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ゴブリンの女王

 連行する……という表現は正しくないだろう。

 三人のゴブリンロードは、誰もがルーザックに対して好意的である。

 彼女たちの神である魔神。

 その意志を体現する使いであるルーザックは、魔族にとって絶対的な王なのである。

 ただし、絶対的な王であるからと言って、恐れられ、崇められるわけではない。


「ねえルーザックサマ。私、この間成人したから、つがいになるキングを探してるんだけどぉ……。ルーザックサマはフリーなのぉ?」


「あわわわわ」


「レルギィ、抜け駆けは許さないわよ」


 ルーザックは、ゴブリンロード姉妹の三女である、赤毛のレルギィに胸元をつつーっと指でさすられ、だらだら汗を掻いている。

 彼女たちはゴブリンロード、ゴブリンの姫と言えよう。ジュギィを入れて四姉妹のようだ。

 レルギィを牽制したのは、長身に豊満な体型、モンスターの皮で作られた禍々しいドレスを身につけた、黒髪の長女アージェ。最もゴブリンクイーンに近い素養を持ち、高い知性と高周波による情報伝達に長ける。

 二人目は、スレンダーで魔法の道具らしきメガネを掛けている。茶髪の次女カーギィ。殺した人間から得た書物や道具を収集しており、ゴブリンたちの知識を司る。

 そして三人目。今まさにルーザックに言い寄ろうとしているのが、最も優れた肉体を持つ、戦闘型のゴブリンロード、レルギィ。


「レルギィ、封印されてるオーガ、同じくらい強い」


「新しい情報をありがとう。ありがとうついでに、俺を助けて欲しい」


「ジュギィ、まだ子ども。ゴブリンロードに意見できない」


 ジュギィは助けてくれないようであった。

 先代黒瞳王ことアリーシャも、面白がるばかり。


「大丈夫よルーザック! この娘たち、そうは言うけどよっぽどのことがなければ、相手はキングだって決まってるんだから!」


「助けは無いと言うのか……。くっ」


 そんなルーザックが通されたのは、巣の地下深くにある、広い空間。

 塔のように高くそびえているのは、巣の一部分に過ぎないのだ。

 暗闇を照らす輝きは、ヒカリゴケ。

 ゴブリンたちが栽培する特殊な苔が、地上まで根を伸ばし、そこから吸い込んだ陽光を吐き出しているのだ。


「黒瞳王サマを連れてきたわ、ママ!」


 アージェが宣言すると、部屋の奥に座っていた大きな影がみじろぎした。

 それは、人間よりも一回りは大きな、緑の肌をした女だ。

 ゴブリンクイーン。

 ゴブリン族の巣における家長であり、数百のゴブリンを統率する主だ。


「黒瞳王……? そいつは、あたしがまだ若かった頃に死んだはずだよ。あたしらを除く、全てのゴブリンを巻き添えにしてね」


「……」


 ルーザックの肩で、アリーシャが絶句した。

 ごそごそと動き、ルーザックの襟を立てて影に隠れようとする。


「どうした?」


「あれ……あたしが最後の戦いに行った時にいた娘だ……。あたしが殺されたところを見た娘……」


「そうか」


 つまり、職務の失敗を追求してくる、元部下であることか、とルーザックは理解した。


「ここではOJTは期待できないということだな。了解した。俺が独自に対処を行う」


 ゴブリンクイーンが、じろりとルーザックを睨む。

 そこに好意的な光は無い。


「今更、何をしに来たっていうんだい。あたしらゴブリンは、もう風前の灯火さ。最後に残ったクイーンはあたし一人。今更、あんたが戦争をやろうとして、うちの娘達を連れて行こうなんて考えるなら……」


 クイーンは怒りに満ちた目をしながら、ずい、と前に出る。

 否と言わせぬ圧力が、そこにはあった。

 だが。


「戦争を行う。諸君には協力を要請する」


 ルーザックはぶれない。

 言葉を飾るということを知らない男なのだ。

 実直なのではない。徹底的に気が回らないのだ。


「…………!!」


 クイーンが目を見開き、一瞬唖然とした。

 まさしく、自分がするなと口にした返答を、真っ向からぶつけてきたのだ。


「お、お前は……! 三十年前だって、あたしらはお前に望みを託して、全てを賭けた! だって言うのに、お前は人間の王を止めることはできずに……! お陰であたしらはこの有様だ! 数が頼みのゴブリンが、残り数百だよ! 子を産み、育てようにも女の数が足りない……! 人間どもは、ほんの僅かなあたしたちを、さらに間引こうとする! 必死なんだよ、あたしたちは! 今は生きることで必死……!」


「状況は改善しないだろう。勝利する他に道はない」


「お前はっ!! 話を聞いていたのかい!?」


 クイーンは怒りに、顔色をオレンジ色へと変じる。

 衝動的に、その太い腕でルーザックへ掴みかかろうとした。


「ママ!」


「やめて! 落ち着いてママ!」


 アージェとカーギィが、必死になってクイーンの両腕を掴む。止める。

 彼らの神たる、魔神の使い黒瞳王。

 それに、下等な魔族であるゴブリンが手を出すということが、何を意味するのか。

 知らぬロードたちではない。

 僅かに残ったゴブリンである自分たちが、神罰で滅ぼされてしまうかもしれない。

 恐怖は彼らの奥深く、原初の記憶に焼き付いていた。

 逆を言えば、この恐怖を無視するほどにクイーンの怒りは深かったということだろう。


「ごめん、黒瞳王サマ……」


 レルギィが、黒瞳王とクイーンの間に立った。


「あのさ、本当にごめん。私ら、やっぱママが一番大事だからさ……。できないよ。だから、出ていって」


 ルーザックの襟を、アリーシャが強く握りしめた。


「ふむ」


 ルーザックは周囲を見回した。

 目を合わせたロードたちが、目をそらす。

 周囲にはゴブリンたちの姿があり、彼らは皆、隠れるように立ち去っていく。


「残念だ。次の方策を考えることにしよう」


「……なんだい、あんた……。あたしらの手助けなしで、何をどうやって七王に……」


「その手立てを考え、勝つことにする。幸い、そのためのマニュアルはまだ無い。修正はいくらでも効く」


 クイーンは、そう言い放つルーザックを見て、顔から血の気を引かせていく。

 眼前にいるそれが、自分の理解できる存在ではないと気づいたからだ。

 彼女が知る先代黒瞳王は、熱く、激しく、種族を超えて皆を巻き込む嵐だった。

 だが、目の前の男はどうだろう。

 この黒瞳王が、一体何なのか、彼女には理解できないのだ。


「ジュギィ」


「はい、ママ」


 クイーンは、一番年若い、己の娘を呼んだ。


「ホブゴブリンと、ゴブリンを幾らか。お前の手勢を連れて、その黒瞳王サマについていきな」


「はい、ママ。ジュギィ、そうしようと思ってた。黒瞳王サマ、ゴブリンに、先、見せる。ジュギィ信じてる」


「ご協力を感謝する」


 ルーザックはクイーンにそう言うと、(きびす)を返した。






「ゴメン、ルーザック。あたしのせいだわ」


 ずーんと落ち込んでいるアリーシャ。

 ルーザックの襟を掴んだまま、背中にぶら下がっている。


「襟で遊ばないでくれ。アリーシャ。(しわ)になったら困る。スーツはな、洗濯が難しいのだ。俺は洗濯できないぞ……!!」


 ゴブリンの巣を出たルーザック。

 従えるのは、ゴブリンの末姫ジュギィと、槍を持った二人のホブゴブリン。一人は大柄で若く、もう一人はそれなりの年齢を重ねている。

 そして、ゴブリンが十名ほど。


「そして、謝られる理由が不明だ。現在、確実に戦力は増えた。ゴブリンの協力を得たではないか。後はプラモでも作って落ち着いてだな」


 言うなり、ルーザックは片手にプラモデルを召喚した。

 お城のプラモである。


「おおーっ! 黒瞳王サマ、何か出した。何、それ何」


 ジュギィが驚く。

 ルーザックはその場に座り込み、いそいそと箱を開いた。


「よし、では休憩と行こう。俺がジュギィに、プラモの作り方をレクチャーしてやろうではないか。下手だが」


「……なんてーかさ……。ルーちんってタフだよねえ……」


「クレーマー対応もしていた時期があったからな。人の怒りを受けても気にしないのには慣れている」


「それって気にしなくちゃいけないやつだったんじゃないかなあー」


 黒瞳王ルーザック。

 まずはゴブリン十三名を従えて、ディオコスモ攻略をスタートすることになったのである。


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