悪魔は微笑む5
そして、現時刻。
アリスとリーは緊張と恐怖に包まれていた。
リーの首に当てられる鋭い剣とアリスの背から向けられた銃口。
しかし、二人の耳に予想外の言葉が響いた。
「あぁ? 私らの旦那に何を謝るって言うんだい?」
剣を握る手が更に角度をつけられ、リーの首の薄皮に触れる。
そんな光景にもう一人の人影が喋り始める。
「貴女達、名前は?」
その問にアリスが震えながら掠れるような声で必死に声をだす。
「わ、私は、“アリス”……彼女は“リー”……貴女たちは誰なの」
その瞬間、向けられた銃口が下を向く。下げられた銃は魔導銃であり、その使い手はディアロッテであった。リーの首に剣を当てていた存在はキャスカであり、コウヤの指示で海水に浸かっていた船を次々に調べて移動をしていたのだ。
「キャスカ様。どうやら当たりです。彼女達がコウヤさんの御友人みたいです」
「わかったよから、それよりディア。でも気を抜くんじゃないよ。外は戦場なんだからね。あとアンタさっき伝えたい事があるって言ったね? すぐコウヤに伝えてあげるから言いな」
その言葉に警戒するアリスとリーは言うべきか言わないべきかを悩んでいた。
その様子にディアロッテは頭を抱えながら、慌ててキャスカに剣を収めるように口にする。
「キャスカ様、剣を抜かれた状態では警戒されるのは致し方無いかと、一旦剣を収めてください。本当に大切な事ならばコウヤさんに早く伝えねばなりませんよ」
キャスカは仕方ないという顔を浮かべると剣を鞘に収め、改めて質問をする。
「怖がらせたなら、謝るよ。それよりコウヤに何を伝えたいんだい? 本当に必要な事なら今すぐに知りたいんだ、話してほしい、頼むよ」
態度を改まったかのような落ち着いた口調に加え、軽く頭すら下げるキャスカに二人は慌ててアトランティスの中で目にしたモノを口にした。
「わかった。そのファルなんとかって奴が今回の1件を引き起こした可能性があるって事だね。すぐにコウヤに伝えるから安心しな」と笑みを浮かべて見せるキャスカ。
その姿にアリスが質問を口にする。
「なんでそんなに戦えるんですか……敵は化け物で大きくて……普通なら戦えません、少なくとも私は戦えない」
アリスの語る本音、その言葉にキャスカは笑いながら口を開いた。
「私だって戦いは面倒さ、でも大切な旦那と歩む道が戦場なら私は誰よりも鋭い刃になる覚悟なのさ、私の旦那は不器用で強いのに壊れやすい諸刃の剣みたいな存在だからね、確りと支えてやらないと壊れちゃうんだよ、そんなの絶対に私は認めない。だから勝手に死ぬなんて赦さないつもりだよ」
「キャスカ様、私のではなく、私達です。私の……私の大切な旦那様でも在るんですから! ハッ! それよりも早く、コウヤさんに知らせてください、キャスカ様」
笑みを浮かべるキャスカは既にコウヤとライエスを繋げており全ての会話がコウヤの元に筒抜けとなっていた。
「今も念話で繋がってるよ、ディアの愛の言葉に赤面してる頃じゃないか? まぁ、ニヤけて殺られるような奴じゃないから、大丈夫だとは思うけどさ、今から二人を救出して戦闘に復帰するからね、コウヤ」
ライエスを終えたキャスカは船の外に出ると待ち構えていたキュエルとベルミに二人を預ける。
初めて見るハーピィーに驚きを露にする二人を鷲掴みにして大空に飛び立つキュエルとベルミ。
二人を襲おうと標的を変える悪魔達、そんな悪魔達を嘲笑うように船体の上から狙撃していくディアロッテ。
ディアロッテに対して攻撃を仕掛ける悪魔に対してはキャスカが両手に握った刃を凄まじい勢いで切りつけていく。
「間違ってもキュエルとベルミに当てるんじゃないよディア」
不敵な笑みを浮かべるディア。
「御冗談を、私の魔導銃の腕は未だに大陸1です。其よりキャスカ様も遊び過ぎて落ちないでくださいね」
互いに笑みを浮かべる二人、そしてキュエルとベルミが巨大鯨に辿り着いたのを確認すると肩の荷が下りたように深く息を吐く。
「此処からは自由時間だ、行くよ。ディアッ!」
「了解です。支援はお任せを」
戦場の中心に向けて移動を開始する二人は海に向かって駆け出していく。
海面が大きくて盛り上がると飛沫を上げながら姿を現す巨大な蟹、その背中に堂々と座るシャーデ。
「ママ、シャーデ待ちくだびれた。待ってる間、海の中が綺麗したよ」
「シャーデ、すまないね。コウヤに内容を伝えてたんだよ。其より偉いじゃないか、ちゃんと出来たじゃないか。さぁ、コウヤの元に向かうよ!」
シャーデの操る巨大蟹の大群の背に乗ると一気に戦場を進んでいく。
移動の際も上空からの悪魔達に対して勇猛果敢に戦うキャスカとディア、二人は飛行魔法を使いながらの戦闘を苦手としている、しかし、巨大蟹、巨大蟹の大群を操るシャーデは空中戦を得意とするが大群を操りながらでは的になってしまう。
そこで海戦において、キャスカとディアロッテがシャーデを護衛する戦い方を前もって計画していたのであった。
キャスカ、ディアロッテ、シャーデの三人がコウヤの元へと急いでいる最中、コウヤはキャスカからのライエスを聞き、アトランティス内部に身を隠しているファルネオ(チェルバラン)を見つけ出そうと必死に目の前の悪魔達と戦場を続けていた。
長く続いた戦いに終止符を討たんと振り抜かれる刃、その姿は悪魔達を凍りつかせる程に気迫に溢れ、対峙した悪魔は余りの容赦ないコウヤの攻撃にその身は肉片へと姿を変えていく。
「ふ、ぶさけるな……敵大将が王だと……舐めんなッ! アイツ一人討ち取れば全て終わる戦いだッ! いけえぇぇぇッ!」と悪魔の一人が声をあげる。
一斉に悪魔達がコウヤを目掛けて特攻していく。
悪魔達は前方の部隊が仲間の死体を防御の為の盾として使い、更に後方からは槍を手にした部隊がコウヤ目掛けて襲い掛かっていく。




