19話 天才と努力家
「ふっ!」
「エリーさん、休憩しておいてと言ったではありませんか・・・」
「もう10分経ってたよ、振った後に体の軸がブレちゃうのは筋力不足なのかな・・・」
「慣れてないからというのもありますね、年老いた達人が筋力トレーニングをせずにひたすら剣を振っているのは、感覚を研ぎ澄ませるためなのと、剣を振る筋肉を作るには剣を振るしかないからだと思います」
「納得できる動きを見つけたらそれをひたすら繰り返した方がいいってことだよね」
「いろんな技を覚えるのもいいですが、実際戦うことになったら咄嗟に出てくる技は基礎の基本技だったりします。咄嗟に出てくる技だけで戦うといつか殺されますがね」
「とりあえず最初は基本を繰り返すしかないか・・・ありがとう、助かるよ」
「いえいえ、バーヘフトさんはどうなってますか?」
「バーヘフトなら木剣を作った後に自由に振り回してるよ」
「バーヘフトさん!!!こっちに来てください!!!」
「どうしたのー」
「木剣は準備しましたか?準備できたら戦いましょう。ワインを持ってきたので飲んでくださいね」
「飲みすぎてお腹タプタプになった・・・」
「バーヘフトさん・・・」
「まあいいやー、よし、やろう!」
「困った人だ・・・、まあいいでしょう!開始の合図はエリーさんお願いします!」
「わかった!・・・、始め!!!!」
「うおっ」
バーヘフトはクリスがエリーの方向を見た瞬間に、大きめの石を足で踏んでかかとを上げていた。
陸上選手が走る前に踏むスターティングブロックを即席で作ったのだ。
そして、一瞬でクリスとの距離を縮めたバーヘフトは
そのまま居合い切りの振り方、それも体を地面ギリギリまで下げ、腕を思いっきり前に出し、クリスの左膝を内側から斬りかかる、というより木剣だから殴打だが
それをクリスは無言でバックステップでかわす、バーヘフトは前のめりになっていて体勢が崩れている。
そこをカウンターで斬ろうとしているのだ
「おいしょ」
だがバーヘフトはもう一つ木剣、というより鞘役のただの無加工の木の棒を左手に装備していた。
右手に持っている木剣がかわされ、右に体を捻っているバーヘフトは、その勢いを利用し
逆手に持っている木の棒でクリスの上半身を攻撃する。
バックステップをするために少しだけ足を浮かせていたクリスはかわすのではなく木剣を斜めにし、体を丸めて体の上へ受け流した
受け流され体勢が完全に右側へ崩れたバーヘフトは、踏ん張るのではなく、思いっきり右側へ飛んだ
その後前転して転がったバーヘフトへ突きを食らわそうと進んでくるクリスへ
自分の体で右手を隠し、射程距離へ入ったクリスへ
砂、というより土を投げた
「姑息な」
土が目に入らないように片目をつぶり、もう片方の目も半目にしながらバーヘフトの動向を探った
驚異的な動体視力を持つバーヘフトは、クリスが左目を閉じたのを確認し、死角へ移動し、教えられた基本的な突きを放った。
真正面から戦わず、隙を出さずに隙を待つという教えを工夫し変化させた
隙をみせ隙を出させ、そこへ付け入る。真正面からではなく死角からの攻撃。
教えを完全に守るわけでもなく、教えを完全に守らないわけでもない。
バーヘフトはワインを取りに行く10数分の時間で自分の戦い方を確立した。
呑気で適当な雰囲気を出しているが、冷静沈着、合理的に見えない合理的な動きをする"天才"である。
「天才はこっちだったか」
クリスはバーヘフトが死角へ移動する挙動をした瞬間に両目を閉じ、感覚を研ぎ澄ませ。土の弾幕の中へ突っ込んだ。
死角へ移動したということは、自分の死角の中には絶対にいるということでもある
投げられた土の中から、移動する前の死角へ突きを放つ
「ぐっ」
肋骨を突かれ、くぐもった声を出しながらバーヘフトは倒れた。
「すみません、肋骨を突いてしまった。骨が肺に突き刺さってなければよいのですが」
大丈夫、と伝えるようにバーヘフトは頷いた
口から血を出しながらもバーヘフトは冷静に自分の体が治ることを感じていた
肋骨を突かれ、折れた骨が肺に刺さり、吐血していても無表情で自分を客観視できる奴がこの世界には何人いるだろうか。まず間違いなく、多くはないだろう。
だがいくら再生能力があるといっても、まだLv1、それも肺が損傷し、酸素が脳に行き渡っていない状況
「バーヘフト!!大丈夫か!?水を使うよ!」
「ありがとう、エリー。助かったよー。クリス強すぎるよー」
「よ、よかったです。私が教える役だというのに、手加減もできずに殺しかけてしまい申し訳ありませんでした」
「全然いいよー!クリスのおかげで自分に向いてる戦闘スタイルがわかったしねー」
「あなたには絶対にかないませんね・・・」
(たとえ殺すことはできても、どうやっても絶対にこの人にはかなわない。かなうわけがない、格が違う。どうやったらこうなるのか・・・私が逆に教えを乞いたいくらいだ。)
「えー?俺が負けたのに」
「たしかにそうですね、まだまだ教える事はありそうです。エリーさんも、ありがとうごさいました」