神様に悟りについて聞く
「神様、悟りについて聞きたいのですが」
「悟りか、簡単じゃ」
「簡単なのですか?」
「簡単じゃ。」
「そうなんですか?簡単なんですね。」
「そうだ。簡単なのだ。この物質の世界を離れることだ。この世界は、仮の世界なのだ。」
「仮の世界?」
「そうだ、仮の世界なのだ。では、本当の世界は、どこにあるのかと思うだろう。」
「本当の世界は、どこにあるんですか?」
「それは、心の世界、精神の世界、魂の世界だ。それは、永遠不滅の世界だ。」
「まさか、また、ニュートン力学を持ち出す気ですね?」
「まあな。ニュートンは、とんでもないやつだな。」
「神様は、ダーウィンは嫌いだが、ニュートンは好きなんですね。」
「わしは、別に、ダーウィンが嫌いなわけじゃない。あいつの周到の良さは、シャクに触るが、ダーウィンが嫌いじゃない。彼は、よく考えた。それも、ちゃんと考えたので、理論に隙がない。それにわしも手を焼いているし、世界も、すっかり、騙されている。」
「どうして、世界が騙されていると思うのですか?」
「人間の心、精神、魂は、どこに行ったのか?それが、人間の本質なのだ。それを見つけ出す手がかりが、ことごとく、封じ込められてしまったからだ。」
「悟りとは、そこから離れるということなのでしょうか?」
「そうだ。悟りとは、地上に生きている人間を知ることではない。心、精神、魂、霊としての人間を悟ることだ。」
「それは、簡単なことなのですか?」
「言葉では簡単なのだが、実際は難しい。海の中の魚が、鳥の生活を思い描くようなものだ。」
「経験したことのない世界を知るということなのですね。」
「さらに困難なことは、悟った後にある。」
「悟った後に、何が、困難なのですか?」
「魚が、鳥の世界を知ってしまったら、魚は、海の中の魚の世界で生きたいと思うだろうか?鳥のように生きたいと思うだろう。」
「悟った後に、この地上に生きるのは、かなり辛いことになるというのですね。」
「そうだ。悟った人間が、この地上で生きるとは、本当は、ジェット機のように、どこへでも、飛んでいく力のあることを知ったにもかかわらず、現実は、のろのろと歩くことだけだ。」
「....]
「その上、その人の周りには、悟れることもできずに、苦しみ、悩み、混乱している人間しかいないのだ。誰も、理解してくれるものもいない。」
「アトランティス人やムー人のように、孤独なのですね。」
「悟りとは、孤独だ。」
「....」
「悟った後は、どう生きるのか、それは、大問題なのだ。」
「...」
「仏教のお釈迦様は、法を解くという道を歩んだ。それは、既存の社会との挑戦だ。違う価値観の登場だ。バラモン社会を、大地震のようにゆすぶりかけているようなものだ。」
「....」
「イエス様も、既存の宗教に殴り込みのような生き方だった。」
「....」
「ジャンヌダルクも、フランスの価値観との闘いに巻き込まれて行った。そして、その戦いが、フランスを変えてしまったのだ。消滅寸前のフランスを蘇らせてしまったのだ。」
「....」
「あなたは、悟らないほうがいい。悟とは、この社会に大きな責任を負うことである。」
「....」
「その点、仏教は、その世界の救済というとんでもない責任を負うとしていることがすごい。如来や菩薩、仏たちの世界救済の決意を感じるところがすごい。素晴らしい宗教だな。」
「....」