カタバミの姉妹
優しく暖かな風が吹き、大地に茂るカタバミの花を揺らす。
黄色やピンクの花は陽の光を受けて花開いており、その様子を見下ろすブナの木々も少し冷たさの残るその風に葉を揺らしてざわめいた。
葉を敷き詰めた木の空の中で、差し込んでくる柔らかな陽の光にうとうとと昼寝を楽しんでいたネフティは鋭い雷撃の音で飛び起きた。
「いくらお前でもゆるしません……!」
穏やかな空気に似つかわしくない、怒りを含んだ低い声まで聞こえてくる。
その物騒さに何事だろうと目をこすりながら顔を出した。
そこには穏やかな初夏の空気に似つかわしくない、殺伐とした光景が広がっていて、彼にまとわりついてきたまどろみはあっという間に突然吹いた突風とともに空の彼方に吹き飛んで行った。
ところどころ焦げた大地に、二人の妖精が向き合っている。
見覚えのある二人は、ネフティの幼馴染であるカタバミの妖精の姉妹だ。
薄桃色の花が描かれた白のローブに身を包んだ姉は、長い金の髪を緩めに一つに結んでいる。
ピンクの宝珠が埋め込まれた杖を手に立っている彼女は、その美しく整った顔ながら、怒気を含んだ冷たい眼差しで目の前にへたり込んだ妹を見下ろしていた。
その冷たい眼差しを受けている妹は、黄色の飾り玉がついた髪飾りを二つに分けて結っている。
それを姉と同じ金の髪に飾り、大地に茂る黄色のカタバミと同じ色のジャケットに茶色のフレアスカートを履いている。
彼女は焦げた大地に手をつき、切りそろえられた前髪から怯えの色がにじむ瞳で、杖をかざし立っている姉を見上げていた。
「トルト、ジャニファ、君たちは一体何を?!」
いつもは仲の良い姉妹の不穏な様子に、ネフティは慌てて彼女たちの間に降り立った。
「お退きなさいネフティ。そこにいればあなたの羽も一緒に燃やすことになります……!」
「なにを言っているんだトルト。わたしたち妖精にとって命と同じくらい大切な羽を燃やす?!…しかも君の妹の羽を…!正気とは思えない」
「ネフティ……やめて、危ないわ……」
ジャニファが自分をかばうために両手を広げて目の前に立っているネフティの裾を引くが、その手は震えており、力が入っていない。
強力な雷魔法を使う姉妹として有名な二人だ。彼女たちが衝突すればこの辺り一帯は無事では済まされないだろう。
「ジャニファはこの姉を侮辱したのです!私は間違ってなどいない……!そこをお退きなさい、ネフティ!」
自分の身長ほどある杖の先端をジャニファとネフティに向けながらいうトルトの声は、聞いたこともないくらい苛ついていて。
彼女が普通の状態じゃないと感じとったネフティは緊張した。
「いいえ、お姉さまは間違っている!正気の沙汰ではないわ!」
「話がまったく見えないんだが……」
自分を挟んで、姉妹の言い合いがつづいている。
「いったいどうしたというんだ。原因は?何なんだい??」
間に立ったネフティは困惑しつつも、二人に問いかける。
なんとか二人をなだめて落ち着かせたいと思っているネフティは、焦る気持ちを抑えて努めて冷静に二人に尋ねた。
「お姉さまが……」
「黙りなさい!」
「きゃっ!」
トルトが放った鋭い雷撃が、口を開こうとしたジャニファの足元に落ちた。
「もう、あなたの口をふさぐしかありませんね……!雷撃獄炎渦!」
「冗談じゃないわ!雷撃激流波!」
トルトの杖の先から、轟音とともに雷をまといながら渦巻く炎がネフティとジャニファに襲いかかる。
ジャニファはネフティを突き飛ばし、抜いた短剣から放った、雷撃をまとった水流で応戦した。
突然突き飛ばされ、地面に尻餅をついたネフティはあんぐりと口を開け、頭上で激しくぶつかり合う火炎と水流を見上げるしかなかった。
「生意気な、この姉に勝てると思うか!」
「勝たなきゃ。あなたを止めるために、私は勝つ!」
「片腹痛いわ!はぁあああっ!」
嘲るように言い放ち、トルトは杖の先端に魔力を込めた。
ピンクの宝珠が昼間の太陽のような強い光を放つ。
ぶつかり合う力は水と火。トルトの方が弱点属性だが、その力の差は歴然だった。
火が水を飲み込み、そのままジャニファに迫る。
「………っ!!!」
「ジャニファ!!!」
火炎の波は一瞬で熱風とともに過ぎ去った。
「あぁ…羽が…私の、羽が……!」
そこに残っていたのは、ボロボロになっだ羽を背に立ち尽くすジャニファの姿だった。
「ジャニファ、しっかりするんだ!」
からん、と金属音を立てて彼女が握っていた短剣が地面に落ちた。
「大地母精霊癒歌!」
「う……」
急いで駆け寄り回復魔法を使うが、失われた彼女の羽は元に戻らない。
「お姉様……止め……ないと……」
蒼白な顔をして、がくりと膝をついたジャニファは、そのまま意識を失い倒れた。





