悪魔に涙を流した勇者
コウヤは魔法を使う事が他の生徒よりも、遥かに苦手であった。
魔法や魔術に対しての理解が足りなかった事と自身の目で判断出来ない為である。
母であるミカは島人であり、魔力を持っていない、その為、コウヤの家の中に魔法が存在しなかった事も理由の1つであった。
魔力を使う事はコウヤにとっては当たり前の事では無く非日常に他ならない。
寧ろ魔法や魔術は、コウヤの人生の中に存在しなかった、未知の物に触れる事と何ら変わらなかったのである。
コウヤにとって、初めての魔術の時間は目が見えない為、詠唱後の魔法の形が分からず、回避出来ないといった問題が山積みであり、突如日常に現れた魔法と言う未知の壁にぶち当たる日々が始まっていく。
更に言うならば、どれだけ必死に耳を澄そうと発動から到着までの時間が分からない為、避けられず、タイミングを理解しても回避出来るようになるまで何度も苦渋を味わう日々も同時に始まり、コウヤを悩ませていた。
授業が終わる頃には額から流れ出た汗で包帯が濡れ、敗北を知らせる合図がコウヤに更なる不快感と敗北感を与えていた。
「ハァハァ、なんで……途中までは躱せたのに、勝てないんだよぉぉぉ……」
魔術の授業が始まってからのコウヤは、目が見えない事実を悔しく感じ生きてきた日々の中で初めて目が見えない事を不快にまで感じていた。
家に帰ってから、ミカが見ていない所で一人我慢できずに泣く日もあった。
そんなコウヤを見かねたロナは、何時も魔術の授業があった日の放課後に本を朗読して聞かせていた。
それが幼馴染みの彼女なりの優しさだったのだろう。
決まって読んでいたのは、紅目の悪魔を倒した伝説の勇者の話である。
古くから伝わるその話は悪魔を倒すべく冒険をして力を手に入れた勇者の物語であり、コウヤは何度もこの話を聞き、耳から離れなくなる程に夢中になりながら、続きを楽しみにしていた。
ーー
『紅き目の悪魔は、最後に勇者へと手を伸ばすが勇者は無言で涙を流した。悪魔が伸ばした手を振り払い紅き目の悪魔を斬り殺したのであった』
ーー
この物語ここで終わっている。
コウヤは不意にある疑問を抱いていた。その本には勇者が何故、紅き目の悪魔に涙を流したのかが書かれていないからであった。
そんな、素朴な疑問であったが村の誰に聞いても『悪魔に対して慈悲の心を持てる勇者は偉大な英雄なんだよ』と言うだけで、涙の理由は誰も知らなかった。
寧ろ興味が無いのだろうとコウヤに感じさせるようにあしらわれていた。。
コウヤは意地でも涙の真実を知りたいと考えていた。
理由もなく最強の勇者が涙を流す事が理解出来なかったからである。
素朴な疑問は更に膨らみ『勇者は本当に紅き目の悪魔を殺したかったのだろうか』そんな疑問は、日々強くなっていく一方であった。
しかし、村で包帯を巻いた少年がそんな質問をしていれば直ぐに小さな村の噂になる。
古い伝承から、創られた物語であり、勇者に対する質問は世界が意味嫌うタブーの1つとなっていた。
ミカも噂を耳にしており、その日の夜にコウヤから、勇者の涙に対しての質問をされた際、その質問を口にする事を禁じたのである。
「コウヤ、そんな事を気にしちゃ駄目……お願いだから、もう口にしないで」
そう言いコウヤを強く抱きしめると理由が理解できないまま、コウヤは頷いていた。
包帯に滴る水滴、それはコウヤの身を心配したミカが流した涙であり、その瞬間、コウヤは2度と勇者に対する質問を口にしないと誓うのであった。
翌日、コウヤは魔術の実技で魔法を上手く扱えずに下を向いていた。
「コウヤどうしたのよ? また魔術の事でウジウジしてるわけ?」
校庭の棲みで落ち込むコウヤに声を掛けながら慰めるロナの姿がそこにはあった。
「ほっといてよ、ロナみたいに上手くいかないよ」
ロナは魔術の成績はクラスで上から3番であり、落ち込んでいるコウヤからしたら羨ましい限りであった。
そんなロナ本人はクラスで3位と言う成績に納得してない。
「あのね、いいコウヤ、魔術なんてのは気持ちよ! コウヤは相手より先に魔術を撃たないから先手を取られちゃうのよ、わかってる?」
自信満々にそう言うロナは胸を張った。
「いや、先手も何もないじゃないか? 見えないと相手の場所も動くまで分からないんだよ?」
「だから! 気持ちで何とかするのよ。気合いが必要なのよ! まぁ、いいから私が少し付き合ってあげる。コウヤ、取り合えず魔法を撃ってみて」
ロナに言われるまま構えをとるコウヤ。
「さあ、いいわよ。どっからでも! かかっ…………」
ロナの話を聞き、先手必勝が一番だと言われ、正面に悩まずに魔法を発動するコウヤ。
“ズドォォーーン!”
ロナの横を凄まじい炎が通り過ぎ、巨大な木にぶつかると木が大きく振動し、葉っぱがヒラヒラと舞い散っていく。
「今の音、ごめんロナ! 次はちゃんと当てるように頑張るから」
再度、片手を前に出し、構えるコウヤ。
「た、タイム! コウヤ何で無詠唱なんて、できるのよ!」
慌てるロナの様子にコウヤは驚き、魔法の発動を中断し手を下におろす。
「え? 皆、実技の時には無言で魔術を使うじゃないか」
「あれは、始まる前に詠唱してるの! 詠唱後に余計な事を言わないように皆無言のままなのよ」
コウヤは皆が戦う前の精神統一をしていると考えており、無言なのは一種の精神を落ち着かせる方法だと思っていた。
ロナから語られた言葉に驚愕するコウヤはその後、直ぐに自分が当たり前だと思っていた無詠唱が特別な事だと初めて気付かされる事になる。
「知らなかったよ。それで? 何でそんなに驚くのさ」
ロナは呆れていた。
「無詠唱って言ったら、大人でも出来ない人が沢山いるのよ? コウヤわかってるの!」
「練習したら出来るようになったから、気づかなかったよ」
ロナはそれを聞き更に呆れていた。それと同時にコウヤの眼が見えてた為らば、『クラスで一番の実力者はコウヤだっただろう』と心で呟いていた。
「コウヤ帰るわよ! ほら、手を出して危ないわよ」
「大丈夫だよ、ロナは心配しすぎだよ」
嫌がる素振りを見せるコウヤの手を握ると、ロナはコウヤの方をじっと睨むように見つめる。
「いいのよ。それよりコウヤって誕生日いつなの? 今まで何となくだったから、ちゃんと答えなさい!」
「いきなりだね、僕は2月の終わりだよ?」
「なら私の方がお姉ちゃんね!」
そんな話をしながら家に辿り着いたコウヤとロナ。
ロナの家はコウヤの家の向かい側にあり、4歳の時に村にやって来たコウヤとミカに優しく接してくれていた。
生まれは違うが幼馴染みとかわらぬ存在であった。
「コウヤ、今日の事は皆には秘密よ! 二人だけの秘密だからね! いいわね?」
「わかったよ、ロナ約束するよ」
そんな二人の会話が一段落すると同時に両方の家から『ご飯』と言う声が聞こえてくる。
「それじゃ、また明日ね。コウヤお休みなさい」
「うん。ロナ、今日はありがとう。お休みなさい」
ロナにお休みを言うと家の中に入るコウヤ。
そんなコウヤは、テーブルに並べられ湯気をあげるミカの作った熱々のシチューを口いっぱいに頬張るのであった。
コウヤはミカの作るシチューが世界一好きであり、その日は最高に幸せだと感じていた。
その日の晩……『二人の秘密』そんな言葉に少し嬉しさと照れ臭さを感じながら、コウヤはベッドに入り眠りに着いくのであった。
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