… 少し理解した。そりゃ、クヴァシルやイアリロが悩む筈だ。よくよく考えて準備して、相手の意思確認もしなきゃいけなかったよな……
元々、この村には(後継の俺を含めて)三聖獣が存在していた。それを知る人は重要視していたらしい。
そこへ突発事故でイアリロまで加わった。四聖獣が集まり、暫く滞在する。しかも大きな祭がある、というのは十年に一度あるかどうかの事らしい。
その上神官の任命なんて、百年に一度もない慶事だそうだ。
「『急ぎだから』『都で会えるだろう』と来訪を断った聖職者達が、地団駄踏んでいるだろうね」とイアリロが苦笑する。
「『出会った途端に任命されるなんて、よほど徳が高いのでしょうね』とか、嫌みや試練が降ってくるのが目にみえるよ。ビプネンは脳筋組なんだけど。手を出さないよう、言い聞かせなきゃ」と、遠い目をする。
食事を運んでくれたリュダ婆、ではなくリュドミラに、良くわからずにやったと告白したら
「んなことだろうと思ったわ」と笑って、
「良さそうな人やで、大丈夫だろ」と、軽く流してくれたのに。
やはりリュドミラ様だ! ありがとうございます!
「そろそろ用意するで」噂をすればリュドミラだ。衣装やら何やらを抱えた婆達が続く。
こんな試練が待っているとは、思っていなかった……。
前世では(女性向け)ファッション雑誌の中でしか見たことがない様な、きらびやかな服を着せつけられて、クタクタだ。
化粧もされてる。俺もイアリロも、黙って人形と化していた。
「他は皆、用意が出来ているようだが」村長が迎えに来てくれた! やっと時間が来たんだね。
ホッとして立ち上がると、女性陣はまだ不満そう。
少なくとも三時間は掛かってると思うけど……?
ということで、盛り上がっております、ここ、ヤレムチュ村の収穫祭。
霊験あらたかな、四聖獣の登場です! もう、やけくそだ。
華やかな衣装を着けた、クヴァシルとベスタが先行する……?
あれ誰? むちゃくちゃ美男美女なんですけど? いや二人の気配だよ、分かるけど。
口を開けたままの俺に、ベスタがニヤリと笑う。折角美人なんだから……、笑い方!
うん、俺もどよめきで迎えられた。キレイにして貰ったよ。明らかに花嫁風だけど。
イアリロが、杖がわりに支えてね、と言うから、肩を抱かれて歩いてる。支えてる感じはしないけどなぁ。
イアリロも美女に見えるから、なんとか新郎新婦入場にはなってないと思うんだけど。
村の皆が座って、頭を下げて迎える前に立つ。
最前列にビプネンが、地に片膝を突いて控えている。静謐とも言える姿だ。今朝とは全く雰囲気が違う。
「ビプネン、そなたに我が祝福を授けます」もう一度、ゆっくりと頭に手を翳す。力は流さないで、と心中で呟きながら。
「我がつまを守り、かの望みを叶えるよう」イアリロが告げる。
夫婦神ならそういうことにしておいて、イアリロにフォローしてもらえ、とクヴァシルが言った。イアリロが、夫と書いてもつまと読むんだ、私はどちらでもいいよ、なんて言うから。……頬が熱くなるよ。
「我らが慈しみ育んだ、同胞を預けます」やっぱり魔女に見えない! 燃える様な赤毛にターコイズブルーの瞳、ナイスバディのラテン美女が微笑む。
「そなたが我らの信頼に足る事を望む」黒髪黒瞳、覇気を抑える事なく立つ、細マッチョの師匠。すげぇカッコいい! これはモテるわ……。
「我が神々よ、我が身、我が全霊をもってお仕えすることを誓います」巨人が静かに両膝、両拳と額をゆっくり地に着けた。
これは本気だなぁ。事情があるんだろうな。
「西の守護者の後継である我、ルーグは、そなたを我が神官とできる事を、嬉しく思います」俺も静かに言葉を返して、その肩に触れる。
イアリロがもう一方の肩に手を置く。
「東の守護者であり、ルーグのつまである我、イアリロは、そなたをルーグの神官として歓迎する」
「ここに儀は成った。南の守護者たる我、ベスタが見届けた」
「北の守護者である我、クヴァシルも認めよう。我らの言祝ぎを、彼等とこの地に」
クヴァシルとベスタの言葉と同時に、ふっと火と水の気配が流れる。
暖かで優しい。身体と心に安らぎが満ちる。
きっとこの場所はこれから、パワースポットみたいになるんだろうな。
村長夫妻が進み出る。
「我らからも言祝を。西の神官の任命に」
村長、上背があって、軍服が似合うなぁ……
「そして我らの愛しきルーグ、西の聖獣の後継の成人と、善き事が重なったことを寿ぐ」
リュドミラは、美しく歳を重ねていると思う。内面の貴さが染み出して、優しく輝いている。
村長が妻に見惚れてたのも、リュドミラの頬が赤いのもバレてるよ。ホントにラブラブだなぁ。
俺の神官任命の儀式はここまで!
さぁ、お祭りだ! お腹も空いたしね!
拙い作品をご覧頂き、本当にありがとうございます。