緊張の帰還
ネフティに借りたブラキオサウルスにも似た大型のランドラゴンに乗って、美玲たちは妖精の国の中央にある城の入り口に到着した。
土の匂いしかしなかった地精霊谷では感じられなかった、草花の青々とした香りに胸を膨らませた。
それと同時にネフティの言葉を思い出して緊張する。
城に着いたらトルトに会うことになるのだ。
大丈夫だろうか、という不安を大きく息を吐いて追い出すと、ランドラゴンの背から尻尾の先に滑り台のようにして降りた。
恐る恐るかれんもあとに続き、四人は柔らかな草の茂る大地に足をつけた。
ランドラゴンの背に揺られていたせいか、まだ揺れている感覚が抜けない。
大型ランドラゴンは美玲たちを下ろすとすぐに地面の中に入り込み、姿を消した。ネフティの元へ戻ったのだろう。
だがあんなに大きなランドラゴンが入っていったのに、地面は何事もなかったかのように穴もなく、元に戻っていた。
「ん?」
地面を不思議そうに覗き込んでいたら、視界の脇に何か光るものが見えて、美玲はそちらに顔を向けた。
草むした地面の脇を小さな川が流れているのが見え、近くに行ってみる。
そこには日の光を受けてキラキラと光りながら、段差になっているところには小さな滝を作り、水を跳ねさせていた。
「きれいなお城……」
妖精の城は大きな蓮の花の形をした建物で、静かな水面は鏡のようになってそれを写している。
金に縁取りをされた花びらが美しく、所々に点在する窓は水滴のようだ。
まるで絵本の中のお城が飛び出してきたかのような外観に、かれんはうっとりとつぶやいた。
そういえば外から城をまじまじと見たことなんてなかったなと、美玲も一緒になって城を見上げていると、その脇を通ってフレイズが白い門へと進むのが目の端に映った。
一つにまとめた金の髪をなびかせて歩くその様子はまるで、城に帰還する王子のようで、絵本の一ページのようだ。
女王の花である金木犀が描かれた白い扉の前に、二人の兵士が槍を持って立っていた。
「四元騎士団風部隊所属のフレイズです。トルト様にただいま戻ったとお伝えください」
「それには及びません」
フレイズが門番に告げると同時に声がして、ギギギ、と重たそうな音を立てながら門が開いた。
「皆様ご無事でよく戻られました。それに、お友だちも」
きらびやかなカタバミを象った髪飾りをつけた、ジャニファにそっくりのカタバミの妖精はにっこりと微笑み、美玲たちをねぎらった。
優しげなその様子からは、ネフティから聞いた、ジャニファの羽を奪ったという荒々しさなど全く感じられない。
トルトの思いもよらない、いきなりの登場に緊張し、美玲の背後に身構えたかれんがホッと息を吐いたのがわかった。
「どうしてうちらが戻ってきたのがわかったんですか?」
「まぁ、あれだけ大きなランドラゴンですから、ね」
美玲の驚きにトルトは驚くことでもない、と苦笑して首を振った。
「クゼ・カレン様とシダ・サトル様ですね。はじめまして。私はこの妖精の国で記録官をしております、トルトと申します」
「あ、はい…久瀬かれんです」
「志田悟です…どうも…」
やはり警戒しているのか、それとも緊張しているのか、かれんと志田の返事はそっけない。
「さあ、お疲れでしょう。皆様、中へ」
そんなことは気にならない様子のトルトに促され、美玲たちは城の中に入った。
大きな窓から射す日の光が明るく中を照らしている。
見上げると、花の模様が描かれた天井には城の周りを囲む水面のゆらめきが日の光を反射して映っていた。
やがてある部屋に通され、着席を促された。テーブルの上にはクッキーが並べられ、席に着くと琥珀色のお茶が運ばれてきた。
だがフレイズだけは席に着かず、壁際に立った。
「フレイズさんは座らないんすか?」
「俺は君たちの護衛としているだけだからいいんだよ。気にしないで食べて」
志田が驚いてたずねると、フレイズは
微笑んでそういった。
ネフティのところでは一緒に食事をしていたから、フレイズだけが席に着かないのはなんだか落ち着かなかったが、そういうものなら仕方ない。
遠慮なく喉が渇いていたので口をつけると、少し苦味のあるけれども甘いクッキーによく合う優しい味がした。
「ドクダミのお茶です。お口に合いましたか?」
「毒?!」
トルトの言葉に志田と市原が口を押さえた。
「俺たち、死んじゃうの?!」
「え?!嘘、ヤダ、飲んじゃったよ!!!」
かれんと美玲も驚いてカップをソーサーに置き、蒼白になって顔を見合わせた。





