動き出す時3
エデン内部を埋め尽くしていた女の分身とも言えるスライミーの大群、それが意味する物はエデンの崩壊である。
コウヤの魔力を全て放出してスライミーであった酸を全て別の物質に変化させることは叶わない。
その異様な光景にアリスは絶望を口にする。
「これって……王水と同じ成分なんだ……エデンが溶かされるなんて」
※王水……それは金や白金すら溶かす強力な酸の一種である。
※西暦800年前後に、イスラム科学者アブ・ムサ・ジャービル・イブン=ハイヤーンにより、食塩と硫酸から塩酸が発見され、更に濃硝酸と混合することで王水が開発される。
エデンの民達は急ぎ医療施設の中に逃げ込んでいく。
アリスが急ぎ声をあげる。
「駄目よ、王水の前では建物は単なる時間稼ぎにしかならないの、早く地上に逃げないと!」
しかし、混乱したエデンの民達に言葉が届く訳もなく、慌ただしく逃げ込む声にアリスの叫びは無情にも掻き消されていく。
そして、決断を迫られるコウヤ達、来た道を戻り外を目指すか、第8エリアにあるラボに向かうかの選択肢が浮上する。
来た道を戻るとなれば、第2、第5エリアを抜けねばならない。しかし、スライミーの大群がいた事実を知るコウヤ達に其処を突破出来る魔力は有りはしなかった。
残された選択肢は第8エリアである。
アリスとリーは互いに頷くとコウヤとミーナにある事実を告げる。
「第8エリアに向かいましょう。ラボには最悪の場合を想定して幾つかの脱出用の地上行きのシャトルが残されてるの……本来は未来に私達の研究を託す為の物なの、其処に積まれている研究用の機材を幾つか降ろせば私達は助かるわ」
アリスとリーの決断、其れはエデン内部に残る住民を見殺しにしての脱出、本来は最後の手段であり、実行されないことをアリスとリーが一番に望んでいた最悪のシナリオであった。
そんな最悪の中で更なり状況悪化を招くように第5エリアへと続く幾つかの扉を別々に破壊するエリアの民達。
1つの扉から逃げるのは無理だと判断したのであろう判断は第7エリアに大量の王水を流し込む事となる。
コウヤは悩んでる時間が無いことを改めて悟るとアリスとリーの提案に従い第8エリアを目指し移動を開始する。
「アリス、リー。王水って溶かせない物がない液体なの」とコウヤが尋ねる。
アリスは「銀なら溶かせない、でも銀なんて、この第7エリアにそんな大量に存在しないわ」と語る。
コウヤは最後の賭けに出る事を決めると作製魔法に全ての魔力を流し込み、第8エリアまでの道を銀に変化させる。
絶望に支配された第7エリアに架かる銀色の道、全てを賭けた大博打である。
銀の道を目の当たりにして慌てて後を追おうと建物から飛び出すエデンの住民達、しかし、王水が銀の道を覆い尽くすように広がり、次々に住民達を飲み込んでいく。
「うわぁぁぁ……」
「嫌だ! 嫌だぁぁぁぁ」
無数の叫び声が煙となり、エデンの天井に向かい消えていく。
そんな最中、建物の屋上からダニエルが声をあげる。
「お前達に、人類の未来がかかっている! 絶対に生き抜けェェェ!」
その時、建物が傾き次第に崩壊していく。
アリスとリーは振り向き様にその光景に涙を浮かべ、ただ「ダニエル隊長……ごめんなさい」と口にする。
そんな二人にコウヤは「君達は悪くない……救えなくてごめん」と声にだした。
第8エリア迄の道をひたすらに駆け抜ける4人、そして見えてきた第8エリアへと繋がる扉、無数の金属や物質で何層にも閉ざされたエデン最後の砦、その扉のロックを急ぎ解除するアリス。
そして、扉が開かれる。
第8エリアへと駆け込む4人はエリア内にスライミーが侵入していない事実を確認する。
第7エリアの生存者は結果だけを語るならば……コウヤ達4名のみであった。
後から着いてこようとした者達も王水の前に倒れ、コウヤ達の後に続いた者は皆無であった。
そんなコウヤは第8エリア内で騒ぎを物ともせずに研究を続ける科学者達を見て唖然とする。
アリスは一旦呼吸を整えると真剣な面持ちで前に歩み出す。
科学者達はコウヤ達の入ってきた扉から更に一枚の硝子で覆われた研究施設の中に居り、アリスが硝子の扉から中に入ると一斉に振り向き、コウヤ達の存在に気づき慌てて駆け寄ってくる。
科学者の老人がアリスに対して喋りかける。
「お前さんは確か……アリスさんだね? ラボから外に向かう調査部隊に同行した筈だが何故ラボに? 予定より遥かに早い帰還だねぇ?」
まるでエデンで何が起きているのかを理解していないといった様子で語り続ける老人科学者。
コウヤは時間が惜しいと考え、話が止んだ一瞬を見計らい要点を口にする。
「話を割らせて貰います。今直ぐににエデンから出ないと貴方達も助からない。エデンは時期に消え去ります」
科学者達は皆が顔を見合わせるとアリスにノートパソコンとデータディスクを渡す。
「シャトルはあの扉の先だ、一番奥のシャトルに乗りなさい。複数人が搭乗可能だからね。ディスクには今わかる範囲のデータと他のラボの地図も入ってるから、ノートパソコンは太陽電池の半永久型だから役にたつよ、気を付けて行きなさい」
そう言うと研究に戻ろうとする老人。
「待ってください! 博士達はどうするおつもりですか!」とアリスが尋ねる。
それに対して老人は穏やかな表情で返答する。
「儂らは、今更外に出たいとは考えんよ。長くラボで過ごした老い耄れに環境の変化は毒じゃ、このままエデンに居させてくれ、シャトルは儂が遠隔で発射してやろう」
コウヤ達の説得に対して首を縦に振ろうとしない科学者達は皆、エデンを死に場所と決めていたのだ。
そして、案内された地上行きのシャトル、コウヤは初めて見る巨大な鉄の塊に驚きを露にしていた。




