帰ったら、の約束
シンと静まるリビングで美玲はかれんにどう言ったらいいか思い浮かばず、口をモゴモゴさせた。
かれんが不安に思う気持ちもわかるから。妖精の国に来たばかりの時、自分も同じように思っていた。
「そうだ、元の世界に帰ってコンビニのアイスたべにいこうぜ!」
突然、市原が両手を広げていいことを思いついた、というふうに言った。
「だから市原、買い食いは……」
そこまで言って不意に志田と視線が合い、美玲と志田は二人で苦笑した。
こちらの世界に来る前、学校の前庭で市原が言っていた言葉。
そして、あの時も今みたいに志田と目を合わせてやれやれと思っていた。
「俺、ソーダ味のアイスが食いたいな。志田は?」
のんきに言葉を続ける市原は、もう帰った気分でいるのかコンビニで買うアイスを思い浮かべている。
買い食いは学校で禁止されているけれど、大変なことを終えたご褒美にしてもいいかも、と美玲は思い始めていた。
真面目な美玲は道端で食べずに、誰かの家に行けばいいのだ。多分、と自分に言い聞かせる。
「俺はみかんのやつ」
いつもは市原をたしなめる志田も、今は話に乗った。
美玲と同じく大変な思いをした今回くらいは、と思ったのかもしれない。
「あれ、つぶつぶ入っててうまいよな。やっぱ俺もそれにしようかなぁ」
元の世界に帰ったらみんなでアイスを食べる。そんな些細な目的が四人を明るい気持ちにさせてくれる。
「久瀬は?何がいい?」
「う、うん……えっと、私は……板チョコが入ってる、モナカのやつ」
「あー、それもいいなぁ。チョコがパリパリでうまいんだよな!それもいいなあ。迷う〜!!」
「市原はなんでも好きだよな。アイス」
うっとりとする市原に対して少し呆れた風にいう志田だが、その表情はどこか嬉しそうだ。
「いやほんと夏最高だよ。いろんなアイスあるし。で、永倉は?」
志田に大きく頷き、ついでのように美玲に尋ねてくる市原にすこしムッとしつつも、聞かれて真っ先に思い浮かんだのは、夏の季節にしか出ない、あの三角形のアイスだ。
「スイカのアイス!」
「あれうまいよな。風呂上がりに食べると最高。俺はメロン派だけどね〜」
「志田はメロン味が好きなんだね。でも最近のはどっちにもチョコのつぶつぶが入ってて美味しいよね」
「わっかる」
志田は美玲の言葉に力を込めてこたえ、何度も頷いた。
「じゃあ、決まり!元の世界に帰ったらコンビニでアイス、みんなで絶対食べような!」
市原の言葉にみんなが頷いた。
かれんの不安そうだった顔も明るくなっている。
子どもたちがアイス談義に花を咲かせていたその時、ちょうど作業場の木の扉が開き、ネフティが現れた。
「お待たせ。これがカレン君の。あと、サトル君のはこっち」
「なんか名前で呼ばれるの、慣れないな」
学校でも苗字で呼ばれることが多い志田は、頭を掻きながらネフティから武器を返してもらうと、つけ心地を試すためにグローブを手にはめ、グーパーグーパーと握ったり開いたりをしている。
かれんも恐る恐るバトンを受け取り、そそくさと美玲のそばに戻った。
「今までは精霊の力に君たちが操られている形だったけど、これからは自分の意思で彼らの力を借りるんだよ」
「え……私、できるかな……」
さっきまでニコニコしていたかれんだが、もう不安そうにバトンを見つめている。
「大丈夫だよ久瀬、アイスのために頑張ろうぜ!」
そんなかれんに市原がガッツポーズをしながら言うと、恥ずかしそうにはにかみ、頷いた。
「アイス?氷がどうかしたのかい?」
そこへエプロンの裾で手を拭きながらフレイズがやってきた。
「アイスっていうのは、冷たくて甘くて美味しいお菓子だよ。元の世界に戻ったらみんなで食べるんだ」
「そうか。人の世界の食べ物か。うまく戻れるといいね」
目を輝かせていう市原にネフティが優しく微笑んだ。
「あ、そうだ。それから一応。トルトには気をつけておくに越したことはないよ。彼女の幼馴染のわたしからの忠告だ。頭の片隅にいれておいてくれ」
そして二人にもお守りだと四大元素の精霊石が埋め込まれたペンダントを渡して言った。美玲と市原がネフティからもらったものと同じものだ。
「フレイズ君、子どもたちをたのんだよ。君は騎士団の中で唯一、トルトの過去を知るものだ。それに君は……」
「はい、ネフティ様。承知しております」
ネフティの言葉を遮り、フレイズが答えた。
ネフティはそれ以上言葉を続けることはなく、美玲たちか後に続いていたはずの言葉が何かを知ることはできなかった。
「朝が来たら私のランドラゴンを貸そう。妖精の国に着いたら離してくれればいい。ランドラゴンはわたしのところに自分で戻るから。国に戻ったら、ベルナールたちにもよろしく伝えておいておくれ」
そして気を取り直すかのように一息つき、柔らかな笑顔で言った。
「君たちが元の世界に戻れるよう、陰ながら祈っているよ」
「ネフティさんはこれからどうするの?一緒に帰らないの?」
たった1日しか一緒にいなかったのに、いろいろなことが起こりすぎてずっと一緒にいたような気分だ。
元の世界に戻ることになれば二度ともう会えないかもしれない、と思うと寂しい。
「わたしは質のいい精霊石を探すのも仕事だからね。旅を続けるよ」
美玲の頭をくしゃ、と撫でて微笑んだ。
「さあ、もうお休み。今日はいろいろあって疲れただろう?」
確かに1日の中にはいろいろありすぎた。
友人たちを取り戻したことで気持ちが昂ぶっていたのか、全く疲れを感じていなかったが、今更ながら運動会の後のようなだるさが襲ってきた。
「さあ、お休み」
ネフティの魔法で出されたきのこの家は柔らかく、部屋を増やすのも簡単だ。
それぞれに割り当てられた部屋に入り、きのこのベッドに横になると美玲は目を閉じる。
ふわりとした花の香りとベッドの柔らかさに誘われ、美玲はすぐに深い眠りへと入っていった。





