夢だったらよかったのに
キッチンでフレイズがティーカップを片付ける音を聞きながら、美玲はかれんと、きのこのソファに深く腰を下ろしていた。
ネフティが作業場にこもり、待っている間が手持ち無沙汰なようで、ローテーブルを挟んで向かいに座っている市原と志田は《グリンピース》という遊びをしている。
大人たちが席を外して子どもたちだけになると、久しぶりに遊ぶ男子二人はテンションが高く、二人しか騒いでいないのに何十人もいるかのように騒がしい。
そんな男子たちにため息をつきながら、美玲は隣に座るかれんを盗み見た。
目の前には憧れの市原が居るのに、かれんの表情は沈んでいて、いつもとは様子が違う。
普段なら目の前の市原にうっとりとしているはずなのに。
「ねえ、美玲……これって本当に、夢じゃないんだよね?」
かれんは膝の上に置いた拳をきつく握ってぽつりと呟いた。
見詰めてくる赤茶色の瞳は不安げに揺れていて、美玲はきつく握られたかれんの拳にそっと手を添えた。
「夢じゃないよ。だって、スープもパンケーキも美味しかったでしょう?それに、今うちがかれんの手を握ってるのもわかるよね?」
少し熱いかれんの指先がふるえた。
「そうだけど……でも、感覚があったり味がする夢だってあるよ」
そう言って、かれんは視線を床に落とした。
美玲は仕方なく、定番の方法……ほっぺをつねることで夢じゃないことを証明することにした。
「じゃあ、ごめんね、……えいっ」
「いひゃい!」
かれんの小さな悲鳴に驚いた男子二人が何事かと遊びを止めて、こちらを見る。
「お前ら何してるんだよ」
手をパーにしたままの志田がローテーブルに手をついて身を乗り出した。
「別になんでもない。あんたらうるさすぎ。少し静かにしたら?」
「あれ、久瀬泣いてね?まさか永倉泣かしたん?」
志田の真似をして身を乗り出した市原の言葉に、かれんは慌てて顔を赤くして首を振った。
「ちが、ちがうの、泣いてないよ」
「でもほっぺ赤くなってるぞ」
志田に指摘され、かれんは慌ててほっぺを隠した。
そんなに強くつねったかと慌てて見れば、ほっぺだけでなく顔全体が赤くなっている。
市原に話しかけられたためだろう。
いつものかれんに戻ってきたようにも思えた。
「かれん、ごめんね。でもこれで夢じゃないってわかってくれた?」
つねられたほっぺをさすりながら、かれんは頷いた。
「じゃあ、妖精の女王様を起こせば、ちゃんと元の世界に帰れるんだよね?」
「トルトさんがそう言っていたから、そうだと思う」
二人の話を聞いて男子たちも美玲たちが何を話していたのかを悟ったようだ。
「でも、トルトさんっていう人……ネフティさんがさっき言っていた話が本当なら、なんか怖いよ……」
ぎゅっとクリーム色のスカートの裾を握り、かれんは項垂れた。
「あの大きな黒い生き物や、不審者の人とか……こんな怖いのばかりなのは嫌だよ、やっぱり夢だったらよかったのに……」
そう言うとかれんは、自分のほっぺをつねって、その痛みにがっくりとうなだれた。
「大丈夫だよ。私も市原も志田もいるんだから!みんなで元の世界に帰ろう。ね?」
みんなで元の世界に帰るために、それだけを目標にして、市原と約束をした。そしてようやく操られていたかれんと志田を取り戻したのだ。
ここまで長かったが、あと少しで帰れる。
その気持ちがあるために、つい言葉に力が入るが、頷くかれんの表情は晴れないままだ。
「かれん……」
どうしたらかれんの気持ちが上向くのかわからなくなってしまい、美玲は困ってしまった。





