常夜王の誘い
夜風に煽られ、ふわりと濃い紫色のマントが翻っている。
夜の大地に降り立った、月のように輝く金の髪をもつ常夜王バライダル。
まるでテレビで見るアイドルのように、いや、それ以上に人を惹きつける整った顔立ちとすらりとした長身。
市原が呟いた通り、美玲も髭の生えた男性を想像していたので彼を困惑気味に見上げた。
「あなたが常夜王か」
ネフティがランドラゴンから降りずに尋ねるとバライダルは口角を上げ、いかにも、と不敵な笑みを浮かべた。
「常夜の国からわざわざ異界の道を開かせて、地精霊谷何の用だい?」
苛立ちと緊張を隠し、穏やかさを装ったネフティの問いには答えず、バライダルは美玲たちに視線を移した。
紫色の瞳に見つめられ、緊張が走る。
授業で先生に当てられるときに比べて何倍も嫌な感じだ。
「子どもたちに手出しはさせない」
フレイズがバライダルに剣先を向け、その視線から隠すように立った。
ゆっくりと瞬きをするバライダルの柔らかな金の髪が夜風に舞う。
美玲はその美しい様に視線を奪われてしまい、ぼんやりとみとれていたら、バライダルは口を動かした。声は出さずに何かを唱えたようだった。
なんだ、と思う間もなく、フレイズの剣は粉々に砕け、ネフティのランドラゴンは土塊に変わってしまった。
「一体何を…?!」
フレイズは唖然として使い物にならなくなった柄のみの剣を投げ捨て地上に降りたネフティと身を寄せ、手を広げてその背後に美玲たちを隠す。
「今は夜の治める時間だ。全ては我が主人の支配下にあるのだ」
バライダルに代わり、ジャニファが誇らしげに答えた。
バライダルが武器の崩壊を命じたため、武器とランドラゴンは自ら砕けたのだとジャニファは言った。
「人の子よ、我と共に来るのだ。妖精の女王を救いたければな」
まるでフレイズとネフティがその場にいないかのように目の前の彼らを無視し、バライダルは彼らの向こうにいる美玲たちに手を伸ばして言った。
予想以上に耳障りのいい、低い声が誘惑をする。
安息を与える甘い囁きのようなその声音に、思わず頷きそうになってあわてて美玲は頭をブンブンと振った。
「いかない!」
美玲は精一杯睨みつけ、足を踏ん張ってありったけの大声で答えた。
かれんが不安そうに裾を握ってきたので、大丈夫だというように、そっと上から震える手を重ねた。
美玲だって怖い。でも言うとおりにしたら女王を目覚めさせられなくなる。
美玲の脳裏に、城で眠る女王の姿が浮かぶ。
「女王を救えるのは我だけだというのにか?」
差し出した手を下ろして笑うバライダルから、“女王を救う”という言葉が出たことに美玲たちは驚いた。
「まさか、何を言っている」
「女王陛下を常夜王が救う、だって?!」
ネフティとフレイズも信じられないというふうに首を振りながら呟いた。
「そんなわけない!敵が女王様を助けるわけがないよ!」
「そうだそうだ!不審者!!」
「不審者は帰れ〜〜〜!」
美玲が言った後、不審者と連呼をする市原の真似をして、まだ夢だと思い込んでいる志田もふざけてはやしたてる。
だが二人はジャニファに鋭く睨まれた途端、蛇に睨まれたカエルのように口をつぐんだ。





