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オークの尊厳

 オークの娘はきょとんとしていた。

 今正に殺されようとしていた自分を、助けてくれた者がいる。


 言い伝えでしか聞いたことがなかったゴブリンの少女が、手にした小型の塊を騎士に向ける。


「ばーん!」


 彼女が叫ぶと、塊が火を吹いた。

 飛び出した小さな金属の弾が、騎士の体に突き刺さる。


「ゴキちゃん、ゴー!」


 彼女の指示で、黒い巨大な虫が飛び上がり、背中から回転する筒を展開した。

 バリバリと音がして、黒い弾がばらまかれる。


 穴だらけになって倒れていく騎士たち。

 あっという間のことだった。


 気付くと、そこには誰も立っていない。

 オークの娘をかばうように立つ、ゴブリンの少女しかいなかった。


「だいじょうぶ?」


「ブ、ブヒ」


 オークの娘は頷いた。


「あ、あなたは誰」


「わたし、ジュギィ! ルーザックサマのおともだよ!」


「ブ?」


 単語が二つ飛び出してきて、オークの娘は首を傾げた。

 今まで、極めて情報量の少ない環境で生きてきたのだ。


 それは、騎士王国ガルグイユが運営するオークを飼う穴蔵。

 穴蔵から連れ出されたオークは絶対に戻ってこない。


 薄暗闇の中、いつ連れ出されるかを恐れつつ、オークは生きていた。

 そこに、彼らの尊厳などというものはない。


 オークの娘は、彼らオークの中で族長に当たる血筋だった。

 それ故に、大切に育てられ、オークたちの間で僅かに残る、言葉を教えられていた。


 外に連れ出された時は、死を覚悟した。

 自分も何も成せぬまま、何も分からぬまま死ぬのだと思っていたのだ。

 だが……。


「あなたは? あなたはお名前なーに?」


「ブ……! ズーリヤ……!」


「ズーリヤ! よろしくね、ズーリヤ! みんなみんな、ルーザックサマが助けてくれるからね!」


「ブブ?」


 ジュギィの言葉が理解できない。

 だが、なんだろうかこの胸に広がる感覚は。

 それは、生まれてこの方感じたことがない、安らぎであった。


 やがてジュギィは、二名の人物と合流した。

 一人は、金属のドレスを纏った女。

 人間に見えるが、肌の質感も、纏うにおいも人間とは全く違っていた。


 もう一人は、黒い甲冑を着込んだ男。


「ふう、暑い……。ゴーレムアーマーにも冷却機構が必要だな」


 兜を脱いだその顔、その瞳には、一切の光沢がない。

 闇だった。


 闇色の目をした者。

 それは、薄れゆくオークの言葉の中に確かに残されている伝承にある。

 かの者の名は。


「こっ、黒瞳王サマ……」


 ズーリヤは黒瞳王ルーザックの前で膝を折った。

 自分の目線を、相手よりもできるだけ低くすることしか、敬意を現すやり方を知らない。


「ああ、かしこまらなくていい。これは私と君との間にできた縁だろう。我がダークアイは、君たちオークを人間の魔手から救い出すことを約束しよう」


「ブ、ブー?」


「ご主人様、言葉遣いが難しすぎるのでは」


「えっ、かなり砕けた調子で言ったつもりなのだが。困ったな」


「ルーザックサマ! このこ、ジュギィがお世話するね! まかせて!」


「むむっ! 任せたぞジュギィ。うーん、あのジュギィがお姉さんとして振る舞っている。感無量だな」


「ご主人様が父親みたいなことを仰っておられます」


「まあいい。撤収だ。ディオースがやきもきしながら待っていることだろう」


「はい。そもそも国家元首が自ら偵察に来ることは明らかにおかしいですからね」


「分かってはいるが、ゴーレムアーマーのステルス機能を試してみたくてな。実際、この甲冑を纏っているのに全く気づかれなかった。消音装置はしっかりと発動しているようだな。暗殺騎士をモチーフにした装備だ。これならば、オーガよりも体格に劣る者でも装備し、成果を挙げられるのではないか」


「はい。ですがそう言うことは国家元首が自ら試すものではありませんからね」


「うちのメイドは厳しいな……」


 和気あいあいとしたやり取りをしつつ、姿を消す黒瞳王一行。

 追随してきていたダークエルフたちが、その後に残された人間たちの死体を精霊魔法で土中に隠し、工作も万全なのであった。




 さて、戻ってきたのはやはり森の中。

 ここは、狂気王国と騎士王国の国境にある森林地帯だ。

 鋼鉄王国の国境からはそれなりに離れている。


 魔族の国ダークアイは、なんとこんな敵地の只中に、堂々と拠点を築いていた。


「帰還したぞ」


「ルーザック殿! 御身自らが出られなくても良いでしょうに……。またゴーレムアーマーの性能を試したのですかな? 悪い癖ですよ」


「別に私はこいつが死んでも良かったんだけどなあ。なんか増えてるじゃない」


 ディオースとピスティルのダークエルフ兄妹が出迎える。


「うむ。オークを救出してきた。そう言えば今まで、オークはいなかったからな」


「ええ。オークは騎士王国の土地に生息する魔族。ですが、その姿は近年目撃されておらず、絶滅したと言われていたのですが」


 ディオースの言葉を受けて、ルーザックがオークの娘ズーリヤに尋ねた。


「君たちはどうやって生き残っていたんだね?」


「ブ、ブウー」


 困ってしまうズーリヤ。

 説明する語彙を持たないのだ。

 それに、物言いが頭良さそうで難しいルーザックは、どうやら苦手なようだ。


「ズーリヤのお世話はジュギィがするね! あっち行こ、ズーリヤ! 怪我の手当してからいろいろおしえてね!」


「ブウ」


 ズーリヤは、ジュギィ相手には大人しく従う。

 懐いているのかもしれない。


「むむっ」


「あっはっはっはっは!! ルーザック振られてやんの! うひゃーっ、傑作だわ!」


 ゲラゲラ笑うピスティル。

 彼女の額を、ディオースがぺちんと叩いた。


「いてっ」


「我らの元首であるルーザック殿を笑うものではない。それにはしたないぞ」


「分かっているけど、兄さん。つい本音が……」


 立ち話も何だということで、一行は拠点に作られた、作戦会議室に急いだ。


 ここは一見して、テントが立ち並ぶ大型のキャンプである。

 上部を木の枝で作った網で覆い、周囲にはキャンプが見えないよう、目眩ましの仕掛けを施してある。


 そして作戦会議室とは大型のテントだった。


 中で、黒いセーラー服姿の女がリラックスしている。


「おっ、戻ってきたねえ、ルーちんとセーラ。……およ? ジュギィは?」


「ジュギィは助け出したオークを連れてな。今は手当をしているだろう」


「オーク?」


「ブタのようなイメージの魔族だ。ガルグイユの騎士たちが彼女を狩ろうとしていたのだよ。非道な行いなので、私はガルグイユを敵として認定した」


「あー、まあねえ。やっぱ魔族と人間じゃ分かりあえないよねえ。ま、こっちが歩み寄ろうとしたのを蹴ったんだからいんじゃない?」


 けらけらと、彼女、先代黒瞳王アリーシャが笑った。


「そんで、これから会議なんでしょ。テーブル拭いといたから」


「アリーシャ様、それはメイドの役割なのですが」


「ええー、いいじゃーん。やることなーんにも無いんだもん。これくらいやらせてよー。んもー、グローンもサイクもいないし、ディオースは色々偵察とかで忙しいし、ピスティルはお兄様ーってべったりだし」


「んなっ!? わ、私はそんなべったりしてないっ」


 きゃあきゃあと女子が騒ぐのを、とても苦手そうな目で見つめるルーザック。

 女子会ノリが心底苦手なのだ。


「アリーシャ様、ピスティル。ルーザック殿が困っている。席につこう」


 ディオースが空気を読んでくれて実に助かった。

 ルーザックはほっと一息つきながら席につく。


 丸太を切っただけの簡易な椅子である。


「では、騎士王国ガルグイユ、狂気王国バーバヤガに関する対応を協議しよう。私の意見を述べると……」


「述べると?」


 アリーシャが先を促す。

 その間に、セーラが手早く人数分のお茶を淹れた。


 出かける前に、あらかじめ茶葉を蒸していたのである。


「まずはオークの救出を行う。同時進行で、バーバヤガの偵察も行う」


「おっ、そこんところは人道主義っていうか、魔道主義だねルーちん。あたしもそれでいいと思う。オークはなんか、ヤバそうなんでしょ」


「ああ。明らかにあれは、文明や文化というものを剥奪されている。これは、彼らオークにとっての尊厳が奪われていることに他ならない」


 口調は冷静だったが、ルーザックは怒っていた。


「まずは迅速に、オークの尊厳を取り戻す。我らダークアイが、新たな仲間を迎え入れに行くのだ」


 誰にも、異存は無かった。

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