模擬戦・鋼鉄兵団vs魔猪騎士団!
ここはかつて、鋼魔戦争の舞台であった戦場跡……。
今は、ダークアイに与するようになった人間たちによってよく整備され、その半分ほどが畑に変わっていた。
そしてあと半分は……。
「がんばれー! 魔猪騎士団がんばれー!!」
「がんばるっ、ブヒ!」
ガッシャガッシャと音を立てて、試験運用バージョンの簡易ゴーレムアーマーが、集団で歩いていく。
色合いはモスグリーン。
着こなすのはオークだからか、彼らの体型に合わせて丸々っとした形をしている。
対するのは黒い巨人たち。
オーガが着込んだ鋼鉄兵団である。
今、戦場跡を改修したここは演習場となっていた。
そして行われるのは、魔猪騎士団の運用訓練である。
つい先日までは、サイクが繰る目玉戦車、右腕戦車、左腕戦車の試験運用が行われていた。
この辺りに大きな岩などが全く無くなっているのが、その結果なのだ。
「目玉戦車がこの辺をガーッとですね。均しましてねえ」
演習場管理責任者から報告を受けるのは、黒瞳王ルーザック。
「なるほど。実戦さながらの状態で行いたかったが、ここまできれいに均された演習場を荒らすとなると一仕事だな。よし、では魔猪騎士団の実戦形式演習をしながら、演習場の地面を荒らしていくことにしよう」
演習場を一望できるところにルーザックがやって来ると、セーラと彼女の妹たちが、わいわいと盛り上がっているところだった。
「どうしたのだね」
「妹たちがご主人様のお世話をすると聞かないのです。これは私の役割ですので、他に譲ることはできません」
すると、妹のメイドゴーレムたちから、「横暴だー」「お姉様のけちー」「おたんこなすー」という抗議の声が飛んだ。
「教育が必要なようですね。ご主人様、椅子はそこにあるので勝手に座っていてくださいませ。ちょっと行ってまいります」
「うちのメイドはちょこちょこ厳しいな」
喧々諤々と言い合いを始めたメイドゴーレムをよそに、ルーザックは自分で椅子を用意し、腰掛けた。
ギシギシする。
今度補強せねばなるまい。
そこへ、黒い甲冑が一体近づいてきた。
鋼鉄騎士団のゴーレムアーマーである。
その中でも一際大きく、額に角をつけた個体となれば誰なのかは明らかだ。
「ルーザック殿、よろしいかな」
「グローン、どうしたんだね」
「あの細々としたオークの兵士どもは、本当に有用か?」
直接的な物言いだった。
言葉の端に、彼が抱く不満が現れている。
「有用かと言うと、君は彼らの存在意義に疑問を感じているということかね」
「うむ、そういうことだ。わしらオーガは、鋼鉄王国のガラクタどもも、数の不利をひっくり返して勝利した。わしら鋼鉄兵団は最強だぞ。今更、あのような不格好な伴などいらぬわい」
「なるほど、君の言うことにも一理はある」
ルーザックは立ち上がった。
「だが、それは勝利に驕った考え方だ。少数精鋭ということは、どういうことか。その少数で極めて強力な戦力として成立しているということだ」
「うむ。わしらは強い! これは驕りでもなんでもない!」
「それは認めよう。君たちオーガの鋼鉄兵団は、我がダークアイ最強の物理的戦力だ。だがしかし、少数精鋭なのだよ」
「数はいらぬと言っておるだろう」
「数がいないということは、それ自体が弱点でもある。なぜだか分かるかね?」
「弱点……!?」
オーガの長、グローンが目を見開いた。
そんな事を言われたのは初めてである。
「これが極めて強力な個体で、別個の得意分野を持っているのなら話は別だ。私、アリーシャ、ジュギィ、ディオース、セーラ、ピスティル、サイク。誰もが全く違う」
「うむ」
「だが君たち鋼鉄兵団は単一の兵種に過ぎない」
「あっ!」
ここでグローンはハッとした。
黒瞳王の言わんとすることを察したのである。
「そ、そうか……。わしらでは、強い敵を打ち破り、戦場を支配することはできるが……」
「そう。君たちは決戦戦力だ。だが、決戦戦力としての働きしかできない。君たちは強力だが、先の大戦を勝利したのは君たちだけの力ではない」
ルーザックは、遠くで準備運動をするオークたちを指差した。
「総合力。我がダークアイの強さとは、総合力だ。魔族の身体能力、魔法の力、種族の多様性、ゴーレム装備を用いた機械化戦力、偵察などによる情報収集能力。取れる手段が多いことが、我々が七王に対して持つ最大のアドバンテージなのだよ」
「な、なるほど……。確かに。では、あやつらは何ができると?」
「それを検証する」
グローンがちょっとガクッとした。
つまりルーザックも、オークが何ができそうかはよく分かっていないということなのだ。
「では、演習を開始する! オーク諸君! 準備準備!」
遠くから、ブーとか、ブヒーという返事が聞こえてきた。
ゴーレムアーマーを着込んだオークが、わちゃわちゃと動く。
これを見て、鋼鉄兵団のオーガたちは笑っているようだった。
彼らのぎこちない動きが、なんとも微笑ましく見えるのだろう。
だがしかし。
オークたちの後ろにジュギィがやって来た瞬間、彼らの動きが変わった。
「フォーメーション、ブー!」
ジュギィが叫ぶ。
「ブウ! フォーメーションブー!」
オークを率いるのは、ピンク色の丸いゴーレムアーマー。
額に角があるので、これがオークたちの指揮官のようだ。
オークの姫ズーリヤがこれを身に着ける。
彼女の言葉に応じて、オークがザッザッと音を立てて整列する。
それは……陣形であった。
ここに騎士王国の者がいれば、大層驚愕したことであろう。
それは岩山騎士団が得意とする守りの陣形、大盾の陣であった。
「鋼鉄兵団、攻撃せよ!」
グローンが吠える。
オークたちを前に、オーガはまだ余裕の表情だ。
それでも族長から命令が下されたため、ゆっくり動き出した。
戦闘の時とは違う、相手を侮るような動きだ。
故に、攻撃も散発的。
ハンマーが戦闘のオークに振り下ろされた。
手加減されている。
だが、それはオークに触れる寸前、目に見えぬ何かにぶち当たって弾かれた。
「!?」
鋼鉄兵団が驚く。
なんだこれは。
一体、何が起きたのだ?
「何をしている、鋼鉄兵団!! 目の前のオークを弱兵と思ったか!」
グローンの怒声が響く。
「お前ら、今でもゴブリンを下等種族と思っているか? 戦場を縦横に駆け巡って我らを補助し、人間どもの情報を手に入れ、あらゆる状況に対応する我らダークアイの、目と耳の役割を果たすあやつらを馬鹿にできるか? できまい! ならば、目の前のそやつらも同じと思え! そやつらは……」
オークたちの陣形が変わる。
盾の状態をある程度維持しつつ、武器である槍が前方へ突き出される。
攻守を同時に行う陣形、ファランクスである。
「そやつらは、我らにできぬ事を担当する、ダークアイの新たなる手足だ! 舐めてよい相手ではない!」
「フォーメーション・ブーブー!」
「ブーブー!!」
ズーリヤの号令に、オークたちが唱和した。
ファランクスが前進を始める。
オークが身に着けるゴーレムアーマーは、簡易版である。
彼らオークの魔力はオーガに及ばず、ゴブリンに毛が生えた程度だ。
だが、ゴーレムアーマー維持に必要な魔力は、それに紋章を施すことで外部から吸収する。
そして移動手段を徒歩にすることで、魔力を節約する。
オークは耐久力と持久力に優れる。
徒歩でも音を上げることはなく……。
「ブー!」
ファランクスが、走り出した。
決して早くはない。
だが、駆け足で迫る槍衾は、その速度以上の威圧感を相手に与える。
「ええい、こんなもの!」
オーガの一体が、そこへ飛び込んだ。
演習だからか、まだ兜をしていない。
中途半端なゴーレムアーマーである。
それでも彼は、自らの身体能力とアーマーの力で、オーク程度ならねじ伏せられると思ったのだ。
その驕りは一瞬で覆される。
オーガの突進が、ファランクスの突進と激突する。
次の瞬間に跳ね飛ばされたのは、オーガだった。
「な、なにいーっ!?」
その場にいる鋼鉄兵団は誰もが理解した。
これはただのオークではない。
新たな戦術を身に着けた、ダークアイの新たなる戦力だ。
言うなれば今ここに、ダークアイは歩兵という戦力を手に入れたのである。
フル装備になった鋼鉄兵団が襲いかかる。
打撃が、銃撃が、ファランクスを四方から穿つ。
耐えきれなくなったオークが脱落していく。
だが、残ったオークは陣形を組み直し、一体、また一体と鋼鉄兵団を跳ね飛ばしていった。
オーク百人に対し、用意された鋼鉄兵団は二十名。
最期の鋼鉄兵が跳ね飛ばされたあと、オークの数は八十名が残っていた。
「素晴らしい。集団の力で、強力な個を撃破するための部隊。それが魔猪騎士団だ。グローン、彼らの実力を見たかね」
「ああ。恐るべき強さ……! そして統率。ジュギィとオークの姫、二つの頭がオークの集団を一個の生き物のように操っておったわい……。それに比べて、連携も取らず散発的に攻撃をし、ついに全滅したわしの眷属は! なーにをしとるか、お前らああああああ!!」
グローンが激怒した。
倒れていたオーガたちが、そのままの体勢で飛び上がる。
『やばい、長、怒った』
『逃げろ』
『捕まったら終わり、逃げろ』
オーガたちが一斉に起き上がり、全力で演習場から逃げていく。
「待てお前らー!! わしが一から鍛え直してやるわーっ!!」
グローンも彼らを追い、駆け出していくのであった。