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思い出の場所

 常夜とこよるの国を出てジャニファがやってきたのは、かつて自分が住んでいた場所、妖精の国だ。


 普段であれば妖精たちに結界を張られる、夜の境界の向こう側に見ることしかできなかった故郷の土を踏み、やっとこの場所に帰ってくることができた、とその感触と匂いに胸が詰まるような、どこか不思議な気持ちで胸がいっぱいだった。


 ここは幼い頃、トルトとネフティと過ごした場所。そして、羽をなくした場所だ。


 だがのんびりと感傷に浸っているわけにもいかない。ジャニファの目的は妖精の城にある、とても大切なものだ。


 人の子が妖精の城に四人揃ったことで、目覚めの時が来るまで女王の守りを固めているためかそのほかは手薄だった。


 ひっそりと人目につかないように、影に潜みながら進んでいく。ジャニファが身にまとっている黒い服は影に潜ることかできる術を織り交ぜながら作り上げたものだ。


 ジャニファは妖精たちの目をかいくぐり、素早く木陰、茂みの影など、傾き始めた日の光がつくる長い影を次々と渡りながら目的地を目指した。


「あそこからなら……」


 木の影から素早く抜け出て、木陰に隠れて周囲を見渡し、見上げたところに見つけた城の一室。そこは窓が開き、カーテンがはためいている。


 ジャニファは黒い羽を広げて飛び立ち、その開いている窓のあるテラスへと降り立った。


 すぐに壁際に身を隠し、顔だけ覗かせて部屋の中を伺う。


 物音ひとつ、人の気配もないのを確認してから身を滑らせるように部屋に入った。


 客室だろうか。そこは一台のベッドと、その脇にナイトテーブルがあるだけのシンプルな部屋だ。


 そんなシンプルな部屋に不釣り合いなほどの明るい赤のリボンが飾られた麦わらぼうしがナイトテーブルの上にあるのが目に入った。


 ジャニファはゆっくりと部屋を見渡してみた。初めて足を踏み入れた妖精の城。


 妖精の国にいた頃は外から眺めるだけだったそこは想像していたよりも装飾は派手ではなく、慎ましやかだ。


「しかし、やはりこれは目立ちすぎるな……」


 普通の妖精は持たない黒い羽が、カップなどが収納されている正面のガラスケースに映っているのを見てため息をついた。


 城の中には外ほど影がない。影に潜んでの行動は難しいだろう。


 ジャニファは腰に下げていたポーチから小瓶を取り出すと、黒い羽に振りかけた。銀の粉が黒を覆い隠し、輝く羽に早変わりした。


「あまりやりたくないんだが……」


 黒い服を脱ぐと、その下からきらびやかな衣装が現れた。


 以前戦った時に彼女が着ていた、シャンパンゴールドのきらめきが眩しい、スレンダーラインのドレスと同じものを作ったのだ。


 それから髪にも小瓶を振りかけて銀から金に色を変えて少しの付け毛を足し、オフショルダーの肩から流す。それから耳の上あたりにピンクのカタバミを模した髪飾りをつけて、変装は完成だ。


 ジャニファの容姿はあっという間に目の色以外は全て双子の姉のトルトと同じになった。


 部屋の隅にあった姿見で、双子の姉と同じ容姿になった自分を確認すると嫌悪感に眉間にしわを寄せながら部屋を出た。


 願うべくは、双子の姉が同じような衣装を今日も着ていることと、その彼女と鉢合わせしてしまわないことだ。


「あら、トルト様?」


 だが出てすぐに髪を二つに分けてリボンで結った小さな妖精に声をかけられた。


 ジャニファの太もものあたりまでしか身長がない小柄な妖精は、ティーセットを載せたワゴンを押していた。


「着替えられたんですか?それに……珍しいですね、客間のある別棟にお越しになるなんて」


「いえ、まあ……」


 ジャニファは、トルトのものとは違う色の目を隠すように微笑んだ。


「ミレイ様たちは修練場にいらっしゃいますよ」


 その名前は何度も聞いた人の子のものだ。ここは水の要素を操る人の子の部屋だったのか、と扉を振り返った。


 ジャニファが扮するトルトが人の子を探していたと勘違いしたのか、疑うことなくそれだけを言って、小さな妖精はティーセットが入ったワゴンを押して去って行った。


 ワゴンのタイヤのきしむ音が聞こえなくなると、ジャニファはようやく安心して大きく息を吐いた。


 体のあちこちに変な汗をかいた。手をうちわのようにして仰ぎながら通路の前後を見渡す。


「ここが別棟ということは、記録室があるところは別か……」


 目の前の窓からは大きなハスの花を模した、今いる別棟よりも豪奢な外観の建物が見える。


「あそこか」


 目指す場所を見つけ、ジャニファは窓の外に見える渡り廊下を目指して羽を動かした。

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