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火の花の蜜

 妖精の国の南東にある、紅の泉という場所にグリルとジルビアの愛騎に乗ってたどり着いたかれんと志田は、彼らにその名前の由来を訪ねたくなった。


 目の前にあるのは、赤茶けた岩が大きく口を開けている洞窟のようなもので、泉というものはどこにも見当たらない。


 二人は絵本でよく見る森の中にある泉を想像していたので、目の前の洞窟にどうしたらいいかわからず立ち尽くしていた。


「どうした?さあ、中に入ろう!」


 入り口に立ったままの二人のもとに、愛騎を召喚玉に入れたグリルとジルビアがやってきた。


 グリルとジルビアは城にいた時とは違い甲冑を脱ぎ、簡単な胸当てなどをつけた軽装になっている。また、隊長の位を示す兜ではなく、率いる部隊を象徴する羽根飾りを髪に飾っている。


 火部隊長のグリルは赤い羽根を。地部隊長のジルビアは黄色い羽だ。


 紅の泉は火属性が支配する場所でとても暑いところだということで、兜は蒸れるし、ということで軽装にしたそうだ。


「あの、ここって本当に紅の泉なんですか?」


 当たり前のことのように洞窟の中に進もうとしていたジルビアに尋ねると彼女は振り返って首をかしげた。


「何故そう思うのです?」


「だって洞窟しかないから……」


「泉はこの奥にあるのです。行きましょう」


 矢筒を腰に下げたジルビアはそう言うとオレンジの揺らめく光が照らす奥へと進んでいく。


「さぁ、行こう、二人とも」


 ほらほらと背中をグリルに押されながら、かれんと志田もジルビアの後に続いた。



 洞窟の中に入ると、学校へ向かっていたときの暑さなんて比べ物にならないくらいの熱気が二人を出迎えた。


 だが水の属性がないせいか、湿度がないため不快ではない。


「うぅ、相変わらず暑いのです、ここは」


 うんざりと、すこしの諦めが混じった声でジルビアがつぶやく。


「そうか?この暑さ、俺は気持ちいいけどな」


「グリルさんも暑苦しいですからね……お似合いですよ」


「俺、ここ大好きだからな!」


 すでにバテ気味のジルビアとは違い、グリルはテンション高く拳を振り回している。


「カレンとサトルは大丈夫ですか?」


「あ、はい。今の所は……」


「大丈夫ッス!」


「え〜、私だけがバテてるですか……みなさん凄いのです……」


 かれんと志田の返事を聞いてがっくりと肩を落とし、ジルビアはトボトボと歩いた。


 しかしやがて行き止まりのところに出てしまい、四人は立ち止まって辺りを見回した。


「あれ?おかしいな……迷った?」


「そんなはずないです。道はこちらであっているはずなのですが……」


 グリルとジルビアが洞窟の壁に触れたり、岩の隙間を覗き込んだりしているので、かれんと志田も辺りを探って見たが通れそうな場所は見当たらない。


 洞窟の壁には炎晶石が放つ、オレンジに揺らめく光が岩壁を照らしている。


 足元にはユリの形に似た花が所々に群生している。花弁の先にかけてオレンジから赤へのグラデーションが綺麗で、思わずかれんの口からため息がもれた。


「きれいだろう?これは〈炎帝イフリートの微笑み〉という花だ」


 道を探すのを諦めたのか、グリルが一輪摘み取ってかれんに差し出した。それを受け取り香りを嗅ぐと、ほんのりと甘やかな香りが鼻をくすぐった。


「グリルさん、あちこち見て喉が渇いたのです。水分補給したいのです……」


 ヘトヘトといったように肩を落としたジルビアが長身のグリルの鉢巻を引いてねだる。


「まだ入ったばかりじゃないか。先は長いって知ってるだろ」


「暑苦しさが服着て歩いているグリルさんと私を一緒にしないでください」


「仕方ないなあ」


 恨めしく見上げてくるジルビアにやれやれとため息をつくと、ジルビアは「やった」と手を叩いて喜んだ。


「え、でもここ、水の持ち込みはダメなんスよね」


「水はなくとも蜜はあるよ、ここに。見ていて」


 志田の問いかけにグリルは片目をつぶるとまた一輪、花を摘み取った。


仄火プチ・フレイム


 爪の先に灯った小さな火が花弁に触れると、花の中心に雫が現れる。慌てて花を逆さにして、溢れる蜜をこぼれないようにしてジルビアに渡した。


「わーい、いただきま〜す!」


 花をカップのようにして、ジルビアは美味しそうに花の蜜を飲んでいる。それを見たら、なんだかかれんたちものどが渇いた気分になった。


「さあ、カレンもやってごらん。ほんの小さな火で良いんだ」


「私、出来るかな……」


 予想外に力を使うこと求められ、かれんは戸惑った。


「大丈夫。火の精霊の声に耳を傾けて」


 グリルの炎晶石と同じオレンジ色の瞳が優しく見つめている。かれんは決心して頷き、バトンの先端を花に向けた。

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