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第一回三国会談

 グリフォンスとゴーレムランドが接する境界の地にて、第一回二国会談が行われた。

 鋼魔戦争と呼ばれるようになった、この二国の争いは日毎に熾烈を極め、戦の音が響き渡らぬ日は無い。

 だが、双方ともに人的被害は驚くほど少ない。


 グリフォンスからは、魔法によって作成された人造精霊が。

 ゴーレムランドからは、国名の通り、鋼と油で形作られたゴーレムが兵士として戦いを行っていたからだ。


 それでも戦いが長引けば、土地が荒れる。

 戦場で作物を育てる事は叶わないし、人は住むこともできない。

 さらに、大きく状況が変わったのはつい先日。

 盗賊王ショーマスが治める王国、ホークウインドが陥落し、魔族達を従えた謎の男ルーザックが魔族の国の建国を宣言したのである。


“ダークアイ”


 黒瞳王ルーザックの名を冠したこの国に、世界は注目せざるを得なかった。

 それがための会談。


 グリフォンスとゴーレムランドの国境に、一夜にして城が築き上げられた。

 半ばを蔦と岩で覆われ、もう半ばは鋼を組み合わせて形作られている。

 境界の城ボーダーと名付けられたそこに、魔と鋼、二国の王が姿を現そうとしている。





 先に到着したのは、魔導王。

 身体にフィットした、煌めく青のドレスを纏い、黒髪を結い上げている。

 それは女であった。

 魔導王ツァオドゥ。

 ディオコスモでも最強の魔力を宿し、あらゆる魔法を行使する。

 その魔力は年を追う事に肥大し、世界に存在するあらゆる魔法を習得していると言われている。


「あの偏屈はまだ来てないようネ」


 どこか猫を思わせる顔立ち。

 切れ長な目が、会場を見回した。

 彼女は鋼鉄王が居ないことを、視覚と魔法的感覚で確認する。


「“我が眼は千里を駆ける。()く見せよ、かの者の姿を”」


 ツァオドゥの唇が、言葉を紡いだ。

 歌うような響きを持つ、異国の言葉である。

 すると、彼女の両目の前に、青く透き通った円盤が出現する。

 それはまるで壁を透いて見ているかのように、魔導王が望む像を映し出す。


 彼女に見えたのは、鉄の鳥であった。

 巨大。

 あまりにも巨大。

 一つの城が空を飛んでいると言っていいのではないだろうか。

 胴体はぼってりと太く、頭の部分には幾つもの窓がついている。


 そこに、いた。

 油紙に包まれた揚げ菓子を、下品に貪る分厚い眼鏡の男。

 小太りで、髪はくしゃくしゃ。服装だって適当なものだ。

 機械油の染みが目立つワイシャツに、濃い緑色のフィッシングパンツを履いていた。


 あれこそ、鋼鉄王ゲンナー。

 ディオコスモを支配する七人の王の中で、一際異彩を放つ王である。

 その理由は、彼自体は何の力も無い人間であることだ。

 鋼鉄王が持つ力とは、技術の力。

 鉄と油で動くゴーレムを次々に作り上げ、さらには余人に理解できぬ原理で働く、機械仕掛けの道具を無数に有する。


 ゲンナーは揚げ菓子を一息で食べ終わると、砂糖が入っていないコーヒーを一息に飲み干した。

 汚れた口元を手で拭い、指先は服になすりつける。


「よぉし、それじゃぁ行くか。ミオネル、ついてこい」


『はい、ご主人様』


 鋼鉄王の言葉に、不可思議な響きを持った女の声が応じた。

 ミオネルと呼ばれたそれは、女性を象った鉄の人形である。

 彼女は、キリキリと音を立てて壁に向かい歩く。

 足があるのではない。

 スカートの下に、車輪を展開しているのだ。

 腕を伸ばして、壁に触れる。

 すると、手のひらが展開し、幾つもの筒が出現した。

 壁もまたその一部が開き、筒を受け入れる金属製の突起が現れる。


『天空城ゴライアスより、移動執務室、分離します』


「うん」


 ゲンナーの頷きを了承と受け取ったようだ。

 ミオネルは操作を実行した。

 次の瞬間、彼らがいる、この巨大な鉄の鳥の最上階が分離を開始する。

 頂点から幾つかの棒が突き出し、そこからプロペラが展開した。


「ちょっと遅刻したな。だが、ツァオドゥ、どうせ見てるんだろ?」


 ゲンナーはじろりと部屋の中に目をやる。

 そして、魔導王が使った遠見の魔法の痕跡を、何らかの手段で確認。


「もうすぐ行く。覗きはこれで終わりな」


 そう彼が告げると、魔導王の魔法は一方的に打ち切られた。




「……!」


 ツァオドゥの眼前にあった、青い円盤が砕け散った。

 鋼鉄王からの干渉で、魔法を無効化されたのだ。

 魔導王は目をパチクリさせ、赤い隈取の引かれた目を、軽く怒らせた。


「相変わらず、デリカシーってものが無い男ネ! それに、あんな格好で会談に来る気? 正気を疑うヨ!」


 ぷりぷりと怒り、今にも頭から湯気が立ち上りそうだ。

 そんな彼女を、侍従が諌めた。


「陛下。彼らは所詮、魔法を解さぬ野蛮の輩。鉄と油などというおぞましきものに頼る者が、陛下のお気持ちを理解できなくても不思議はございますまい。不機嫌な顔をされていると、今日のために施されたマキアージュも台無しになりましょう。どうぞ、クローネ森の猫精と謳われた御身の笑顔を絶やされませぬように」


「ふむ、言われてみればそうネ」


 ツァオドゥは振り向いた。

 そこには、耳の尖った男が立っている。

 エルフである。

 エルフ族は、早い時代から魔導王に恭順を示し、その忠誠心と高い魔力から貴族としての地位を与えられている。

 彼は、エルフ族の若き代表、ゼフィード。

 魔法王国グリフォンスにおいて、魔導王ツァオドゥに次ぐ魔法の使い手である。


「ゼフィード、鉄臭い破廉恥漢は、どれほどで到着すると見るネ?」


「そうでございますな。おおよそ、数分……」


 彼らが言葉を紡ぐ間に、ゴーレムランド側に設けられた壁面が、音を立てて動き出す。

 カタカタと歯車が回り、油圧シリンダーが閉ざされていた壁面を展開する。

 機械油の臭いをまとった蒸気がそこここから噴き出し、これを嗅いだツァオドゥは恐ろしい顔になった。


「ひどい……酷すぎるネ……!!」


「ああ……これは、私でも我慢できませんな……。ひどい臭いだ……」


 ゼフィードも顔をしかめ、「失礼」と主に断った後に鼻を摘んだ。

 展開した壁面からやって来たのは、空飛ぶ執務室である。


 ボーダー状最上階へ横付けされた、この飛行する部屋から、二つの人影が降りてくる。

 鋼鉄王ゲンナーとその機械メイド、ミオネルである。


「やあ、少々遅れたか? 待たせたなツァオドゥ。相変わらず、化粧が濃いな」


 新たに淹れたらしいコーヒーを、並々とカップに満たし、それを啜りながら歩く鋼鉄王。

 彼は魔導王に構いもせず、さっさと席についてしまった。


「本当に、お前、最低ネ」


 ツァオドゥはこめかみに青筋を浮かせながら、自らも席につく。

 そして、二人の王は睨み合った。


「会談とは言うが、あれだな。ここでお互いの命を狙えば、効率的に戦争を終わらせることが出来る。独裁国家の宿命と言う奴だな」


「おかしな事を言うネ。死ぬのはお前一人ヨ、ゲンナー。この魔導王に、只人(ただびと)の身で立ち会えるとでも思っているネ?」


『ご主人様。魔導王が発する魔力の強度が上昇しています。間もなく危険領域に入るものかと。排除のご許可を』


「聞き捨てなりませんな。機械人形如きが、我らが王に何たる無礼な物言いを。陛下、お命じくださればこのゼフィード、鋼鉄王諸共に無礼な機械人形を鉄屑にしてみせましょう」


『エルフ、識別。前時代の産物。個人技による魔法の行使を頼みとする脆弱な種族。極めて非効率的』


「抜かしたなくず鉄人形。“精霊魔法、行使、エント”」


 ゼフィードの詠唱に応じて、彼の周囲に存在する蔦が猛烈な速度で伸び始める。

 グリフォンス側のボーダー城は、精霊を宿しやすい自然の素材で作られているのだ。

 蔦は()り集まり、鋼さえ貫く槍となって、メイドのミオネルと鋼鉄王に襲いかかる。


 これに対して、ミオネルは鋼鉄のスカートの裾を持ち上げた。

 すると、スカート側面が展開し、細い筒を束ねた物が出現する。


ご無礼(ファイア)


 筒が回転を開始、その中から鉛の弾丸を秒速数十発という勢いで吐き出す。

 これが、襲いかかった蔦の槍を粉々に粉砕した。


 弾丸と蔦の破片が飛び散る中、魔導王と鋼鉄王はくすりともせず、仏頂面で向かい合う。

 全くもって、この会談は最悪の空気に包まれていた。

 あわや、初の二国会談が喧嘩別れに終わるかと思われたこの時。


「ほい、到着!! いやー、サイクちん、さすがだねー。あの子に見てもらえば、あたしの瞬間移動ならここまで行けるんだねえ」


「うっぷ、瞬間移動酔いが……」


 突如、新たな登場人物が現れる。

 共に黒い衣装に身を包み、漆黒の髪をした男女。


「あちゃあ、ルーちんもしかして乗り物酔いするタイプ? 案外繊細なんだねえ。ほーら、よしよし」


 女が、男の背中を(さす)っている。

 年齢は十代半ばほど。

 その瞳には、一切の光沢が無く、まるで闇のようであった。


「お前たち……その力は、黒瞳王ネ?」


「セーラー服の少女とは、意外なお客様が来たもんだ」


 魔導王と鋼鉄王。

 二人の化物が、興味を示した。

 そんな彼らの、強烈な圧を含んだ視線に、女は一瞬たじろいだようだ。

 だが、口元を拭いながら上体を起こした男は、それを真っ向から受けながら眉一つ動かさない。

 この男の姿を、ツァオドゥもゲンナーもよく知っている。

 それは、現実世界に存在した、スーツという衣装だ。

 スーツを着込んだその男は、腰から不釣り合いな剣をぶら下げていた。

 そして、ツァオドゥとゲンナーの顔を見回すと、おもむろに懐に手を突っ込んだ。


 身構える、ゼフィードとミオネル。

 対応すべく、セーラー服の少女が何かを使おうとした。

 だが……。


「初めまして。わたくし、こういう者です」


 暗黒国家ダークアイ

 代表取締役社長

 八代目黒瞳王

 ルーザック


 そう書かれた、名刺であった。

 かくして、三国会談がスタートする。

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