手を引いた理由
ーーー
深い紺色の空。
大地には冷たく輝く水晶群が群生し、王とその従者を迎えた。
バライダルとともに常夜国に戻ったジャニファだったが、その後ろについて歩く足取りは重かった。
「不服そうだな、夜の子よ」
「いえ……」
首を振って否定したものの、バライダルが指摘した通り本当はものすごく不満だった。
バライダルが妖精の国に来る道を作るために苦労して土地の四属性の要素を集め、子どもたちに合体魔法を使わせるのは楽な話ではなかった。
元々はバライダルを妖精の国に召喚し、人の子を常夜国に連れてくるという計画だったのに、子どもが拒否をしただけであっさりと引き下がってしまったことを、正直恨めしく思っていた。
「さらえばよかった、とでも言いたげだな」
「いえ…我が主人には何かお考えがあってのことだと存じておりますゆえ」
言い当てられたことに驚きはない。不服はあるが、バライダルの意思こそ全てである。
「ですが、その……大丈夫なのでしょうか……」
“本当の目的”を達成することに支障が出るのでは、という懸念が、ずっとジャニファのでは中をぐるぐると渦巻いていた。
「あの時の人の子らの様子、見たであろう…とくに、あの火精霊を扱う少女」
言われて、怯えたように水精霊を扱う少女の陰に隠れていたおさげ髪の少女の姿を思い出した。
「今までは我らが操って力を使えるようにしていたが、あれでは召喚すらままならぬであろう。それでは意味がないのだ」
「ならばまた操れば良いだけでは?!」
こんどは四人全員に金環をはめて使役すればいい。そしてことが終われば元に戻せばいいのだ。
だがバライダルは首を振った。
「そうして救われたとしても、あの方は喜ぶどころか、ひどく自分を責めるだろう」
「ですが、あの時パニックを起こしていた火の少女を助けるためにはああするしか……!」
数日前、ジャニファは次元の揺れを悟って妖精の国に偵察に向かった。
紅の泉の傍で火の少女を見つけた時、 パニックを起こした少女に共鳴した周囲の火の属性の要素が暴走し、あたりは火の海となっていた。
彼女を必死に落ち着かせようとしていたらしい地の少年は激しく燃える炎のなかで気絶していたのだ。
だからジャニファは火の少女に操り、力を制御させる金環をつけた。
地の少年にも金環をつけたのは、火の海に囲まれた今のことがトラウマになりかねないと判断したためだ。
「わかっている。あのときはあれが最善だった。誤解するでない。我はそなたを責めているのではない」
誤解を解くように、低く柔らかな声でジャニファに言う。
「あのとき、金環を失いながらもあの少女が平静を保てていたのは、おそらく知り合いである水の少女らとともにいたからだろう」
「その状態ならば四人全員連れてきても……」
バライダルはゆっくりと首を振った。
「だが彼らとともにであっても、あのおびえた様子では彼女を無理やり連れてきたらまた、火の少女はパニックを起こしかねない。あの少女の力は、あそこにいた人の子らの誰よりも強大だ。反する属性を持つ水の少女の力ですら、彼女を抑えられるという保証はない。あの様子で無理に連れてくるのは、ほかの人の子らと常夜国にいる夜の子らを危険にさらすことになろう」
この静かな夜の国が火の海になるかもしれない、その恐ろしさにジャニファはふるり、と羽を震わせた。
バライダルはそれに、と付け加えた。
「あそこには妖精の騎士らも居たし、人の子らも意識を持って存在していた。あの様子では金環をはめるのも難しかろうし、いくら我とて上級精霊四体を相手にするのは難儀だ」
夜の支配するあの場所で勝てないわけではないが、危険の方が大きかった。だから避けたのだ。
「ですが人の子らを彼方に渡して、はたしてあの方を救えるのでしょうか……」
「わからぬ。だが、考えても仕方あるまい。方法などいくらでもある。いま、そなたは来るべき時に備えてくれ。なにがあろうとあの方を救いに行かねばならぬ」
元は妖精の国にいたジャニファは、純粋な夜の眷属ではないため、バライダルのように特別な方法をとらなくても、分かたれた別世界である常夜国と妖精の国を自由に行き来できる。
「は、仰せのままに」
まだ気持ち的に納得のいかないジャニファだったが、苦虫を噛み潰したような顔でかしこまり、立ち上がると踵を返して水晶群に覆われた部屋を後にした。
「ところで、フシンシャとはどういう意味だろうか……まぁ、また人の子に再び会った時にでも聞いてみるか」
水晶群に囲まれた部屋で、そう一人ごち、笑みを浮かべた。





