鋼鉄王の落日
鋼鉄王が誇る、最強のメイドゴーレムは五体。
王国ナンバー2である侍従長、ミオネルを筆頭に、近接、狙撃、砲撃、殲滅とそれぞれに特化した存在だ。
「僕の鋼鉄王国が、どれだけ奴らの先を行っているのかを思い知らせてやれ。……言っておくが、冷静にな、冷静に」
鋼鉄王ゲンナーが、五人に向けて言う。
この場で、一番冷静なのは彼だった。
『はい、ご主人様。鋼鉄王陛下を差し置いて、真の鋼鉄などと妄言を放つ無知蒙昧な輩を、我ら五人が跡形も残らぬほど始末して参りましょう』
ミオネルが答える声は、ごく落ち着いたものだった。
その言葉の中身が全く落ち着いていない。
五人の背後から、ゆらゆらと怒りのオーラが立ち上っていた。
「あ、ああ。頼むぞ」
ゲンナーはそれだけ口にすると、戦場最奥に設置された彼の椅子に座した。
開発者であり、錬金術師である鋼鉄王。
彼は、一切の戦う術を持たない。
ゲンナーにとっての戦いとは、作品を生み出した時点で終わっているのである。
「さあ、正念場だ。この僕の作品を相手に、お前の工業製品がどこまでやりあえるのか。僕にすら勝てないようならば、魔族の世界はこれで終わりだ。どう来る、黒瞳王」
「と言うように、五人の姉がおります。特に、筆頭であるミオネルは万能型。極めて厄介です。狙撃型には、わたくしが対応しましょう」
玉座戦車の直上、セーラが魔王軍の幹部を集めて説明をしている。
「んじゃ、あたしが近接ってのとやるね」
「砲撃か。ならば、ダークエルフの魔法で仕留めてやろう」
「ああ。私と兄とで、格の違いを見せてやる!」
「ふむ、それでは……」
アリーシャ、ディオースとピスティル、彼らに続いて声を上げたのは、オーガの長であるグローンだった。
頑なにゴーレムアーマーの使用をしなかった彼が、今は漆黒の鎧に身を包んでいる。
「殲滅型とやらは、わしが直々に相手をしよう。いつまでも、若い者ばかりに任せてはおけんからな。わしも好き勝手は言っておられぬ」
グローンが纏うゴーレムアーマーは、彼の眷属が身につけたそれと大きくは変わらない。
ただ一つの差異は、許容できる魔力量が遥かに大きいことだ。
オーガ一族の長であるグローンは、一般的なオーガよりも大量の魔力を有している。
それを十全に活かし、およそ通常型鋼鉄兵の、三倍の出力を発揮するのだ。
最大出力状態のグローンは、アーマーの全身が魔力によって真紅に染まる。
「ンー」
ジュギィが首を傾げた。
「ジュギィは?」
『ジュギィはミオネル担当だな』
ルーザックが配置を決定した。
「いいの? それってメイドさんで一番強い人でしょ。ルーザックサマじゃなくていいの?」
これに、ディオースが分かりやすい説明をしてくれる。
「いいか、ジュギィ。本来であれば、国家の元首であるルーザック殿が戦場に出ること事態、あってはならぬことなのだ。何せ、我ら魔族は彼を失えば、たちまち人間どもと戦うための頭脳を失うのだ。しかし、今までは我らの力が足りず、ルーザック殿の手をお借りしていた」
「ふんふん。じゃあ、今はだいじょうぶ?」
「うむ。私がドワーフに特注した、ゴキちゃんMkⅢ……。それをジュギィに配備した。さらに、精霊魔法の腕も上げていると聞いているぞ」
「うん! ジュギィは強くなった!」
『よーしよし。ならば向こうの侍従長にも勝てる。絶対に勝てる』
「うん! 勝つ!」
そして、玉座戦車が出撃する。
ルーザックを玉座に設置したまま、巨大な車体が戦場を一直線に駆け抜けていった。
迎え撃つのは、鋼鉄王最強の配下五名。
『いてっ』
早速狙撃され、ルーザックに当たった。
「ご主人様、かなり頑丈に作られてましたよね。そこで的をなさっていて下さい」
『うちのメイドは厳しいなあ……』
黒い魔剣を構えながら、ルーザックは的に徹底する。
時折、狙撃の他にも戦車の周囲に爆煙が上がる。
これは、砲撃タイプによる遠距離攻撃だ。
「“精霊魔法、召喚・シルフ”」
「“精霊魔法、召喚・ルドラ”」
ディオースとピスティルの兄妹が、共に風の精霊を召喚する。
精霊は、地を巻き上げながら、砲撃型メイドに突き進んでいった。
迎え撃つ、メイドゴーレムの砲。
戦場の只中で、爆発が起こる。
「おーおー、やってるやってる。じゃあ、あたしも行ってくるね」
玉座戦車から身を乗り出して、望遠鏡を覗き込んでいたアリーシャ。
そう言うなり、パッと姿を消した。
捕捉した目標目掛けて、瞬間移動をしたのだ。
次いで、戦車の前方が展開し、レールが真っ直ぐに伸びた。
『では、参る! 我が名はグローン、オーガの長なり! 雑魚ども、道を開けよ!!』
レールが、グローンの魔力によって光り輝く。
魔力はゴーレムアーマーをふわりと浮かせ、それを前方に向けて加速していく。
射出。
漆黒の大型ゴーレムアーマーが、空を飛んだ。
眼下にて迎え撃つのは、一体のメイドゴーレム。
その胴体を専用のユニットに埋め込み、大型ゴーレムと一体になった個体だ。
殲滅型メイドゴーレム。
広範囲への射撃に爆撃、近接には全身に内蔵された隠し腕による武器攻撃を得意とする、ワンマンアーミー。
『接近するゴーレムアーマーあり。反応、既存のものと差異。魔力量、通常のタイプの三倍……!!』
『お前が、わしの相手か!』
グローンが、殲滅型の眼の前に着地した。
オーガが身に纏っているとは言え、その大きさは通常のものよりもなお大きい。
殲滅型と、上背で競るそのサイズは、間違いなくこの戦場で最大クラスだった。
グローンの腕から、魔力を帯びて輝く巨大な爪が、両肩から魔力によって撃ち出される砲が展開される。
対する殲滅型は、全身の隠し腕と砲を前方へ。
正面対決だ。
至近距離で砲が炸裂する爆発音。
そして、金属と金属が打ち合わされる甲高い音。
グローンと殲滅型の周囲数メートルは、死の領域と化す。
何者も、侵入してくる事ができない。
そこからさらに奥まった場所で、もう一つの戦いが行われている。
それは、突然飛来した黒髪の少女と、メイドゴーレム近接型との勝負。
しかし、そこは拮抗にはほど遠い空間。
『捕捉……困難ッ……!!』
「そうねえ。あたし、武器がこの瞬間移動しかないじゃん?」
黒髪の少女、アリーシャは、登場と同時に装備していたナイフを近接型に叩き込む。
近接型は、内蔵していた刃物を展開し、アリーシャへと突き出した。
だが、その時には既にアリーシャの姿が無い。
出現場所は、近接型の頭上。
そこからさらに、ナイフを突き込んでくる。
ギリギリというところで、それを防御する近接型。
だが、アリーシャはまた移動している。
背後、攻撃。
移動、側方、攻撃。
移動、前方、攻撃。
移動、距離をとって投擲。
移動、跳ね返ったナイフを回収。
超高速での、瞬間移動を絡めた攻撃のループ。
魔法を使うことは出来ないが、内包した絶大な魔力の全てを瞬間移動に注ぎ込んでいるのが、元黒瞳王、アリーシャという少女だった。
この瞬間移動には、始まりにも出現にも、一切の魔力的な痕跡がない。
唐突に消えて唐突に現れる。
そのため、出現場所の予測は困難。
「普段はルーちんのお世話してるからしっかりしてるけど、あたしって基本的に気まぐれなんだよね。だから、まあ出てくるところも適当」
切り飛ばした近接型の刃を、空中に瞬間移動してキャッチしたアリーシャ、そう呟きながら、足元の敵を見下ろす。
「ってことで、サクサク終わらせるよ!」
メイドゴーレムを統率する侍従長、ミオネルは冷静に戦場を観察していた。
そして、近接型が危機的な状況にあることを察知する。
『黒瞳王と共に移動してきた、跳躍能力を持つ魔族。あれは別格の強さですね。近接型のみでは、相対は不利でしょうか』
ミオネルが、近接型とアリーシャの戦闘領域へと動き出す。
スカートの下で、戦闘用の履帯がキュラキュラと音を立てた。
その動きがピタリと止まる。
眼前に立っているのは、小柄な影。
『いつの間に出現したのでしょうか』
「今! ジュギィ、勝つために来た」
『……確認。ゴブリン……? ゴブリンが、この私とやり合うと?』
「うん!」
『……。排除します』
ミオネルのスカートが展開する。
出現したのは、小型のガトリングガン。
それがジュギィを狙い、連続射撃を開始する。
例え避けようとしても、ミオネルの目はそれを追尾し、射撃を確実に当ててくる。
だが、ジュギィの動きはメイドの予想を超えていた。
突然地面に腹ばいになると、そのまま猛烈な速度で前進し始めたのだ。
『!? 下方に、扁平な小型ゴーレム!?』
ゴキちゃんMk3に掴まったジュギィが、超高速でミオネルに肉薄する。
『ですが、甘いです』
ミオネルの腕が変形した。そこに出現するのは、射出式の短槍。
これで、後退しながらの足元目掛けて一撃。
「ちゃっ!」
ジュギィが息を鋭く吐き出す。
彼女の周囲に、不可視の力場が生まれる。
それは、小精霊スプライトの顕現だ。
これが、ゴキちゃんMk3を両脇から跳ね上げた。
ゴキちゃんはスプライトの上を疾走し、突き出された槍の上に乗った。
『なんと!?』
さらにゴキちゃんから分離して跳躍するジュギィ。
手にしているのは、小型の魔力砲。
空中をくるくると回転しながら、ミオネル目掛けての連続射撃。
『くあぁっ!!』
袖をかざし、この攻撃を弾くミオネル。
ガトリングガンが、空中に射撃を始めた。
さらに、ミオネルのスカートの別の箇所が開き、クロスボウが出現する。
これが、ジュギィの着地予測箇所に狙いを定め……。
「ゴキちゃん!!」
ジュギィの召喚に応えて、ゴキちゃんMk3が羽を広げた。
これによって、空中で自らの軌道を変える。
空の上にいるジュギィを、一瞬で回収。
「“召喚・スプライト”!」
呼び出されたスプライトが、空中での足場になった。
落下するはずだったジュギィとゴキちゃんが、空を走る。
予測不能の軌道に、ミオネルの射撃は空を切った。
『何ですか、これは……! 何者ですか! 事前に観察されていなかった存在……! ゴブリン如きが、このメイドゴーレムに!』
「ジュギィはゴブリンだけど、ゴブリンじゃなくなってきてるって、みんな言ってた!」
魔力砲が、ミオネルに撃ち込まれる。
『くっ、また……! だが、攻撃手段が一人だけならば、問題は』
ジュギィに注意を向けるミオネル。
その側方で、疾走するゴキちゃんの頭部が展開した。
せり上がる、超小型回転砲塔、ガトリングガン。
ジュギィと、超至近距離での魔力バイパスで繋がるこの小型ゴーレムは、供給される大量の魔力により、通常のメイドゴーレムを凌ぐ程の兵装行使を可能とする。
『それは、妹達の……!!』
気付いた時には、既に遅かった。
無防備なミオネルに向けて、ガトリングガンが火を噴く。
それは、鋼鉄王が生産した、メイドゴーレム正式装備の代物だ。
その火力は折り紙付き。
ミオネルの体が、連続される射撃によって穿たれていく。
『ご主人様! ご主人様! 私は、こんな所で倒れるわけには……!!』
ミオネルの目の色が変わる。
『ご主人様の障害となるものを、排除せねば……! この、仮初の命を賭して……!!』
「にゅっ!?」
ミオネルの中にある魔力機関が、その稼働の勢いを増した。
本来、このメイドゴーレムの中に流れているであろう魔力の流れ。
それが何倍にも増幅され、ミオネルの全身を巡る。
『お前も連れて行く!!』
それは、造られたものの執念だっただろうか。
ミオネルの腕が、ジュギィの足を捉える。
「きゃっ! は、外れないー!」
『ご主人様、どうか、お達者で……!!』
ミオネルの目から、口から、内部機関から、輝きが放たれる。
自爆だ。
だが、その直前だった。
「ほいっ!」
ミオネルの直上に、黒髪の少女が出現していた。
手にしたナイフで、ミオネルの腕を切断する。
そして、爆発が起こると同時に、その姿を消したのだった。
『申し……訳、ございません……ご主人様……!!』
爆発の後、戦場の空気が変わった。
最強のメイドたちが打ち崩されていく。
そして、悠然と走るのは玉座戦車。
ふてぶてしく、玉座の上に剣を構えたまま座すのは、黒瞳王ルーザック。
未だ、彼を狙う狙撃は行われている。
だが、それは今や精細を欠き、散発的なものになっていた。
「ご主人様、撃破しました」
『お疲れ。私はもう立ち上がってもいい?』
「足を狙ってくると思いますが、既に姉のそれではありませんから、痛いくらいで済むかと」
『やっぱり痛いのか……』
ため息を付きながら、黒い甲冑の魔王は立ち上がった。
そして、メイドのセーラの言葉通り、ルーザックの足元へ何発か、着弾がある。
『あいてっ、いてっ』
少々情けない悲鳴を上げながら、ルーザックが降りて行った。
その間にも、戦車の上部に伏せたセーラが、狙撃元を狙撃銃で狙い撃つ。
これは、別のメイドゴーレムを撃破し、奪い取ったものだ。
「我慢して下さい、ご主人様」
『うちのメイドは厳しいな……』
ぶつぶつ言いながら、戦場を一人、歩く。
ルーザックの目指す先には、椅子に座った小太りの男がいた。
「ここまで来たのか」
『ああ。終わりだ、鋼鉄王』
「ふん。初めて会った時、ただの小物だとしか思えなかったお前が、気がつけば無視できないほど大きくなっていた。それが今は、僕すら凌ぐ程の戦力を有している。この僕の技術を使って、だ。答えろ、黒瞳王」
『何かね』
「何故、僕の技術をダウングレードした、美学の欠片も無いようなものを使いながら、僕を追い詰めることが出来た?」
『それは私にも美学があるからだ』
「何っ」
『ロボットの中には、人が乗り込むべきだ。私が好きな言葉は、専用機、だ』
「……量産型の良さを理解せん輩か」
『好きなのは専用機だが、実際に動かすなら量産型だな』
「ふっ」
鋼鉄王は笑った。
肩を竦め、傍らにあった、冷めた珈琲を飲む。
そして、胸ポケットからチョコバーを取り出すと、一口かじった。
「僕の命をくれてやろう。お前が勇者のパーティに居たのなら僕にも友人が出来ていたのかもしれないな。そんなお前に言っておく。ここから、七王は本気になるぞ。お前は取るに足りない、黒瞳王という魔王もどきじゃない」
鋼鉄王の目が、じっとルーザックを見据える。
「人類の脅威。人の敵。魔王ルーザック。……お前、うちのメイドを鹵獲しただろう」
『うむ。主人に厳しいが、いいメイドだ』
「名前はつけたのか」
『ああ。セーラだ。金髪だったからボブカットにした』
「ふっ……分かっている男だ……。ああ、僕は満足したぞ。さあ、やれ」
鋼鉄王は、立ち上がること無く、両手を広げてルーザックを迎えた。
黒瞳王が、剣を振り上げる。
鋼鉄王国は滅亡した。
魔族の国、ダークアイは、その勢力をさらに大きく広げる事となる。
かくして、異世界ディオコスモは、その三割を魔族に奪われた。
人魔の戦いは、激化の一途を辿るのか。
それとも、何かしらの変化が訪れるのか。
誰も想像することすら出来ぬまま、鋼魔大戦は終結したのだった。
第二章の終わりとなります。
しばらくの後、第三章が始まります。
ご期待下さい!