不審者バライダルの来た目的
「ジャニファ、フシンシャとは何だ?」
市原と志田の言葉に疑問を感じたのか、バライダルがジャニファに尋ねた。だが問われた本人も困惑気味に首を振った。
「人の子の世界の言葉でしょう。申し訳ありませんが、意味は私にもわかりかねます」
「不審者っていうのは〜」
「バカ、黙ってろ!」
変なおじさんとか変なおばさんのことだとでも言おうとしたのか、志田が言いかけた言葉を市原が手で口を塞いで黙らせた。
次に何か言ったらジャニファに雷を落とされそうなくらいの視線を受けたばかりだというのに。
「ふむ……そうか。それよりも我が敵、か……ふふ、なるほど。あの者にそう吹き込まれたのだな」
首を傾げつつ、少し寂しげにつぶやいたその言葉は誰もが聞き捨てならない言葉だった。
「あの者…?」
「吹き込まれた……?」
「何だ、お前たちは世界の記憶もないのか?」
呆れたようにフレイズとネフティに問いかけたが、心当たりのない二人は顔を見合わせて、何のことだ、と首を振った。
「……おそらく、“書き換えられた”のかと」
深刻そうな顔をしてバライダルに言ったジャニファは、それからネフティに憐れみの混じった視線を向けた。
「一体何のことだい、ジャニファ?“書き換えられた”って……?」
しかしジャニファはネフティの問いには答えず、バライダルのそばにかしこまって黙ったままだ。
「ふ、ならば仕方ないか。人の子よ、我の手を取らなかったこと、後悔するなよ」
「え、我が主人、よいのですか……!?」
そう言い捨て、再び階段を登り始めたその背に向かったバライダルに対してジャニファが珍しく声を荒らげた。
「よい。我はフシンシャだからな。帰れと言われたから帰るのみよ」
「は?……はい、仰せのままに」
一瞬バライダルの言葉に呆気にとられたジャニファだったが、慌ててそのあとに続いた。
「あいつ、もしかして不審者って意味知ってるんじゃねーの?」
志田が市原にヒソヒソといった言葉が聞こえたのか、こちらを振り返ったバライダルが意味ありげにニヤリと笑った。
美玲もまた、かれんと志田を無理やり操っていたくせに、帰れと言われて素直に帰るなんて信じられない、と階段を登り始めたその姿を驚いて見ていた。
一体、バライダルは何を考えているのか訳がわからない。
「結局あの人何しに来たのよ……」
「我は伝説に伝えられし人の子が四人揃ったさまをこの目で見に来たまでよ。あわよくばともに来てもらおうと思ったのだがな」
地獄耳なのか、美玲のつぶやきにも応じるように階段を登りながらバライダルが言った。
「しかしいずれ必ず。お前たちは我の力を必要とする時が来よう。女王自身がきっと、我を望むであろうからな。その時に今、我の手を取らなかったことをきっと後悔するであろう」
階段を上りきり、常夜国につながる扉の前で振り返ってそう言うと自信ありげに笑った。
「女王陛下ご自身が……?それはどういうことだ?!」
フレイズの叫びには答えず、月の光のような髪を持つ美貌の王は銀の髪の夜の子と共にそのまま闇の向こうへと去っていった。
「ジャニファ、待って……!」
ネフティも叫ぶが、階段は光の粒子となって散り、黒い夜の空に浮かんだ扉は閉ざされ、闇夜に溶けてしまった。





