フレイズのお願い
修練場の中央に青と黄緑に光る二つの球体が浮かんでいる。
それは修練所の角向かいにたつ、美玲と市原のそばに呼び出されたそれぞれの上級精霊である水皇と風主のだした力を集めたものだ。
「二人ともその調子だよ。力を精霊たちに送るんだ。集中して」
フレイズの言葉に、それぞれが持つ精霊石に意識を集中する。
輝きを放つ二人の精霊石はさらに光を増し、球体がひとまわり大きくなった。
美玲と市原は、精霊王を呼び出す扉を開くために、大きな力を継続して自分の精霊に送る練習をしているのだ。
「うん、二人とも安定してきたね。そろそろ休憩しようか」
美玲と市原が精霊石から意識をそらすと、光はすぐに消え、宙に浮く球体も掻き消えた。
それぞれの上級精霊を精霊の世界に帰して美玲たちはその場に座り込んだ。
集中していると気にならないが、たくさん力を使ったためか、すごく疲れていた。今すぐ横になりたい気分だ。
「俺もう疲れた〜限界〜!」
聞こえてくる市原の声にも元気がない。美玲は声すら出す気力もなく、体育座りをした膝の間に顔をうずめた。
訓練で火照った体に、布越しに感じる石畳の冷たさが心地良い。
「大丈夫かい?二人ともちょっと待ってて」
フレイズの声が遠ざかり、何かを開ける音が聞こえた。
「ミレイ、大丈夫?」
足音が近づいて来て、ふと影を感じて顔を上げると、間近にしゃがんでいるのか、心配そうなフレイズの瞳があった。宝石のように綺麗な緑色だ。
「はい、お疲れさま」
差し出されたのは透明な水が入ったグラスだった。冷えているのか表面には水滴が付いている。
フレイズからそれを受け取ると、やはりそれは冷たく、ひやりとしたしずくが美玲の指先を濡らした。
「さっきポワンに持って来てもらったんだ。サルビアの蜜水だよ」
「ありがとうございます」
礼を言う美玲に微笑むと、市原にもグラスを渡そうと、美玲の反対側で仰向けにひっくり返っている彼の方へと歩いて行った。
「かれん、大丈夫かなぁ…」
グラスに入った蜜水を眺めながらため息が出た。
かれんと志田が城を出てもう三日経っていた。女王を目覚めさせる、満月の日まではあと二日だ。
「グリル隊長とジルビア隊長が一緒だから大丈夫だよ」
美玲のつぶやきを聞いていたらしいフレイズの言葉に頷いてグラスに口をつけると、水で薄められた、冷たく甘いサルビアの蜜が渇いた喉を潤していく。
「あのね、ミレイにお願いがあるんだけど」
「なんですか?」
美玲の隣に腰を下ろしたフレイズは真剣な顔で見つめてくる。
ドクダミのお茶のことで市原たちにからかわれたことを思い出して、少し緊張した。
いや、少しではない。かなり緊張して、いろんなところに汗をかいてきた。
フレイズの願いとはなんだろう、と心の中の緊張を気付かれないように隠しながら次の言葉を待った。
「うん、あのね、そろそろ俺のこと、さん付けたりしないで呼んで欲しいなって」
「え、でも……」
大人の人を呼び捨てにしちゃいけないと思っていた美玲は、フレイズのそのお願いに戸惑った。
美玲にとって、フレイズは学校の先生のような感じだったのでどう答えたらいいかわからない。
「ナイトはいいよって言ってくれたよ。だからミレイにもお願いしたいんだ」
「じゃ、じゃあそれなら……わかりまし……じゃなくて、わかった」
「ありがとう」
フレイズが嬉しそうに微笑むと、さらりした金の髪が流れた。





