遭遇、地元のケンタウロス
「お前たちは何者だ」
声は向こうから掛かってきた。
高速戦車を包囲する、謎の人々からである。
「それに答える前に、君たちに一つだけ聞こう!」
物怖じしないルーザック。
堂々たる態度で問い返した。
「包囲されているというのに、その態度……! 只者ではないな」
「いかにも。だが迂闊に答えると私は君たちの敵である場合もあるので、こうしてはぐらかしている。何、簡単な返答で構わない」
ルーザックは悠然と、高速戦車の外に降りる。
「危険です、ご主人様!」
「不意打ちをしてくるような相手ではないようだよ、セーラ。騎士王国というだけあって、どうやら彼らにも騎士道精神があるようだ」
「騎士王国……だと!? お前は、人間どもの国の者なのか!!」
周囲の茂みや木々の影から、殺気が膨れ上がる。
これだけでルーザックには十分だった。
「落ち着きたまえ! 私は魔族だ!! 黒瞳王ルーザックだ!」
彼が放った一言は、劇的に状況を変える。
「黒瞳王……!?」
「黒瞳王だと? あの、伝説の?」
「あの男が黒瞳王……?」
影からちらりとこちらを覗いた者がいる。
闇を見通す黒瞳王にとって、それは全身を晒したに等しい。
「やはり、諸君はケンタウロスか」
「見えるのか!?」
「黒瞳王の目は闇の中を、昼間のように見通すという……。ではあの男は」
「黒瞳王……!」
ここで、ディオースが戦車から降りてきた。
ちなみに高速戦車は、戦車とは言うものの操縦席の大部分がむき出しである。
いわゆる、オフロードバギーという形に近い。
「清聴せよ! 我ら魔族の王、黒瞳王ルーザックのお言葉である!!」
ダークエルフの宣言で、この場にいるケンタウロスの誰もが黒瞳王を認識した。
魔族という存在の根源に、黒瞳王への畏敬は刻み込まれている。
「お、おおおーっ!」
茂みの中から、幾人ものケンタウロスが歩み出てきた。
なるほど、上半身は鍛え抜かれた人間に似ており、下半身は大柄な馬によく似ている。
彼らは、ケンタウロスとしての跪く姿勢である、馬の四肢を折って腹ばいになる体勢を取った。
先頭に座するのは、白髪、白髯のケンタウロス。
族長であろう。
彼はルーザックの目を見ると、おお、と声を上げた。
「腹の底から沸き上がるこの、畏れと尊さが入り交じる感情……。まさしく、まさしくあなたこそが黒瞳王……! 千年の時を待ち続けておりましたぞ、我らが繰り手よ!」
両手を広げ、芝居が掛かった仕草で敬意を表す。
「ケンタウロスとは、己の背に乗られることを何よりも嫌うプライドの高い種族です」
「なるほど。だからこそ、繰り手と相手を表現することは、最大限の敬意というわけか」
ディオースの説明に頷くルーザック。
「諸君に出会えたことは、この上ない僥倖だ。我ら魔族は今、ダークアイという国家を築き上げ、人間と戦っている」
「なんと! 七王に抗っているというのですか」
「いかにも」
ルーザックの堂々たる返答に、ケンタウロスがどよめいた。
この様子を見て、彼はケンタウロスの置かれている立場をなんとなく理解する。
人間とは戦うものではない、という意識。
当然のように刻み込まれた、敗者としての感情と言うか。
ここでセーラが、ルーザックの袖を引っ張った。
お行儀の良い彼女としては珍しい仕草である。
「ご主人様。ここでご主人様の偉大さを伝えるべきではありませんか。栄光に満ちた勝利の軌跡を」
「ふむ、己の成果を謙遜するのも、士気にはよくないな。では、リップサービスと行こう。諸君! 私は既に……二名の七王を下している」
「な……」
「なんだってーっ!?」
ケンタウロスの間から驚きの叫びが上がった。
七王が打倒された。
これは、長い間果たされなかった魔族の宿願である。
しかも二名も。
ケンタウロスたちの鼻息が、興奮からか荒くなった。
なるほど、馬のようだ。
ケンタウロスの士気が上がるのを見て、ルーザックは満足気に頷いた。
だが、これに満足していない者がいる。
セーラだ。
「ご主人様! もっと他にも言うべきことが!」
「ええ……。今日の君は積極的だな」
「魔族にはもっと自信を持ってもらう必要があります! ポジティブな事はどんどん伝えてもいいんです!」
「そうか。だがそれはまだ解決しているわけではないので、後でいいのではないかな?」
「んもう!! ご主人様! いいです。私がいいます。皆様! 我らがご主人様であらせられる黒瞳王陛下は、盗賊王と鋼鉄王の二王を滅ぼし、さらには魔導王を打ち破って国を盗り、かの剣王すらも戦場にて討ち果たし、聖剣を折ったのです!」
「な……」
「なんだってーっ!?」
七王の具体名が出てきて、しかもうち四名に勝っていることが明らかになると、ケンタウロスたちは座っている場合ではなくなった。
皆立ち上がり、めいめい嘶き始める。
森が途端に騒がしくなった。
「大変なことになってしまったぞ」
「皆ご主人様の偉大さを知ったのです」
セーラが一人、満足げだ。
「だがこれは……少々薬が効きすぎたような……」
ディオースが苦笑する。
結局、ケンタウロスたちが落ち着くまで、半日ほど掛かってしまった。
流石にこれだけ騒いでいれば、普段はその存在が知られていないケンタウロスも目立つというもの。
がさり、と音がした。
獣ではない。
獣はあからさまな足音など立てないからだ。
ケンタウロスがビクリと反応する。
振り返ったルーザックの目に映ったのは、驚愕に目を見開く人間の猟師だった。
「見られた!」
ケンタウロスの長が焦る。
「殺しましょう、黒瞳王様!!」
「いや、その必要はない」
「なぜですか!?」
問答をしている間に、猟師は逃げていってしまった。
「ああ、逃げてしまった……! 我らの居場所が知られてしまう! 人間どもが攻めてくる……!」
「いや、人間が攻めてくることはない。なぜなら……我々が人間たちの領域に攻め込むからだ。そしてそれはここではない」
堂々たる態度で宣言するルーザック。
高速戦車に乗り込んだ。
「ついてきたまえ。諸君をダークアイまで先導する。途中、騎士に会わないように、今度は静かに、静かにな」
「我々を、黒瞳王様の国へ!?」
「おお……俺たちも魔族の軍勢に加われるのか!」
「人間どもと戦えるように!?」
これは、しっかりと教育していかねばなるまい。
他の魔族たち同様、負け犬意識が染み付いてしまっている。
「成功体験を積ませねばなるまい」
「ルーザック殿の得意とするところですな」
「ああ。口では騎士に見つからぬようにと言ったが……。道中で一度くらいは戦うべきだと考えているんだ。さあ、行くぞ」
高速戦車が走り出す。
ケンタウロスの群れがそれに続いた。
彼らが手にしているのは、木の枝を削っただけの簡易な槍や、石を割って作ったナイフ。
文明レベルは石器時代程度か。
だが、文化レベルは高いようで、それは先程のルーザックとのやり取りでも知れた。
「族長」
「なんでしょうか」
白髪の族長が駆け上がってきた。
「ケンタウロスはもしかして、工作とか縫い物とか苦手だったりするのかな」
「は。我々は細かな工作は少々……」
「やはり。ということは、肉体派か」
馬ほどの速度とは言え、高速戦車にしっかりと追随してくるケンタウロス一族。
その見た目から馬よりも空気抵抗は大きいであろうに、かなりの速度を出すことができている。
「走る際に、無意識に風の精霊を行使していますな」
ディオースの言葉に、ほうと頷くルーザック。
「身体能力を強化する方向で、魔法を自然に行使する魔族か」
「そのようです。つまり、肉体的な強さは申し分ないでしょう。後は……」
「実戦あるのみだな。そら、お誂え向きに騎士が現れたぞ」
騎士王国の街道に近い森の中を走っている。
つまり、街道を行軍する騎士があれば遭遇することもありうるわけだ。
「セーラ。彼らの紋章は」
「紋章は一見して凡庸です。四騎士団ではないかと」
「よし、行くぞ」
ルーザックはわざと、ハンドルを大きく切る。
「うおーっと!! 高速戦車が!!」
街道へと飛び出す高速戦車。
これには、ケンタウロスたちも騎士たちもあっと驚いた。
「な、なんだーっ!?」
状況把握できない騎士たちに対して、ケンタウロスは迅速だった。
「ど、どうする!」
「黒瞳王様が、人間どもの前に!」
「まずい!」
「黒瞳王様を助けるんだ!」
「黒瞳王様を救えーっ!!」
ケンタウロスたちが叫ぶ。
彼らは次々と、森から飛び出してきた。
「うわーっ!? な、なんだこいつら!」
騎士たちが状況を理解する前に、ケンタウロスは彼らに向かって突撃した。
木の槍が、ナイフが、騎士たちを打ち据える。
人間への恐怖を忘れ、必死になって攻撃するケンタウロス。
馬は恐慌状態となって立ち上がり、騎士たちは地面に叩き落される。
数の上ではケンタウロスが勝るとは言え、相手は武装した騎士。
ついに騎士の全てが戦闘不能になったところで、ルーザックは操縦席から立ち上がった。
「見事だ諸君。ダークアイは、諸君にこのような成功体験を何度も重ねられることを約束する。今回はぶっつけ本番だったが、ダークアイに戻ればきちんとしたマニュアルで諸君を教育し、一流の魔族として育て上げる! 私についてくるがいい!」
「おおおーっ!!」
「黒瞳王様!!」
「我らの黒瞳王様!!」
「うおおおおーっ!!」
「待て、諸君、盛り上がり過ぎは良くない。また騎士がくるから」
「うおおーっ!」
「落ち着け諸君。落ち着いて、な」