JK上司は先代魔王!
気が付くと、地面の上にいた。
昼なお暗い、森の中。
魔剣一本をぶら下げて、魔王ルーザックはぽつねんと立ち尽くしていたのである。
「……夢じゃなかったのか」
呆然とつぶやいた。
足元の、湿って柔らかな土の感触。
森とそこに生きる者たちが放つ、なんとも言えぬ臭い。
聞こえてくる風の音と、何者かの鳴き声。
この臨場感、間違いなく本物であった。
「いや、まだ夢だという可能性がある。頬をつねってみよう」
「いいわよ! あたしがやったげる!」
いきなり、ぎゅーっと頬っぺたをつねられた。
「ぎええ、いたいいたい」
ルーザックは慌てて、頬をつねる何者かを振り払った。
すると、それは随分小さかったらしく、ルーザックの腕にしがみついてしまう。
「な、なんだ……?」
袖からは、三頭身の小人みたいなものが、ぶらーんとぶら下がっている。
「あたしはアリーシャよ! よろしくね!」
「よろしくって言われてもな……。ええと、どちらさま?」
ルーザックの言葉に、アリーシャを名乗った小人は不思議そうな顔をした。
「あれ? 魔神さんから紹介されてない? あたし、あんたの教育をするようにって、こうして魂の欠片だけ再生してもらってるのよ」
「紹介……? 小人を?」
「そーよ? おっかしいなあ。魔神さん? 魔神さーん」
アリーシャが、何もない空中に声を掛けると、そこがまるで窓のようにがらりと開いた。
くたびれた顔の魔神がいる。
「ああ、済まない済まない。すっかり説明を忘れてしまっていた。君がお得意のマニュアルだが、我が魔神の陣営にそういうものはなくてな。だから、先代である七代目黒瞳王アリーシャを、君用の外付け知識としてよこすようにした。魂の欠片しか回収できなかったため、今はそのような成りだが、残る魂は、アリーシャを倒した七王から回収できるだろう」
「重要な説明ではないですか。つまり、彼女は生きているマニュアル」
「先輩よっ」
フスーッと鼻息も荒く、アリーシャは胸を張った。
「口頭でこれからの引継ぎがあるとすると、もしやOJT……?」
オン・ザ・ジョブトレーニング。
現場で体験し、都度ごとに経験者からの指導を受け学んでいくスタイルだ。
古い徒弟制度に近いかもしれない。
ちなみにルーザック、OJT大嫌いマンである。
「いやだなあ」
「わっ、あんたひっどい顔! いいの? あたし、こう見えても元女子高生よ! 女子高生が手取り足取り指導するつってるのよ!」
「そういうのは間に合ってるんで……」
「でもあたしがいないと、あんた手探りでこの世界行くことになるわよ。だって魔族ほとんど滅んでるもん」
「手探りは困る……! マニュアル……! せめて手引書……!」
「ないんだなー、それがー」
わっはっは、と笑いながら、小人こと先代魔王のアリーシャは、ルーザックの肩をばしばし叩く。
「じゃあ、よろしくねー」
魔神は無責任なことを言いながら、消えていった。
「魔神さんおつー。復活させてくれてありがとねー。うん、悪いのあたしだもんね。あたしの力が足んなかったから」
くるりと、アリーシャが振り返った。
まだ、ルーザックの袖に掴まったままである。
「とりあえずねー、肩に乗せてくんないかなー。色々説明とか案内すんね」
「うむむ……。ここで彼女を拒絶すると、手探りで仕事。それはまさに地獄……! 手探りか、明らかに波長が合わないJKの上司か……。だが、だが落ち着けルーザック。口頭でもマニュアルがあったほうがいい……!」
「今、すっごい葛藤してたっしょ」
アリーシャが半笑いである。
ルーザックの肩に乗った彼女は、女子高生と言われると、なるほど、それらしい姿かたちをしている。
長袖のセーラー服にスカート、白いハイソックス。靴は履いていない。
髪の毛はちょっと茶色くて、瞳の色だけが真っ黒だった。顔立ちは、まあ可愛い方なのではないだろうか。
「分かるけどね。あたしも来たときそうだったもん。だから、新人クンに苦労はさせないかんね!」
「新人君……?」
「だってあたし、君の名前知らないもん」
「ルーザックだ」
「ルー……。おっけー、ルーちゃん! このアリーシャ様が、ばしーっと教えたげるかんね!」
(おお……)
名前を覚える気が欠片もない。
「では、俺は君の事をなんと呼べば? アリーシャ先輩とか」
「せ、先輩!! 年上のオジサンが先輩って、うひーっ」
アリーシャが背中をばりばり掻いた。
「アリーシャでいっから! ってか、あたし地球だと、亜里沙だったんだよね。だからアリサでもおっけ」
「了解したアリーシャ」
「おっけ!」
ぐっとアリーシャがサムズアップした。
(よし、彼女への対応はこれで間違っていないようだ。ひとつ覚えたぞ)
徐々に彼女の行動パターンを把握し、対応マニュアル化していこう、と誓うルーザックなのだった。