表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/120

戦略講釈

「いよいよ、騎士王国ガルグイユとの大規模な会戦がやって参ります。レジスタンスを通じて得た情報によれば、これは間違いのないところでしょう。相手に戦の備えをやらせておいて得をする軍隊などおりませんからね」


 コーメイが黒板の前で講釈している。


「ということで。本題から参ります。陣形のシステムをほぼ解明しました」


 おおーっとどよめきが漏れる会議室。

 ダークアイ幹部陣勢揃いである。


 社長のルーザック、副社長のアリーシャに秘書のジュギィ、専務のサイクと、本部長ディオース、営業部長グローン、開発部長ズムユード、本部長補佐ピスティル、経理部長セーラ。

 壇上に経つのが常務のコーメイ。


 全てルーザックが任命しているのだが、基本的にファンタジー世界の人々はこの役職の意味が分かっていない。


「はーい!」


 ジュギィが元気に挙手した。


「はい、ジュギィさん」


「ジュギィ、知ってる! あのね、陣形を使うとガチガチっとみんな固くなる!」


「そう、その通りです!」


「ほう、ジュギィ、よく見ているなあ。そう言えば今は陣形に一番親しんでるのがジュギィだもんな」


「ジュギィ偉いねー」


「やるじゃんー!」


 ルーザック、アリーシャ、ピスティルに褒められて、ジュギィが嬉しそうにニコニコする。

 一方、ズムユードとグローンはよく分からないらしく、首を傾げていた。

 魔法の専門家でもあるディオースは、おおよそ理解していたようだ。


「つまり、陣形とはそれそのものが魔法儀式であるということはご存知の通りです。これがですね。陣形を形作った者たちを全て、こう、このように……」


 コーメイが白墨で、板上にマルを書いていく。

 そのマルの一つ一つが兵士を表しているのだ。


「こうして横一列の陣形になったものを、盾の陣形と呼んでいますね」


「そう! 魔猪騎士団得意! 前よりもずーっと硬くなった! 陣形しながら早く動けるようになったよ!」


 ジュギィの宣言に、場がどよめく。

 盾の陣形の威力は誰もが理解していた。

 規定の紋章を身に着けて、やはり決まった隊列を組む。そして盾の陣形と発することで、これは完成するのである。


 常識離れした耐久力と、その周辺での敵の移動を困難にする力がある。

 反面、横に長く広がったこの陣形での移動は難しいのだが……。

 ジュギィはそれを可能にしたらしい。


「では、その盾の陣形を基準として説明しましょう。こうして一つの集まりになることで、陣形を行う一団が分かたれづらいユニットとなります。ユニットというのは分かりづらいですね。一言で表すなら、陣形を組んだ者たちは一塊となりまして、この状態では各兵士を各個撃破が不可能になります」


「なんと!?」


 グローンが驚愕した。

 彼が率いる鋼鉄兵団は、個人戦闘力の最たるものである。


「グローン。以前、私が君の部下とともに組んだ三人一組の隊列を陣形として作り直してみてはどうだろう。個人でも強力な鋼鉄兵団を、陣形に組み込むのはありでは」


「し、しかし黒瞳王殿。我らは本来、肉体一つで勝負する存在で……ゴーレムアーマーでもその矜持を曲げたのにまた、ここで陣形などという……」


「強い者が強い戦い方をコピーしてさらに強くなる。これがいいんじゃないか」


「は、はあ……。おいコーメイ。では、わしらが陣形を組んだとして、それと人間どもの陣形がぶつかりあえばどうなる?」


「ええ、そこです。陣形と陣形がぶつかり合う状況は、これまでのこの世界、ディオコスモではありませんでした。ですから、ここからは予想になります。ゴーレムアーマーを身に着けたオーガと、騎士王国の騎士が同じ陣形でぶつかりあえば……。個人がより強力なオーガが勝利することでしょう」


 魔族は、個が強力な種族が多い。

 故に、生来の強さを頼みにして、戦いの始めのうちは人間を圧倒する。

 だが、人間は工夫した。


 魔法で工夫し、武器で工夫し、陣形を生み出し、機械を生み出し……そして魔族は勝つことができなくなり、世界の片隅へと追いやられていったのだ。

 そんな魔族が、人間が編み出した技法を採用すればどうなるか。


「此度の会戦にて、我が軍が執る戦法をお伝えしましょう。それは……真っ向からの迎撃です!」


「戦法……!? 戦法かなあ」


 アリーシャが大変むずかしい顔をした。


「数と、陣形、その運用においては向こうに一日の長があるでしょう。ですが、戦術と戦略、個人の戦力、そして技術力においてこちらが上回ります。無論、私も戦闘中に敵の動きを勉強しまして随時アップデートし、皆様の指揮に務める次第です。この状況であれば、真っ向から相手を押しつぶすのが最良の戦術! 事前にゲームでシミュレーションもしておきました……」


「ゲームねえ」


「ゲームとは現実のシミュレーションそのものですよ……」


 コーメイは本気だった。


「よし、任せよう。君に一任する」


 ルーザックが宣言した。


「だが気をつけたたまえコーメイ。現実において、やり直しは効かない。すなわち、倒されたユニットは復活しない。我ら魔族は未だ、さほどの数を持たない。大切に、大切に使ってくれたまえ」


「はい。作戦コマンドはいのちをだいじに、ですね」


「そうだ」


 ルーザックがニヤリと笑った。

 コーメイもニヤリと笑う。

 二人共、国民的RPGを履修していた。


「一方で、ゴキちゃん部隊とゴブリンは私が指揮しよう。今回、戦況の鍵となるのはジュギィと彼女が指揮する二つの騎士団。私の右腕を使いこなせるかな、コーメイ」


「やってみせましょう……!」


 こうして、陣形についての講釈は終わった。

 オーガ部隊もこれを採用することに決定したようだ。

 同時に、今回本格的に投入される武装ダークエルフの軍勢も、陣形による強化を行う。こちらは魔法の運用が必要なため、ディオースとピスティルが指揮を執ることになる。


 会議はおおよそ終了し、最後に、社長秘書兼元帥、ジュギィの指揮っぷりを見ようという話になった。

 セーラと彼女の姉妹たちが甲斐甲斐しくお茶とお菓子を用意し、幹部連が演習場に用意された椅子に並んで腰掛ける。


「みんな、整列!!」


 ジュギィが叫ぶと、黒い甲冑を纏った魔猪騎士団と、鈍色の甲冑を纏った戦馬騎士団が集った。

 魔猪騎士団は、前面と肩を特に強化したゴーレムアーマー。

 戦馬騎士団は、人間に似た上半身をある程度覆い、下半身は要部のみをプロテクターで守るスタイルだ。


 二つの騎士団は、緊張の面持ちである。

 この場にダークアイの全幹部が集まっているのだから当然と言えよう。


「じゃあ、はじめまーす! ふんっ!」


 ジュギィの目が、虹色の光を帯びて輝いた。

 魔眼光を放つ体勢である。

 だが、魔力光は外へ放たれず、彼女の全身を覆うように発現した。


 一瞬で、ジュギィの姿が緑の肌を持つアリーシャくらいの年齢の少女になる。

 身につけていた衣服は、どうやらそれに合わせてあったようだ。

 ちょうどいいサイズになる。


「魔猪騎士団、盾の陣形!」


「ブーッ!!」


 ジュギィの一声で、魔猪騎士団が驚くべき速さで陣形を形作った。

 しかも、陣形を形成する途中にも、その効果が存在しているようで彼ら全員が淡く輝いている。


「戦馬騎士団、槍の陣形!」


「うおおおおおーっ!!」


 ケンタウロスたちが、凄まじいテンションで吠える。

 吠えながらも、その動きは迅速かつ正確。

 一瞬で彼らは、一直線に並ぶ槍の隊列を形作った。


「驚くべき速度だな。これはどうやら、ジュギィが魔力で陣形のそのものに働きかけているようだ」


 状況を見極めたのはディオース。

 ジュギィの全身から、細い魔力の糸が出ており、これらが陣形の要を成す何名かの魔族に繋がっているのだ。

 陣形の主要なメンバーを直接指揮することで、騎士団の動きを正確に制御する。


「ぶつかって!」


「ブーッ!!」


「うおおおおおおおおーっ!!」


 盾の陣形と槍の陣形が、正面からぶつかり合う。

 両者一歩も退かず。

 いや、盾の陣形が僅かに押されて、地面を削っていく。

 だが、全く崩れることはない。


「やめ!」


 ジュギィの言葉で、双方の動きがピタリと止まった。


「おおーっ」


 幹部陣からどよめきが漏れた。


「……これ、ジュギィに任せておけばコーメイいなくていんじゃね?」


 アリーシャがポツリと呟く。

 ハッとするコーメイ。


「い、いりますよ……! 私が仕事ができるというところをお見せします。楽しみにしていてください!」


「そお?」


「そうです!」


「コーメイも元女子高生相手には分が悪いようだな」


 かつて自分も通った道を、他人事のように眺めるルーザックなのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ