キラキラをおいかけて
なんで市原はあんなことをしたんだろう。
美玲は後から追いかけてこられないように全速力で部屋まで走って乱暴にドアを閉めると、ベッドに寝転がって荒い息を落ち着かせる。
単なるイタズラにしてもタチが悪い。
「それとも、もしかして……」
あんなことをされたら、言われたら。もしかして市原は自分のことが好きなのかと誤解してしまう。
「そんなわけない……それに、市原は……」
大切な親友のかれんが好きな人なんだから。
かれんのライバルになりたくない。
顔を覗き込みながら間接キスだと言った市原の顔を思い出すと、走ったせいで上がった体温がせっかく下がったところなのに、また熱くなって来てしまう。
落ち着いたと思った胸もまたドキドキして、恥ずかしさに頭をかきむしり、ベッドの上を転げ回った。
「あーもうっ!」
掃除に入ってきれいに整えられていたシーツもシワがよってしまった。でも頭の中に入り込んでいるあの恥ずかしさを呼ぶ記憶はなかなか出て行ってくれない。
「うーーーー」
転げ回るのをやめ、手足を投げ出して大の字にうつ伏せなると、石鹸の香りが鼻をくすぐって、ほんの少し心が落ち着きを取り戻してくる。
そして熱くなったほっぺたの横をふわりと風がそよぎ、視線を移すと風に遊ぶカーテンが目に入った。
「何?」
その近くにキラリと光るものが見えた気がして、ベッドにから起き上がると窓の近くに行ってみた。
しゃがんでよく見ると床に細かな金と銀の粉が落ちているのを見つけた。
「ラメ……?にしては細かいよね。なんだろう」
かれんがもっている、液体のりに入っているラメよりも細かい。なんだろう、と他にも落ちていないかと辺りを見渡すと、そのキラキラしたものは廊下へと続いていた。
「ミレイ様、どうかなさいましたか?」
「あ、ポワン」
廊下を出てから、一定間隔を空けて落ちているその粉をたどって着いたのは、本殿と別館を繋ぐ渡り廊下だった。そこでばったりと出会ったのはナデシコの妖精ポワンだ。
彼女は美玲の拳ほどの大きさをした木苺が入ったバスケットを持っている。今夜のデザートの食材だろうか。
「そうだ、ポワン、サルビアの蜜水美味しかったよ。ありがとう」
修練場に持ってきてもらったとフレイズが言っていたことを思い出した。その後の余計なことも思い出しかけたが、それは慌てて頭の中から追い出した。
「お口に合ってよかったです」
ポワンは嬉しそうに笑うと、羽をパタパタと動かした。その風を受けてツインテールに飾られた青いリボンがふわりとはためいた。
「ミレイ様は何かお探しものですか?」
「うちの部屋に金と銀の粉みたいなのが落ちてて、追いかけて来たんだ」
美玲の視線の先には本殿側に落ちている金と銀の粉がある。ポワンもその存在に気がついたようでサッと表情を曇らせた。
「申し訳ありません、こちらの落ち度です。すぐにもう一度お部屋のお掃除をいたしますので」
「いいのいいの、それに掃除は自分でできるからしなくてもいいよ」
「いいえ、それは私のお仕事ですから」
床の粉以外は部屋はきれいに整えられていた。だからポワンたちお世話をしてくれる妖精たちが掃除に入ってくれているのだとわかっていた。
「とにかく今はお城のキッチンに行こうよ。それ、持って行くんでしょ?」
今にも美玲の部屋に飛んでいきそうなポワンの意識をそらせようと、本殿の方を指差した。
「あ、重いよね。それ持つよ」
「ミレイ様、いけません……お客様にそのような……あっ」
「いいのいいの。それにしても美味しそうな木苺だね」
小学一年生ほどしかない体格のポワンが持つにしては大きすぎるバスケットを問答無用で受け取ると、前に立って歩き出した。だってそうしないと今にも美玲の部屋に行って掃除を始めそうだったから。
ポワンは諦めたのか、羽を広げて美玲に追いつき、となりに立って歩きはじめた。
バスケットに入っているぷっくりとみずみずしい木苺はずっしりと重い。美玲達の世界の木苺よりもだいぶ大きく、食べ応えもありそうだ。
「今日はこれでパイを焼いていただこうと思って」
「ほんと?楽しみ〜!」
こんなに大きな木苺をつかったらどんなに大きなパイができるのだろう、と美玲はうっとりと目を細めた。





