オーガとゴーレムの鎧
それは、突貫工事にも似た工程だった。
オーガに、ゴーレムを鎧として着せる計画である。
動力源は、オーガの豊富な魔力によって補う。
ゴーレムは、ただでさえ強靭なオーガの腕力を、さらに強化し、甲冑としてもその身を守る役割を負うのである。
「調子はどうか?」
「黒瞳王様!」
視察に訪れたルーザックに対し、その場に居並ぶオーガとドワーフ、お手伝いのゴブリンたちは、居ずまいを正した。
魔族の国、ダークアイには敬礼は無い。
背筋を伸ばして、相手に向かい合うことが、最大級の礼となる。
「ゴーレムの鎧、いい。力、強くなった。でも、あんまり見えない」
ルーザックに応えたのは、オーガの若者だった。
鍛え抜かれた巨体を、覆い尽くすような黒い甲冑。
目元の箇所に覗き穴が開いており、視界にやや不安がある。
「そこが問題なんでさあ」
ゴーレム鎧の担当者であるドワーフが、首をひねる。
「構造はスーツアーマーに近いんスが、ゴーレムがてめえで自重を支えるんで、重さはほとんど無いんですわ。だけど、顔だけゴーレム部分を削って視野を確保すっと、このゴーレムによる強化効果が目に見えて落ちるんで……」
「ゴーレムが覆う面積は広い方がよく、何より頭部は重要な位置を占めているということか」
「その通りでさあ! いやあ、黒瞳王様は話が早くていいや!」
ルーザックは、ゴーレム鎧のオーガを見つめて、しばし考えた。
この、漆黒の偉容。
とても中にオーガが収まっているとは思えない。
「まるでロボだな……。はっ!?」
自らの呟きで、ルーザックは気付いた。
これがロボや、或いは彼が創作物で慣れ親しんだパワードスーツのようなものとするなら、覗き穴など必要ないのではないか。
「君。技術的に可能かどうか尋ねたいのだが」
「なんです?」
「ゴーレム鎧の頭部は内に、ゴーレムが取得した視角情報を投影することは可能かね?」
「ええ、そりゃあ。ゴキちゃんでゴーレムの視界をよそに送る技術は確立されてて……って、そ、そうかあ!!」
ドワーフは、身長ほども飛び上がって叫んだ。
「あれを、ゴーレム頭の中でやるんですな!? ははあ、こいつは目から鱗だ!!」
「ついでに、威圧効果として、ゴーレム頭部の視角器官は光らせてくれると嬉しい。魔力に余裕があればだが」
「俺、魔力、まだ全然ある! やる!」
ルーザックとドワーフの会話が理解できないなりに、オーガは自己アピールをする。
これを聞いて、黒瞳王は満足げに頷いた。
「よろしい。これよりこの開発兵器群は、“鋼鉄兵団”と呼称する!」
これが、ダークアイによる、対鋼魔戦争兵器、鋼鉄兵誕生の瞬間であった。
ちなみに素材は鋼鉄ではない。
そこは、極端に生命を持つものが少ない戦場。
ゴーレムと精霊が互いを削りあい、魔法生物の群れが大地を覆い尽くす。
炎が、雷が、氷が、弾丸が、砲弾が行き交い、時折数少ない命ある者が走り回る。
鋼魔戦争とは、ほとんどが自動化された戦いだった。
そんな戦場に、闖入者があった。
まるで、ゴーレムランドの勢力のような顔をして、ゴブリン二名が乗り込む小型ゴーレムが戦場を行く。
彼らは、ついさっきまで激戦区だった場所に到着すると、その辺りに散らばった、ゴーレムや魔法生物の残骸を回収する。
これを荷台に積載し、ゴーレムランド側のルートを戻っていくのだ。
あるいは、妙にすべらかな動きをする、人型のゴーレム。
戦場をうろうろ歩き回り、戦いの終わり際に介入。
疲弊した両軍をもろともに叩いてから、撤収する。
彼らが作り出した残骸は、ゴブリンたちが回収していくのだった。
「おかしい。妙にきれいになっているな」
やって来たのは、ゴーレムランドの兵士。
自動操縦で戦闘を行わせていた個体を回収に来たのだ。
だが、そこにゴーレムの姿はなく、戦っていた魔法生物も、痕跡しか残ってはいない。
「まさか、グリフォンスが持ち帰った……!? これは、上に報告せねば!」
兵士はそう結論付け、戻ろうとした。
その背後に、黒い巨体が現れる。
「お、こんなところにいたか。……い、いや、我が軍でこんなゴーレムを見たことはないぞ! 新型……!?」
『目撃者、帰さない!』
「し、喋ったー!?」
ゴーレムの目元が、赤く輝く。
それはまるで、伝説の単眼巨人を思わせる光だった。
「ば、ばけも」
言い終わる隙は与えられなかった。
漆黒の単眼ゴーレムは、兵士を容赦なく叩き潰したのだった。
「いいぞいいぞ」
この光景を、専用の鋼鉄兵に乗り、見ていた者がいる。
ルーザックである。
鋼鉄兵の背中には、彼専用の座席が搭載されており、ルーザックを背負って動く形になっていた。
黒瞳王はその目に、遥か遠方を見通せる双眼鏡をつけている。
「完全にモノアイだ。かっこいいぞ」
ルーザックには、鋼鉄兵が出した戦果を喜んでいたのではない。
彼が発注した鋼鉄兵が、注文通りの外観と能力を持っていたことを喜んでいたのだ。
「黒瞳王様、喜ぶ。俺、嬉しい」
ルーザック運搬係となっている鋼鉄兵……オーガも、嬉しそうだ。
「うむ。君にも分かってもらえて嬉しい。だが、未だ武器は開発が間に合っていない現状が心苦しい限りだ。今回の回収物を解析し、早急に鋼鉄兵団の武装を強化する旨を約束しよう」
「?」
ルーザックは真剣に、誠意を込めて言葉を紡いだのだが、一般オーガには少し難しすぎたようだ。
結局、今回の戦闘介入で多くの資材と技術を得たダークアイ。
魔族が着用する形式のゴーレムに関する研究は、飛躍的進歩を得たのである。
「あっ! ルーちん、めっちゃプラモデル増やしてる! ……おりょ? この形、オーガたちが着てるゴーレムに似てない?」
「ルーザックサマ、いっぱいプラモデル作った! ジュギィも手伝ったよ! これね、これね、ジュギィが作ったの。今度、同じのを着れるように作ってくれるって!」
「へえー……。ルーちん、また怪しげなことを始めたな……?」