始まりの日の思いを胸に
激しく揺れる馬車の中で意識を失い横になる少年の姿があった。
ーー彼は、10歳の少年、コウヤ=トーラス。見た目は黒髪に幼顔、身長は年相応と普通の少年である。
少年は全身を揺さぶられる感覚と恐ろしい悪夢に魘されて目を覚ました。
「ハァハァ、夢か…… あれ?」
自分が今、何処にいるのか分からず、咄嗟に周りを見渡す。
馬車の中? 此処は何処だろう、それに皆は何処だろう。
体を揺さぶる振動。
見覚えのない馬車の中、高い天井が見える。
僕は、ゆっくりと起き上がり再度馬車の中を見渡した。
更に強く足元から振動が全身に伝わってくるのがわかる。
「目が覚めましたか、良かった。コウヤさん、まだ熱が高いようですので安静にしていて下さいね」
馬車を操りながら心配そうに言葉を掛けたのは、カボチャを頭に被った魔族である。
ーー名前はパンプキン。
「ちょっとパンプキン余所見しないで、危ないじゃないのよ。これ以上、コウヤに怪我させたら今度こそ、そのカボチャ頭を全力で砕くわよ!」
パンプキンに対して“砕く”と発言をする女の獣人。
ーー名はミーナ。
「そんな事されたら困ります! 私の大切なトレードマークなんですよ?」
「その時は、瞬間接着魔法を使ってあげるわ。さぁ頭を貸してみなさいよ! ほら?」
僕を元気づけようと二人が普段なら話さないような会話をしているのが無性に可笑く感じる。二人の会話に自然と笑みがこぼれていた。
「二人とも僕は大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
二人に笑みを浮かべる僕の顔を見て二人も安心したように笑っていた。
そんな僕の服が寝汗で濡れている事に気づいたミーナが慌てて着替えを取り出した。
「それより、コウヤ早く着替えないと凄い汗じゃない。まだ熱もあるんだからダメよ」
「あ、うん、直ぐに着替えるね、ありがとう。少し小さかった頃の事を思い出しちゃって」
ミーナにそう返答するとパンプキンがそれに興味を示した。
「ヨホホ、そう言えば? コウヤさんの事を余り知らないのですよ。宜しければ、是非お聞かせくれません」
そう言われ、僕は過去の話をする事になったのだった。
「明るい話じゃないと思うけどいいの?」
「構いません。寧ろ人生なんて、大概そんな物ですからね、それにコウヤさんの話に興味があるんですよ」
パンプキンにそう言われ僕は話始めた。
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生まれつき紅い瞳に黒い髪の少年、しかし、ただの紅眼と言う事だけではなかった。
この世界で紅い眼は、悪魔の使いや魔王の申し子などと呼ばれ、疎まれ忌み嫌われる存在であった。
紅眼の運命を背負い生まれた赤子。コウヤ=トーラス。
雨が激しく降る夜、小さな村に元気な男の子が産まれた。
しかし、母親は産まれたばかりの赤子を抱えそのまま、村から逃げ出す様に姿を消した。
その赤子こそ、コウヤ=トーラスであった。
ーー母親の名はミカ。
「ごめんね、母さん頑張るから、ごめんね」
母さんは、僕の眼を誰にも見られないように確りと包帯を何重にも縛り後ろでキツく結んだ。
紅眼は世界を滅ぼすと言われており、魔王のような存在として世界は認識していた。
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そんな僕も次第に成長し普通の生活を送っていた。
母さんとのありふれた生活であったが、幸せを感じながら日々を過ごしていた。
しかし、世界は未だに迷信を信じている。
悲しい事に産まれてくる紅眼の子は、その場で殺される事が当たり前の世界。
そんな世界で僕は、母さんのお陰で命拾いしたのだ。
母さんは、ある残酷な出来事を目撃した事がきっかけで村人の付き添いなしに、一人で出産する事を決めたのだった。
この世界では、人知れず一人で出産する事は、珍しくない。
リスクが伴うが金銭の問題や身分の違う者の血を引く子供を産む際など、理由は様々だが、一般的な出産方法として行われている。
もしも、母さんが一人で僕を出産する事を選ばなければ、他の紅眼達と同様に殺されていた事だろう。
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一年前、近くの村で紅眼の赤子が産まれて、村人に殺されるという事があった。
この世界では、珍しい事ではない。
むしろ、ごく当たり前の出来事だった。
産まれたばかりの命は、産声の代わりに悲鳴をあげて死んでいく。
母さんは、隣村に買い出しに行った際に偶然、その光景を目の当たりにしてしまったのである。
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そして、僕の眼には、今日も包帯が確りと巻かれている。
包帯を替える際も眼を開く事はない。
母さんとの約束により、固く禁じられたからだ。
母さんの口癖のように、毎日僕に向けられていた言葉がある。
それは「誰にも見られては駄目よ、本当にごめんね」であった。
いつもそう呟く母さんに僕はその言葉を聞く度に申し訳ない気持ちでいっぱいに為っていた。
その日のお風呂で、僕は母さんに勇気を出して質問をしてみた。
「ねぇ、母さん? 僕ってスゴく変な顔なの?」
「え、何でそんなことを聞くのコウヤ?」
不思議そうな顔で僕を見ているであろう、母さんの姿が声からも想像できる。現実に質問に動揺していた。
「ほら? いつも……『ごめん、ごめん』って言うから、僕の顔が変だから謝ってるのかなって思って、もしそうなら僕は大丈夫だよ! 顔の事なんか気にしないからね?」
その言葉に母さんは涙が我慢できなかったのか涙を流しているのが僕にはわかった。
「優しいのね。貴方のお父さんそっくりよ、優しい子、ありがとうコウヤ」
「母さん、今日から『ごめん』は禁止だよ。僕は今のままで幸せだからね?」
「ありがとう、コウヤが優しいから、母さん頑張れるわ」そう言うと僕を優しく抱きしめた。
「母さん恥ずかしいよ、僕はもう4歳なんだよ! そう言うのは小さい子がされるんだよ」
「あらあら? 私からしたら、コウヤも小さいわよ」
僕は、母さんの優しい笑い声が大好きだった。
こうして笑える事がどれ程、幸運な事かを近い未来に知ることになる。
紅眼である事実を隠す行為、其がどれ程、勇気のある行動であったかを考える日がやがてやって来るのである。
しかし、コウヤは、そんな運命が待っているなど、この時、微塵も思っていなかった。
そんな僕が新たに心に決めたのは、母への優しい思いであった。
ーー僕は母さんを守るんだ。母さんが毎日笑えるように明日も明後日も勉強して、いつか偉くなって母さんが泣かないようにするんだ!
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