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2016年/短編まとめ

作家と個展と赤薔薇一本

作者: 文崎 美生

「あ、(イキル)さん!」


零しそうになった欠伸を引っ込めて、声を掛けられた方向へと視線を向ける。

そこには黒いシャツに黒いスキニーパンツの女性がいて、首からはゴシック体で『STAFF』と書かれたネームプレートを下げていた。

そして手には赤い薔薇を一本持っている。


「……どうかしましたか?」


何だそれ、と内心思いながらも掛けていた眼鏡を押し上げながら聞くと「置いてありました」とのこと。

どこに置いてあったのか詳しく聞けば、何故か展示してある絵の下に。

数日前から作家のくせに、個展を開き、小説だけではなく学生時代に描いた絵やら、撮った写真やらを展示している。

その展示作品の下に置いてあった、ということは、まぁ、普通に考えても落し物ではないだろう。


「メッセージもないですし、不審物っぽくもないから、どうしようかと思いまして」


棘の切り落とされた薔薇を、くるりと回したスタッフを見て、軽く頬を掻いた。

それから手を伸ばしてその薔薇を抜き取る。


「有難う御座います。受け取っておきますね」


思ったよりも茎の長いそれは、流石にワイシャツの胸ポケットには入らない。

仕方ないので手で持つことにすると、何故かスタッフがにっこりと笑顔を浮かべる。

それから、空気を切り裂く勢いで頭を下げて「では、失礼しますね!」と軽やかに持ち場へと戻って行った。


そうした次の日も、同じように薔薇が置いてあり、その翌日も、翌日も、続いている。

現在進行形で、スタッフからは「熱心なファンもいるもんですね」なんて言われてしまった。

その時の笑顔と言えば、微笑ましいものでも見るようで、気恥ずかしかったのは言うまでもない。


「しかしながら、誰一人として薔薇を置いていく人を見てないとのこと」


「え、まさかアンタ、それだけのことで呼んだの?私を?ねぇ」


スタッフルームでパイプ椅子に座り込みながら言えば、目の前にいた幼馴染みが目を釣り上げる。

白いワイシャツにベストとループ帯で、パンツスタイル、手には大きめの鞄なので、もしかしなくても仕事中だったのだろう。


何言ってんだコイツって目でこちらを見ているので、軽く肩を竦めてみたが効果はないようだ。

それどころか、スタッフルームの隅に置いてある花瓶を一瞥して、深い溜息を吐き出した。

気持ちは分かるが、気になるのだから仕方がなくて、聞いて欲しかったから仕方がない。


「とてつもなく下らなくてどうでもいいけど、そうね」


「ん?」


お茶の入った紙コップを手渡そうとしたところで、顎に手を添えた幼馴染みが静かに目を細める。

首を捻ったボクを見て「アンタ……」と口を開くので、黙って続く言葉を聞いた。


「それの意味分かってる?」


それ、と指差した先には花瓶。

毎日一本ずつ増えていく赤い薔薇が入っているが、最初の頃の薔薇はもう元気がない。

それを見ながらボクの頭は動き出し、赤い薔薇についての検索を始める。


「赤い薔薇なら愛とかそういう花言葉だよね。プロポーズの時の花束渡すような、結構前にドラマとかであったよね」


「大分古いわね、そのドラマ」


サラリと突っ込まれたが、結局何が言いたいのか分からないので、視線を戻す。

すると「プロポーズなら百八本よ」と言われてますます分からない。

瞬きの回数を増やすボクに、やはり幼馴染みは続けた。


「意味は結婚して下さい。つまり、薔薇の本数にも意味があるわ」


「はぁ。で結局?」


「自分から呼び出したくせにその興味無さそうな返事は止めなさい。……それで、薔薇一本は一目惚れって意味ね」


はぁ、またしても、幼馴染みが言う興味の無さそうな返事が出てしまった。

別に興味が無いわけではなく、何となくそうなんだ、くらいにしか聞けていない。

薔薇の花束でプロポーズとか正直する方もされる方も恥ずかしいだろうし、なかなかそういう意味を理解している人は少ないだろう。


しかし、幼馴染みはと言うと、軽く首を捻り続けているボクを見て紙コップに手を伸ばす。

並々注いだお茶を一気飲みしてから一言。


「アンタ、作家ならネタとして覚えておきなさい」


手厳しい言葉を貰った。




***




それから三十分もしないうちに幼馴染みは、仕事が残っていると戻ってしまい、ボクはボクで今更見る必要があるのか疑問に思うくらい見てしまった作品を、再度見て回っていた。

飽きるほど見てきた、というか、自分の作ったものならば、今更と思ってしまう。


カツカツと、静かな館内に響く自分の足音をBGMに、壁一面に並べられる絵やら写真を見つめ続けた。

それから暫くして、ベンチのある場所で足を止める。

お昼近いこともあって、すっかり人気が少なくなっていたが、ベンチには一人の少年が座り込んでいた。


珍しい、と素直に思う。

個展に来た人の大凡の年齢や性別のデータは、しっかりと残っていて、自身も目を通している。

が、しかし、学生の男の子というのは少ない。

学生服を着ているので、学生で間違いはないだろう。


ふぅん、と小さく息を吐いて、男の子を見てから、おやまあ、と今度は目を見開いた。

その男の子は、ベンチに座り、背筋を伸ばしてただ一点を見つめていたのだ。

いや、見つめているのはいいが、その見ている先が、更に言えばその男の子の手に持っているものが、正しく探していたそれだった。


男の子の視線の先には一枚の絵。

そして、男の子の手にしているものは赤い薔薇。

あの子が見ている絵の下に、いつも赤い薔薇が置かれていた。

そう思いながら、足をそちらに向けてしまう。


「少年」


なんと呼んでいいのか分からずに出た言葉。

ギョッとした様子で振り返った男の子は、こちらを見るなり顔を赤くしたり青くしたり、信号機のようになっている。

そこで分かるのは、男の子がボクを知っているということだ。


そもそも、この個展に来るからにはボクのことを知っているのは当たり前だが、ボクの顔まで知ってて来る人がその中に一体何人いるのだろうか。

基本的小説を書くことが好きで、絵を描くことが好きで、写真を撮ることが好きで、とにかくそういうことが好きだ。

だが、それを評価されるのがどんなに嬉しくても、人前に出るのは得意ではないし、メディア露出で若き鬼才とか美人作家なんて書かれ方は嫌だ。


自分で言うと、ナルシストにも聞こえるが、実際ボクの姿を映した写真を一枚も載せていないのに、そんな書き方をした雑誌がいくつかあった。

それは全てシュレッダーに掛けてやったが。

かと言って、一切顔を出していないかと言われればそうでもなくて、小さなサイン会くらいはした。

後、授賞式とか。


一体この男の子が、何処でボクを知ったのかは知らないが、目を見開いて瞬きをしない、例えるなら化物でも見たようなその反応は、確実にボクを知っていると判断して良い。

慌てて腰を浮かそうとする男の子の肩を掴み、まぁまぁと言って座らせる。


「赤い薔薇の少年。君は、何を思ってそうしているのかな?」


特別責めるつもりはないが、男の子はサァッと顔を青白くしてしまった。

メディア露出をしたくない理由としては、こういう所もあるんだと思う。

表情筋が固く、殆ど表情も変わらなければ、声にも抑揚がないから、誤解されやすい。

同い年くらいの作家とは何度か論争した結果に、泣かしたこともあった。


「……ごめんね。聞き方が悪かったかな」


よいしょ、と男の子の隣に腰掛ければ、大袈裟とも言える勢いで肩を跳ねさせる男の子。

まるで虐めてるみたいだと内心苦笑してしまう。


「君は、この絵のどこに一目惚れしたの?」


太股に肘を乗せて組んだ指の上に顎を乗せる。

そして先程まで男の子が見ていた、学生時代に自分で描いた絵を見つめた。

個展に何の作品を上げるのか、と問われた時に一番最初にこれ、と言ったのが目の前の絵だ。


学生時代の懐かしいと思える制服に身を包んだ、大切で大好きな幼馴染みの絵だった。

因みにその幼馴染み、先程呼び出した幼馴染みだけではなく、あと二人、男女の幼馴染みがいる。

付き合いが長く、学生の期間を終えても未だ付き合い続け、仕事仲間としても宜しくしているのは閑話的なものだ。


「……優しい絵だと思いました」


男の子は絵を見て答えた。

その手にはやはり赤い薔薇が、両手で強く握り締められている。


「優しい絵……」


「愛されてるんだなぁって。この人達は、生さんに愛されて、優しい目で見つめられてるんだと思って」


そんな相手がいることが羨ましいです、と続けられたが、その羨ましいはボクなのか幼馴染みなのか。

「一目見た時にこの絵が一番好きだって思ったんです」なんて言われるのは照れる。

ハハッ、と笑ってみたが、やはり照れは消えない。


「いや、うん。嬉しいよ。ボクにとって幼馴染みは本当に大切だから、それを感じ取って貰えて嬉しい」


座った時と同じように、よいしょ、と立ち上がる。

それから男の子の手にある薔薇を抜き取った。

花屋さんがしっかり棘を落としているので、安心して触れるそれをちゃんと握れば、ぱちぱちと瞬きをしてこちらを見上げる男の子に、口元だけを引き上げた笑顔を見せる。


「良かったら、また来てね。でも、学生のお財布を考えると微妙な気分にもなるから、今度は出入口のメッセージボックスに手紙でも入れてくれたら嬉しいな」


くるりと茎の部分を持って、薔薇を回しながらスタッフルームへと足を向けた。

因みに後日告白紛いの手紙がメッセージボックスに入っていて、やはり仕事中に呼び出した幼馴染みが蔑むような目でボクを見てきたのは予想していなかった。

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