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盗賊王現る

「はあ、ゴブリンの反乱ね?」


 その部屋の最奥に座した男は、つまらなそうに報告用紙を読み終わると、これをパッと宙に投げ捨てた。

 ひらりと、薄黄色の紙が舞う。

 この土地の環境により、どのような製紙技術を用いようと、紙を真っ白にすることは難しいのだ。

 それが、気がつくと掻き消えている。

 男が、紙をどこかへと飛ばしたのだ。


「せいぜい、砦が一つ落とされただけだろう? ゴブリンの脅威を語るより、この三十年の平和で(たる)んでいた精神に危機感を持つべきじゃないかい?」


「はっ、仰る通りで」


 男の前に立つのは、冴えない中年の男性。

 ホークウインド王国の主席執政官、ウートルドだ。

 そして、彼が向き合うのが、鷹の目王ショーマス。

 照明のないこの部屋で、彼の姿は陰になってよく見えない。

 だが、聞こえてくる声色は若く、張りのあるものだった。


「大体、ゴブリンごときの報告がおれの耳まで届くというのは、平和な証拠だ。鷹の尾羽が陥落した? 結構じゃないか。平和な世の中に、ピリリと刺激的なスパイスが加えられる。死者は最小限だったんだろう? 良いことだ。民衆には鷹の左足へ移動させ、開拓に当たらせろ」


「はっ」


「大した事じゃあない。少なくとも、おれの騎士が当たって、片付くならば大した事じゃない。つまり、おれが出るほどの事でもないってわけだ。……ああ、詰まらん」


 影の中から、きらめきが飛んだ。

 ウートルドはぼんやりとした顔のまま、体を傾けてそれを(かわ)す。


「ウートルド、お前に分かるか。おれはな、もう三十年も暇なんだ。三十年だぞ、三十年! 執政なんて詰まらんことはもう飽き飽きだ。そんな時に起こったのが、魔導王と鋼鉄王の大喧嘩……いや、対外的には戦争だ。願わくば、おれの国にも攻めてきてもらえんかなあ」


「ははは」


 ウートルドは笑った。


「おれはちっとも面白くない」


 不服げに響く、ショーマスの声。


「ウートルド。ロシュフォールの奴に命令を出しておけ。その事件、ゴブリンだけの仕業じゃないだろう。徹底的に調査し、首謀者を見つけ次第殲滅。おれに首を献上せよ、と」


「はっ。恐れながら……」


「何だ?」


「ロシュフォール一人でよろしいのですかな?」


「お前が行けば簡単に片付くだろうが、それじゃあ詰まらんだろ。ロシュフォールを退けて鷹の右足まで取られるなら、面白くなってくる。そうじゃあないか、ウートルド」


「ははは、お答えしかねますな」


 このウートルドという男、主席執政官にして、ショーマス直轄の暗殺騎士八名を束ねる存在なのである。

 今、ホークウインドの注目が、ルーザックに注がれようとしている。






 そんなことは露も知らぬ、ルーザック一行。

 ぐるりと山を巡り、とうとう裏側へ出た。

 ゴブリン一行が大所帯だったため、この辺りで食料が尽きかけている。


「これはまずいぞ。早急に下山して食料を集めよう」


「賛成! みんな、降りる。ここから先、谷! 目的の場所、近い」


 ジュギィの命令を受けて、ギーッ、とゴブリン達が返事をした。


「ジュギィもちょっと見ないうちに、やるようになったわねえ」


「やっぱり、男がいるから変わったんでしょ。あーん、私もルーザックサマに変えられたい!」


 カーギィとレルギィの言葉を聞いていると、うっすら変な汗が出てくるルーザックである。

 黒瞳王一行は、ここから下山を開始することにした。

 森の中心に(そび)える山々だから、ここをぐるりと巡ったことで、目的となる単眼鬼(サイクロプス)封印の場所まで、かなりの距離を稼げた。


「降りる時こそ安全に! はい、復唱!」


「降りる時、こそ、安全にー」


 ルーザックの掛け声に、ゴブリン達が復唱しながら、山を下っていく。

 食料が少なくなり、焦りが生まれたときこそ危険なのだ。

 慎重に慎重に山を下る。

 結局、下山のこの道行きで、残り少なかった食料が完全に尽きてしまった。


 山を降りると、そこは谷である。

 上空から見ると、右足の爪部分であるこの谷は、ステップに覆われていた。

 放牧されているらしい、山羊の姿がある。


「ルーザックサマ、任せて! ジュギィばっかりにいい格好させられないわ!」


「レルギィ姉サマ抜け駆け!」


 レルギィが走った。

 彼女の武器は、原始的な棍棒。

 しかも、岩から削り出した重い代物である。

 山羊に近づいた頃合いで、レルギィは棍棒を後ろ手に隠し、足音を忍ばせる。


 山羊は人に慣れているようで、もぐもぐと胃の中の物を反芻(はんすう)しながら、逃げる気配はない。

 レルギィが唇を尖らせ、ゴブリン特有のあの高周波を発した。

 少し離れていたジュギィが、耳をぴくっとさせる。


「む。悔しい、けど、姉サマ流石」


「どうしたんだ?」


「山羊一頭、ゴブリン達、食い足りない。同時にもう一頭狩る」


 レルギィと、ホブゴブリン四人が動いた。


「どれ、俺も……」


「ルーちんはよしときなさい。絶対こういう臨機応変が求められるやつ苦手っしょ」


「う、うむ……」


「誰にでも得意不得意はあるわ。妹たちを信じて待つべきね」


 カーギィはどっかりと腰を下ろし、落ち着いたものである。

 周囲のゴブリンたちに、高周波を使って命令を出し、薪を集めさせる。


「これさ、日常生活だとルーちん、この人たちに指示できることないんじゃね?」


「くっ」


 ルーザックが悔しそうな顔をした。

 遠くでは、レルギィが山羊を殴り殺したところだ。

 もう一方では、ホブゴブリンたちが槍で山羊の動きを止め、そこをジュギィがトドメを刺す。

 他の山羊たちは、これを見て逃げ出してしまった。


「二頭いればお腹いっぱいになるでしょ。で、残った肉は加工して後で食べる」


「ジュギィ、すぐ、一人で山羊、とれるようになる」


 姉妹が山羊を持って戻ってくる。

 今のところ、ジュギィのライバル意識は一方通行のようだ。


 二頭の山羊を、ゴブリンの中でも食料担当の者がいるらしく、彼らが手際よく(さば)いていく。

 皮をはぎ、四肢を切り分けて肉を取る。

 皮は別のゴブリンがなめし始める。

 これはこれで、衣服などに使うのだそうだ。


「たくましい……。俺は彼らの一面しか知らなかったようだ」


「ねー。みんな案外、色んなことができるもんだねえ。ルーちんもあたしも、文明が無いところ行ったら一瞬で野垂れ死ぬよねー」


「違いない」


 もくもくと煙が上がる。

 焚き火の周りに、槍で刺された山羊の肉が並べられているのだ。

 あちこち焦げていて、よく焼けたものはぐるりと裏返される。

 塩はゴブリンにとって貴重品なのだが、運良く岩山で岩塩を発見したため、今回はふんだんに使うことになった。

 ずらりと並んだゴブリン達が、ぐうぐうと腹を鳴らす。


「ギ、ギィ」


「ダメ」


 手を伸ばしかけたゴブリンを、ぴしゃりとジュギィが引っ叩いた。


「そろそろ焼けたかな」


「うーん、もうちょっとね。ルーザックサマ、お腹壊したくないでしょ。ゴブリンだって生肉そのまま食べたらお腹こわしたりするから」


 レルギィが、慎重に焼き加減を見ている。

 ここだ、というところで、次々槍を引き抜いた。

 配膳係を仰せつかったゴブリンが、それをナイフで削いで、人数分により分けていく。

 流石は二頭の山羊。

 かなりの量の肉だ。


「食べきれない分は自分で保管。食べ過ぎないこと」


 カーギィの言葉に、ゴブリン達がギーッと返事をした。


「さあルーザックサマ、食べよう。早くしないと、牧童がやって来る。殺してしまってもいいけれど、近くにある村に私達の動きが知られてしまう」


「それはまずいな。さっさと肉を食べて、また動くとしよう……む、むむっ、ここはどの部分だろう。不思議な食感……」


「黒瞳王サマ、そこ、牡山羊の……」


「うへえー」


 慌ただしく、しかし楽しい食事の時間が過ぎていくのであった。




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