ライバルの少女
1章……人獣転生……全ての始まりへ
ミカにとって、コウヤが産まれてからの生活は壮絶であった。村を転々とする生活を余儀無くされていたからだ。
早ければ数ヶ月、長くても一年程度、そうして、移動する事でコウヤを守ってきたのだ。
そんな、コウヤの名前は少し変わっている。
コウヤと言う名前は、この世界において、余り一般的な名ではないからだ。
コウヤと言う名前は、ミカの生まれ育った世界で使われている名前である。
毎日のように呼ばれているコウヤ自身は、違和感を感じた事は無かったが『漢字』と言う文字を使って書くのが一般的な世界と聞かされ、漢字の説明をされたコウヤは幼いながらに驚愕した。
ミカは異界の出身だったのである。
ーーーーーー
ーーーー
ーー
異世界から、此方の世界にやって来てしまった人間を此方の世界では、島人と呼ぶ。
この呼び方の由来は、島人が現れる際、次元の壁に亀裂が入り巨大なヒビ割れが起きる。
ヒビは次第に拡がり、やがて巨大な穴になる。
その際に“時空島”と呼ばれる島が空に現れる。
逆さに現れる時空島から此方の世界に投げ出された人間を島人と呼ぶ。
投げ出された島人は、余程運が悪くない限り生きたまま、此方の世界にやってくる。
ミカは、時空島から此方の世界に投げ出されたのだ。
台風の夜に家ごと吹き飛ばされたミカは、気がつくと全く知らない森の中で一人目覚めた。
そして、夜空に亀裂が入ったと思った瞬間、凄まじい勢いで亀裂に島ごと吸い込まれたのだ。
次に目が覚めるたのは、最初と違う森の中であった。
そして、その森の中でコウヤの父とミカは出会うことになる。
コウヤの父は流されて来たばかりのミカを看病し言葉を教えた。
生活に困らないよう、此方の世界の事を1から教えてくれたらしい。
しかし、コウヤが産まれる前に隣国と戦争があり、コウヤの父は、その戦いに駆り出されたのだ。
村で教師をしていたコウヤの父は、とても優しく賢い人間であった。
優しい父は争いを好む人物では無かったとミカはコウヤに話していた。
そんなコウヤの父は、負傷した仲間を助ける為に戦場へ戻り帰らぬ人になってしまったのである。
コウヤの父が助けようとしたのは、昔、コウヤの父が受持った教え子だった。
自分の命よりも、動けなくなった青年を助ける事をコウヤの父は選んだのだ。
その後、家に遺品を持ってきたのが、その青年であった。
青年からコウヤの父が、死んだと告げられたミカは、此方の世界に来て初めて絶望と言う言葉を体感する事となった。
青年がコウヤの父が戦死した事実と命を助けられた事を告げると青年は泣いてミカに許しを求めた。
ミカは泣いたまま笑った。
「最後まで……あの人らしい生き方だったのね」
青年は涙を流し謝っていた。
そして、ミカはコウヤを一人で出産する事を心に決める。
家族を失いたくない、ただ、そう考えリスクを承知で決断した。
ーーーー
「母さん? 僕の眼は何時になったら治るのかな」
5才になったコウヤの不意に口にした一言。
ミカはコウヤを強く抱きしめる。
無言だった、ただ黙ったままだった。
そして、コウヤは幼いながらに自身の眼は治らないと理解した瞬間だった。
「眼が見えなくても立派な大人になるね!」
いつしかコウヤは、口癖のようにミカにそう言うようになっていた。
ーーーー
一年の月日が流れ、コウヤは6才になる。
それを期に、今住んでいるカルトネと言う村に永住する事をミカが決めたのである。
そして、コウヤは学校に通うことになった。
そんな、コウヤは眼が見えない代わりに聴力と嗅覚が人並み以上に発達していた。
学校での授業は、国語や数学といった一般的な物の他に体術に魔術が存在する。
コウヤにとって問題だったのは、魔術、つまりは魔法だ。
ミカは、島人なので魔術も魔法も使えない。代わりに『合気道』と言う体術を使う、そんなミカは『護身術』も使えたので、並の男にも負けない強い女性であった。
身長は低いが、その体格を活かした大胆な戦い方に合気道のしなやかな技捌き、そして、女性らしい優しくて暖かい香りにサラサラな髪の毛をしていた。
村では、黒髪の美人格闘家として『合気道』と『護身術』の道場を開いている師範であった。
コウヤも体術を3才から始め6才になった今、眼が見えないハンデは全くない程に上達していた。
最初、眼が見えないからと手加減をしようとした同級生達も今は手加減無しで戦っていた。
「今日こそ勝つわ。コウヤ=トーラス! ハアァァァ」
コウヤに突きや蹴りを繰り出しながら、稽古をしていてる少女。
ーー同級生で名前はロナ=アーマイル。
ロナは、ミカの道場にも通っていて、他に幾つかの武術を嗜む。ロナはコウヤのライバルのような存在である。
最初あった頃のロナは“合気道”しか知らなかったが、ミカから“護身術”も学び始めるとその才能を開花させた言わば天才であった。
しかし、そんなロナも正面からのぶつかり合いでは、コウヤに勝てた事はなかった。
「ええっと、ロナ? 力み過ぎるとよくないよ」
「黙りなさい、今日こそ私が勝つわ! 覚悟なさいコウヤ!」
今の勝敗は、コウヤが198戦198勝している。
ロナの動きは、かなり激しく、音で位置やタイミングが分かる為であった。
ロナに申し訳ない気持ちを抱きながらも全力で戦うコウヤ。
「甘いよロナ、そりゃあァァァ!」
掛け声と共にロナの攻撃を交わし、そのまま腕を掴み吹き飛ばすコウヤ。
「いたたたた、また負けた……」
「大丈夫? ロナ」
「えぇ、大丈夫よ、明日は負けないわ!」
これがコウヤとロナの日常である。
そして、体術の時間が終わる。
次の時間はいよいよ魔術であり、コウヤが一番苦手とする時間であった。魔術はこの世界では当たり前に使われている生活の一部である。
最初は誰もが基礎からゆっくりと学んでいく。
魔力とは何か、どうしたら火を手から出せるのか、本当に聞いてると大好きな授業だ……実技になると楽しさは半減する、むしろマイナスに変わる。
そうなると状況は一変する。
武術と違い間合いがわからなくなり、避ける事が難しくなる。
それでも、耳を澄まし相手の呼吸と詠唱を聞くことで発動からスキルの種類、到着までをその場で計算し何とか避けていく、上手くいけば反撃する事も出来る。
ーー現実は甘くない…… 僕は未だに魔術での勝率は0%…… つまり勝ったことが無いのだ。
スゴく悔しい……僕はまだまだ弱い。
読んでいただきありがとうございます。
感想や御指摘、誤字などありましたらお教えいただければ幸いです。
ブックマークなども宜しければお願い致します。