記憶の書
美玲たちがまだクッキーとお茶を楽しんでいる部屋をでたトルトとフレイズは、連れ立って記録室へ来ていた。
周囲をぐるりと書棚が囲み、中央には小さな丸テーブルと椅子がある。
トルトは椅子に座ると、丸テーブルの上にあった、青い厚手の表紙がに金の装飾が施された本を開き、おもむろに羽ペンを取り出すとインク壺につけた。
「記録官トルトの名において、これより記憶の書を開き、新たに記す」
そう唱えると厚手の本は白く光り輝いて反応を示した。
トルトが開いたのは記憶の書で、代々の記録官が妖精の国で起こったことを記録しているものだ。
フレイズは地精霊谷でどうやってかれんと志田をジャニファから取り戻したかの報告をした。
もちろんバライダルが現れたことも、である。
トルトはそれを聞きながら、記憶の書にサラサラと軽快にペンを走らせていたが、ピタリとその手が止まった。
「常夜王が現れたですって……?彼は何と?」
「女王陛下を救えるのは自分だけだ、と」
興味深げに問いかけるトルトに、フレイズは淡々と彼の言葉を告げ、予想外に常夜国にすぐ帰ったことも付け足した。
「何をバカなことを……くだらない。陛下は精霊王のお力があれば目覚めます」
もう記録はおしまいだとばかりに、ペンを乱暴にペン立てに戻してバライダルの言葉を一蹴した。部屋がしんと静まりかえるなか、トルトが話題を変えるように姿勢を崩した。
「ご苦労様でした。フレイズ、時に、あのネフティは何か言っていましたか?」
「何も?先ほどお伝えした通り、トルト様によろしく、とのことです」
「彼は私を幼馴染といいましたか?」
「はい。ネフティ様に伺いました」
幼馴染の様子を聞きたいのだろうかとも思ったが、彼女からはそんな穏やかな空気は感じられない。
むしろ、ピリピリとした緊張感すら漂っている。
「で?」
「で、とは?おそれながらトルト様、何を私にお聞きしたいのですか?」
「あの者は喋ったのでしょう?あのことを」
「あのこと……?」
苛立つように言われたその言葉に、ようやくフレイズには何のことだか思い当たったが、知っていることを絶対に悟られてはならないことだろう。
隠し通せる自信はないが、極力冷静に、慎重に言葉を選んで聞き返す。
自分が答えを間違えたらネフティに危害が及ぶ可能性がある。
もしかしたら彼もジャニファのように羽を奪われるかもしれない。もちろん、今彼女と向き合っているフレイズ自身にもその危険はあった。
「ネフティ様が腰抜けネフティと揶揄されていたことでしょうか」
「違います。私と……」
「トルト様と?」
トルトの言葉に、やはり、と彼女の聞きたかったことを確信した。
「いえ……、もういいです」
諦めたのか、トルトが大きなため息をついた。フレイズも内心ホッとしていたところ、突然ずしん、と重い揺れが起こり、書棚の本が何冊か床に落ちた。
「いったい何事ですか!」
トルトの問いかけに答えるように記録室の扉が開き、一人の騎士が現れた。
「申し上げます、騎士団の修練場にて魔力の暴走が起こっております!」
「魔力の暴走ですって?どういうことです?!それに、修練場の使用予定はないはずですが」
「ナ、ナイト様たちが魔法の練習をしたい、とのことでお貸ししていました!」
トルトの剣幕に押され、少し強い口調で報告の騎士が答えた。
「それは………!すぐに私も参ります!あなたは各部隊長を修練場に招集してください。フレイズは先に」
「承知いたしました」
指示を受けた騎士は記録室を退出て行き、トルトは大きなため息をついて額に手を当てた。
「人の子の魔力の暴走だなんて、これはいけませんね………」
あまり見せないトルトの焦りをにじませたつぶやきに、異様な胸騒ぎを覚えながら記録室を出たフレイズは、修練場へと向かった





