コーメイの罠
騎士王国ガルグイユには、ここ最近、ダークアイの情報が頻繁に入ってくるようになった。
これは、敵国内に存在するレジスタンスが情報提供をしてくれているものなのだが……。
無論、その大部分は何の役にも立ちそうにないような些末なものだ。
だが、それらの中にごく僅かな、重要な情報が含まれているのだ。
「いいぞいいぞ。着実に奴らの全容が丸裸になってきているじゃないか」
この情報収集を現在統括しているのは、旋風騎士団団長、シュウザーであった。
赤毛の一部を金色に染め、緑色の派手な鎧を纏った細面の男である。
奇矯な姿からは、とてもガルグイユ四騎士団の一翼を担う、最強の騎士団長の一人とは見えない。
彼が指揮する旋風騎士団とは、風をそのモチーフとした一団である。
風とは、様々なものを運ぶ現象だ。
季節であったり、鳥であったり、花粉であったり、病であったり……時には、噂を運ぶ。
故に、旋風騎士団は諜報機関としての役割も持っていた。
全ての国に、旋風騎士団の諜報員が入り込んでいるのである。
「シュウザー様。あまり、信用し過ぎぬ方が良いかと」
シュウザーの隣に立つ、冴えない印象の男が告げた。
「ウートルドか。ショーマスの右腕であった君だからこそ、慎重になるのだろうな」
シュウザーは笑う。
盗賊王ショーマスが討たれた時、彼は黒瞳王の所在地を二箇所に絞り、二正面作戦を仕掛けていた。
その片方の指揮を行ったのが、ウートルドである。
すなわち彼は、生き残った唯一の暗殺騎士であると言える。
「黒瞳王ルーザックは、策略にて敵を陥れる奸智の魔王。これらの情報にも虚偽が混じっていると考えるのが自然でありましょう」
「ああ、そんなことか。それはよく分かっているさ。だが、こうして無数に情報を束ねていけば、あちらがどういう方向に俺たちを誘導したいのかという方向性が分かってくる。するとだな。俺たちを行かせたくない方向というのが見えてくるんだ。それこそが奴らの弱点よ」
「ほう」
ウートルドは僅かに目を見開いた。
目の前の若き騎士団長が、見た目よりもものを考えているのだと思ったのである。
「これを集計させ、判断していくと」
騎士団員が提出する、情報が書かれたカード。
これを、シュウザーがシャッフルする。
カードそれぞれには紋章が描かれ、シャッフルされるたびにこれらが入れ替わって輝く。
カードの並びが陣形となっているのだ。
「これだ」
紋章はすなわち、それ自体が自律した魔法であり、それそのものが魔法による回路である。
紋章が考え、組み合わさって情報の確度を判断する。
シュウザーが切った後のカードをデスクに並べると、それらは自ら動き始めた。
時系列、重要性、場所……。
これらを加味して、最後に一枚のカードが弾き出される。
「これだ」
それは、ダークアイの国境を超えてしばらく北上。
さほど大きくはない街に、ゴーレムが運び込まれているという情報。
全ての情報から導き出されたのは、この北部の街が、ダークアイにとって重要であるというものだった。
「ほう……これが、ガルグイユの紋章魔法……。魔力を持たぬ者でも魔法によって強大な力を行使できるという、魔導技術の結晶ですか」
「そういうことだ。そして、この一見して確度が高い情報だが……全ての情報がここに繋がることを考えたときに、一部の地方だけが情報の集まりからは隔離されている。おい」
「はっ」
シュウザーの従騎士が駆け寄ってきた。
手には、鋼鉄王国の地図を持っている。
「地図をお持ちなのですか」
「各国に密偵を放っていたからな。あらゆる国の地形は大まかに把握している。見よ、ウートルド」
「ふむ……」
カードが自ら動き、地図の上へと移動する。
情報の多くは西部、そして北部から集まっている。
だが、不自然なほど南部の情報が無い。
「地図に載せて確認せねば分からないだろう。大体の奴は、情報が集まる北部……その中心であるこの街に注目する。こここそが、ダークアイが次なる動きに出るための拠点だとな。だが、南部にあるこの街。ここがもともと何だったか分かるか?」
「なんだったのですか?」
盗賊王の国ホークアイは、自国で完結していた。
他国との交渉によって中立を保っていたが、攻め寄せることを考えてはいなかったのだ。
そのため、鋼鉄王国などの街の配置には疎い。
「そんな有様だから、黒瞳王などに遅れを取るのだ。ふん、まあいい。いいか。ここはな、一見するとただの村だ。だが、ほど近いところに魔法王国との国境線がある。深い谷に邪魔され、両国の行き来はできないが……。この谷の中ほどに、鋼鉄王は何を考えたのか地下倉庫を作っていた」
「ほう。なぜそのような場所に」
「さあな。鋼鉄王は奇矯な男であったと聞く。そんな狂人の考えなど俺には分からぬさ。だが、そのような特殊な土地に何の情報もないということはあり得ない。これは、情報をあえて集めることで俺たちの目をそちらに向けさせ、その間に何か重要な策を進めていくという考えなのであろうよ」
「考えすぎでは?」
「情報は嘘をつかん。ショーマスの片腕もその程度か? もっと広い目で世界を見ろ。疑ってばかりでは何も進まんぞ。おい、早速準備だ! 旋風騎士団、動くぞ。我らの二つ名が伊達ではないことを思い知らせてやるのだ!」
「はっ!」
侍従が敬礼し、外へと走っていく。
旋風騎士団は、迅速を旨とする。
一刻もせぬうちに騎士は集まり、出発の用意を終えるだろう。
「お前も連れて行ってやろう。我らガルグイユの、その中でも最強を誇る旋風騎士団の働きをその目に焼き付けるがいい。わはははは!」
マントを翻し、去っていくシュウザー。
最後に残されたウートルドは顎を撫でた。
「はて……。あの若さでこれだけの才覚は大したものと言えるだろう。だがしかし……己よりも上を行く策士がいないと考えるのはいかがなものかな。我が君ショーマスまでも謀られたのだ。鋼鉄王国も、魔法王国も手玉に取られた。だが、この情報の集まりは……」
カードをするりと撫でる。
「いや、考えすぎか。あの黒瞳王は、もっとあからさまに捻ってくるはずだ……」
ウートルドの考えは、そこまで巡らなかった。
遠く離れた、ダークアイ南部の村。
既に人間は住んでおらず、ドワーフとゴブリンが忙しく動き回る。
そこに、ダークアイの幹部三人の姿があった。
ルーザックの留守を預かる、ダークエルフのディオース。
護衛を標榜するその妹ピスティル。
そしてディオースの副官を拝命した、悪魔コーメイである。
「こんな辺鄙な土地に、本当に騎士王国が手を出してくると言うのか?」
疑わしげなディオースに、コーメイは自信満々に頷いてみせた。
「もちろんです。恐らくガルグイユは、各国に密偵を放っていましたね。幸い、我が国のレジスタンスに伝手がありまして、彼ら密偵にちょうどいい塩梅の情報を流すことができたのですよ。向こうには勘付かれておりません。身代わりに、濡れ衣を着せたレジスタンスの一人を捕らえて処分させましたから。これを見て、彼らは安心することでしょう」
「回りくどいことするのねえ」
ピスティルが微妙そうな顔をする。
彼女は、目の前の悪魔が何を考えているのか、分からないのだ。
ディオースですら、コーメイの思考は半分も分からなかった。
「なに。密偵を統括するものがいるのですよ。そういう者は、敵国の者よりも自分のほうが賢いと思っている。故に、彼らの思考を、自らに肯定的に動く方向へと誘ってやればいいのです。人は快楽に弱い。己の有能さを示すことができる快楽ともなれば、これに抗える者はいません」
そこへ、一人のゴブリンが駆け込んできた。
ゴブリン戦車隊ヒトマーズ装備チームの一員である。
「ギギッ! 騎士たち、来ました!!」
「ご苦労様です」
コーメイの口端がつり上がった。
これを見て、ディオースとピスティルは背筋を寒くする。
敵軍がまるで、この男の意図をなぞるように動いた。
そのようにしか思えなかったのである。
「全ては想定通り。では、策を進めましょう」
悪魔コーメイが次の一手を放つ。