【第7話 見知らぬ場所で】
美玲は夢を見ていた。あの黒くヌルヌルした気持ちの悪いものに追いかけ回される夢だ。
逃げている拍子に小さな石につまづき、美玲は顔面から地面に転んでしまった。
動けなくなった美玲の上に、気持ちの悪いものが乗ってくる。
それは一体だけではなく、何体もあり、容赦なく美玲の上に覆い被さってくる。
(息苦しい…!)
全身の力が抜けていき、意識が遠のいていく。
美玲は何とか逃げようと必死にもがくが、もがくたびにどんどんその中に埋もれていってしまう。
その時必死に伸ばした手を誰かが掴み、すごい力で引き上げられ、黒い何かから助けられた。
美玲を助けてくれたのは…。
「あ、れ…市原?」
「やっと起きたか、永倉」
目を開くとホッとしたような市原の姿がそこにあった。
美玲もまた、知っている人の姿を見たことでひどく安心した。
学校で見た時と同じ、スポーツブランドのロゴが入った黒いシャツを着た市原は少し疲れたような顔をしている。
自分は暑さで倒れて、夢でも見ていたのだろうか。
ゆっくりと体と起こし、辺りを見回す。
すると、窓際にある一台の机と、薬の入ったガラス棚が目に入った。
どうやら保健室のようだ。白いパイプベッドの脇の机には、美玲の麦わら帽子が置いてある。
「やっぱり、あれは夢だったのかな…」
「夢?」
市原の問いに、美玲は何でもないと首を振った。
妖精の夢を見ただなんて言って笑われたくない。
「市原が連れてきてくれたの?違う?じゃあ、里山先生?」
「先生なんか見かけていないぞ。どこと勘違いしてるんだ?」
「だって、ここ、保健室…でしょ?」
白で統一された清潔感あふれる部屋は、どう見ても学校の保健室だ。というよりも、美玲は頻繁に保健室を利用するわけではないから確信は持てないが。
だが、訝しがる市原の顔を見ると、ここは保健室ではないのだろうか…。
「何言っているんだよ。ここは学校の保健室なんかじゃないって。それより永倉がいてよかったわー。俺一人だったらどうしようかと思ったもん」
「学校じゃないってどういうことよ!」
「さあ、俺もよくわかんねー」
お手上げというふうに首を振った市原の言葉を聞くや否や、ベッドから慌てて降りて窓の外を眺めた。
そこから見えるのは見慣れた学校の玄関や中庭ではなく、水草に覆われた静かな水面しかなかった。
見下ろすと、鏡のような水面に自分の姿が見える。
「おれもよくわからないんだけどさ、ここ、俺たちのいた世界とは違うみたいなんだよな」
言葉の割にはあまり困っていない様子の市原は、あははと笑って後ろ頭をかきながら言った。
「やっぱりここは、妖精の世界なんだ…」
ふと思い出して左足を見ると、包帯が巻かれていた。
フレイズとベルナールの顔が浮かんだが、ぼんやりとしてはっきりとは思い出せなかったが、あの黒くて気持ちの悪いもののことは、鮮明に思い出すことができた。
美玲は目を閉じてからもう一度窓の外を見回し、ここがやはり学校ではないということを確認すると、少し複雑な気持ちになった。
自分たちは一体どこにいるのだろう…、どうやったら帰られるのだろう、と。