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剣王

 鋼鉄王国と狂気王国の国境線。

 そこは、交易などが盛んに行われる土地である。

 鋼鉄王国は、家畜を計画的に生産することにより、食肉や卵、乳製品を主な輸出品としている。

 狂気王国は農耕に優れ、麦や野菜、それらを加工した保存食などが輸出されていた。


 そこは、鋼鉄王国側にある町。

 魔法王国との戦争も、魔族の国の噂も、何もかもが遠い世界の出来事。

 この町は、いつものように鋼鉄王国が他国とつながる唯一の場所として、今日も役割を果たしていた。


 町を見下ろせる場所に丘があり、大きな木が生えている。

 今、木のふもとで剣を振る一人の男がいた。

 精悍な顔つきの男だった。

 何もない場所に向かって、剣を振るう。

 まるで、剣の先に仇がいるような勢いで、素振りが行われる。

 それは、剣王流の基本の型。


「ッ!」


 流れた汗が、男の目に入った。


「不覚……。これが戦いなら、俺は死んでいた……」


 汗を拭う男。


「そして、あの黒瞳王であれば決して見逃しはすまい」


 彼は、今世間を騒がせる存在、黒瞳王と剣を交えたことがある男だった。

 ディオコスモに伝わる、最も古い剣技、剣王流を修める剣士ジン。

 剣豪と謳われた父を持ち、彼を黒瞳王によって殺された男だ。


「だが、あの騙し討ち……。俺など、まともに相手をする価値もないということか。やはり、剣の道を捨てたことは間違いだった……。鷹の目王もお守りすることは出来ず……! くそっ!」


 ジンは怒り任せに、剣を木へと叩きつけた。

 型も何もない一撃は、幹に深々と突き刺さり……半ばから折れた。


「……未熟」


 ジンはうつむき、呟いた。


「確かに未熟!」


 そこに、現れる者がいる。

 年齢もよく分からぬ、剣を背負った男だ。


「むっ!?」


 ジンは目を剥いた。

 近づかれるまで、気付くことが出来なかったのだ。


「剣王流だろ? いやいや、何百年も経ってるってのに、まだまだ使い手がいてくれて嬉しいねえ。だけど、お前あれは無いわ。筋がいいってのに、何も考えないで剣をぶつけるやつがあるかよ」


 男は笑いながら剣を抜く。


「あ、いや。恥ずかしい所をお見せした。あなたは……」


「俺か? 俺はアレクス。まあ、よくある名前だ。でな、お前よりもちょっと剣王流には慣れててな」


 抜き放たれた剣は、白。

 刀身のみならず、鍔から柄に至るまでが真っ白な剣だ。


「俺の剣は特別だから、ハンデな。剣の腹で斬る(・・・・・・)


「!? 何を……?」


「基本の型だ。“胴一閃”」


 アレクスが白い剣を振るった。

 いや、振りかぶったと見えた瞬間には、刀身は振り抜かれている。

 ジンの目には、まるで剣が幹をすり抜けたように見えた。

 だが、それは違う。

 一拍遅れて、木が真っ二つになった。

 音もなく、木が宙を舞う。


「こう、な。この程度の斬撃に刃はいらねえんだ。だが、この木にゃ罪はねえわな」


 呆然とするジンの前で、アレクスは白い剣を再び振った。

 今度も、剣の動きは見えない。

 白い光が一閃しただけとしか感じられなかった。

 切り株となった幹に、切り離された木の上部が落ちてきた。

 切断部分を下にしている。

 そして、それはピタリと合わさると、まるで何も無かったかのように風を受けて枝葉をそよがせ始める。


「な……何を……。何をした?」


「剣王流だ。まあ、それなりに極めりゃコレくらいのことはできる。千人に一人は、一生賭ければここまで辿り着けるだろうよ」


 コンコン、と幹を叩くアレクス。

 ジンはゴクリと唾を飲んだ。

 徐々に、目の前で起こった事態がどういう意味を持っていたのか、理解し始める。

 人智を超えた剣。

 剣王と同じ名を持つ男。


「お前、才能があるからな。これよりは上に行けるだろ。向こうで起こってる戦争な」


 アレクスが、遠くを指差した。

 ゴーレムランドと国境を接する、ホークアイがあった場所である。

 今は、ホークアイは失われ、ダークアイと名乗る魔族の国となった。


「俺は顔を出すつもりだ。久々の楽しそうなお祭りじゃねえか。だが、一人で楽しんだんじゃ申し訳がねえ。お裾分けできる奴には、しておきたいのさ」


「剣王、アレクス……!!」


 ジンは、無意識の内に(ひざまず)いていた。

 アレクスを名乗る男の目が、丸くなる。


「俺に、俺に剣を教えてください……!! この手で倒したい敵がいるんです!!」


「ほう。やりたい相手が?」


「はい。そいつは、鷹の目王を屠った男で、父の仇です……! そして奴も剣王流を使う……!」


「へえ! 同門対決か! そりゃあ面白え。いいぜ、教えてやる」


 アレクスは笑った。

 そして、快諾する。


「だが、一箇所にとどまるってのは俺の趣味に合わねえ。国境線まで旅をしながら道中で教えていこう。まあ、男二人で旅ってのは色気がねえけどな」


 がっはっは、と笑うアレクスなのだった。





 何日か旅をすると、鋼鉄王国の中央へ近づいてきた。

 これは、首都という意味ではない。

 地理的に鋼鉄王国の中心地点という意味である。

 かの国の中枢は常に空を漂っており、天空城ゴライアスと呼ばれている。


「相変わらず、あの偏屈は独自の道を突っ走ってるんだなあ。しかし、流石はあいつの作った国だ。住んでる連中の目がみんな死んでるわ」


「いや、師匠、それは笑いどころでは無いのでは……」


「あ、悪い。俺、笑ってたか。いやあ、しかしひどいもんだ。まるで住んでる連中が、機械の歯車の一部みたいなことになってやがる。ま、それがゲンナーの選択なんだろう。俺はそれを尊重するね」


 鋼鉄王国では、畜産は工場によって行われる。

 人は家畜や機械類を操作するための部品でしかなく、幾らでも替えがきく存在だ。

 全ては鋼鉄王の部下である、メイドたちが計画を立て、人々にそれを強いている。


「俺はここを通りましたけど、何度見ても気分がいいものじゃないですね……。ホークアイの方が、まだみんな生き生きしてました」


「それは、グリフォンスだって変わらんさ。あそこは魔法を使えない人間には価値を認められない世界だ。ツァオドゥも合理主義者だからな。きっとあいつは、人間と魔法生物の区別がついてないぜ」


「それはご挨拶ネ」


 冗談めかして語るアレクスに向かって、不機嫌そうな声が放たれた。


「おっ。まさかの御本人か」


 そこには、体にフィットした極彩色のドレスを纏う、黒髪の女性が立っていた。


「そうヨ。アレクスお前、この何百年も、ぶらぶらどこをほっつき歩いてル? お陰でレオノポリスは全く存在感というものが無いネ。かつて私たちのリーダーだった男がそんな様でどうする?」


「いきなりお説教か、魔導王殿! 相変わらずだなあ。だが、お前さんが無事で良かった。うちのパーティの綺麗どころが死ぬなんて、俺はゴメンだからな。それ、そう眉間に皺を作るな。綺麗な顔が台無しだぞ」


「はぁ!? な、何をいきなり言ってるヨ!? そういう所も昔から変わってないネ!」


「わっはっは! で、その魔導王様が一体、犬猿の仲の鋼鉄王領まで何の用だ?」


「……決戦ネ」


「ほう」


 決意を込めて放たれたツァオドゥの言葉に、アレクスは軽く頷きを返すだけだった。

 魔導王の選択を予測していたのだろう。


「ゲンナーに頭を下げ、戦力を借りるか。プライドが高いお前さんが、よくぞ決心したなあ。いや、そのプライドが、負けてることを許さんか」


「私の内心を見透かすような事は止めて欲しいネ! いいか! これからグリフォンスは最終決戦に入るヨ。猫の手も借りたいとはこの事ネ! そして、ちょうどいいところで会ったよ、アレクス。それと……」


 ちらっとジンを見たツァオドゥ。

 ジンは、いきなり現れた七王の片割れに、驚愕して反応ができない。


「何ヨ、こいつ」


「俺の弟子」


 ツァオドゥは値踏みするようにジンを見た。

 そして、魔力は無いか、と口の中で呟く。

 しかしジンの顔立ちは気に入ったようだ。


「ふぅん。まあいいネ。剣王アレクス。それと弟子! お前たちをグリフォンスが食客として迎えるネ! 今から転移するからついてくるヨ!」


「……師匠。俺、全く状況について行けないんですが」


「すまんな。昔から彼女は性急なんだ。断ったら怒るし、面倒だからなあ。ま、戦場は彼女が用意してくれるさ。俺たちはついていくだけだな」


「そんなもんですか……」


「行くヨ」


 ツァオドゥが指を鳴らす。

 すると、三人の姿は鋼鉄王国から消え去っていた。

 戦況は今、また大きく動こうとしていた。

 していた……のだが。








 遠く離れた、かつてグリフォンスだった都市。

 教会を改装した前線司令部にて、ルーザックが発した指令。

 それは、彼の底意地の悪さがにじみ出たものだった。


「この状況であれば、我々は弱ったグリフォンスを叩くのが常道であろう。魔法王国は抗うために戦力を集中し、機会に備えているはずだ。鋼鉄王国はこれに支援を行い、戦況を注視している。だが、ここであえてゴーレムランドを狙う。グリフォンスと合流した地点が混乱を来している。ここを叩き、起点としてゴーレムランドに攻め込む」


 未だ戦況を操る主導権は、黒瞳王の手の中に。

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