訪れた、“夜”
市原が風の要素を集めようと集中している中、白くまぶしい光が自分たちに向かってくるのを美玲はまるで他人事のように眺めていた。
逃げなきゃいけないのに、足が動かない。
まるで大地に縫い付けられたように力が入らなかった。
「ばか、ぼーっとしてんな、永倉!」
光の前に美玲をかばうように市原が立ち、美玲をだきしめた。
「っ?!」
突然のことに美玲は混乱し、市原を押しのけようとしたが逆に市原はさらに力を込めてきた。
「お前は俺が守るって言っただろ!頼れよっ」
「市原……っ!」
耳元で市原が囁いた。耳元に触れる温かい息と、その声の近さに美玲の心臓はうるさいくらいに騒いでいる。
かれんが結界の中で見ているかもしれないのに。
見られていたらどうしよう、という不安と、かれんへの申し訳なさから苦いものが心に広がっていく。
市原の背中越しに光がすぐ近くまで迫ってきているのがみえた。
風主が風の結界を張っているが、それよりも光が大きすぎる。
もうだめだ、と美玲は市原の腕の中できつく目を閉じた。
せっかくかれんと志田を取り戻したのに、と悔しさがこみ上げてきて、思わず市原の服を強く握った。
「風精霊強化!」
だが光線がたどり着く前に美玲と市原の前に立ったフレイズが風精霊の力をまとった剣でアイーグの光線を弾いた。
弾かれた光線はかれんと志田がいる方へと向かうが、水皇の結界が二人を守ってくれた。
光線は水の結界に防がれ、硬い大地に当たって土煙と轟音を上げる。
自然と市原が手を離し、ようやく二人は離れた。
「間に合って良かった。ごめんね、二人とも。怖い思いをさせたね」
もうもうと土煙が立ち込める中、剣を鞘にしまい視線を合わせるためにしゃがんで謝るフレイズに二人は首を振った。
深緑の瞳が心配そうに二人を見つめている。
ジャニファとの戦いでついたのか、白い肌には土汚れがつき、頭頂で一つにまとめられている金の髪は乱れている。
そして前髪は雷撃を受けたのか、少し焦げているようにも見えた。
「怪我はない?大丈夫?」
美玲と市原は首を振った。不安で凍りつきかけていた気持ちが安心で溶けていく。
ちょっと泣きそうになったけど、涙はがまんした。
だから泣き笑いみたいな少し変な顔で、二人はフレイズに駆け寄った。
「フレイズさんも無事でよかった」
美玲と市原の言葉にフレイズは頷き、頭を撫でてくれた。少し鼻の頭が赤く見えるのは、夕日のせいなのだろうか。
「お、志田が起きたみたいだ」
市原の言葉に視線を移すと、結界の向こうでは青ざめた顔をしたかれんと、振動で目覚めたらしく、辺りを見回す志田の姿が見えた。
市原が結界の向こう側の志田に手を振ると、志田はキョトンとした表情をしながらも手を振り返し、自分に手を振ってくれたと勘違いしたのか、かれんは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
あの反応だと市原に抱きしめられたところは見えなかったのかもしれない。美玲はホッと胸をなでおろした。
「アイーグを倒さないと……」
気を取り直してアイーグに向き直ると、土煙が晴れ始めた向こうには、光線を発射した反動か、巨大なアイーグはブルブルと震えて動けずにいる。
その傍らにはジャニファの姿もあった。
銀の鱗粉がキラキラと舞っていて、紺色の夜空にまるで星のようだ。
市原は目を閉じ、再び集中力を上げる。薄黄緑色の光をまとい始めたのは、風主にリストバンドについた精霊石を介して力を送っているからだろう。
やがて何倍にも膨れ上がった風の力を風主は矢に込めて空に放った。
矢が風を切って空に向けて飛んでいくなか、次第に風が渦巻き始めていく。
「水泡渦嵐舞!」
矢が作り出した竜巻に向けて、美玲が呪文を唱える。筆の先端からいくつものシャボン玉が飛び出して風主の作り出した竜巻に乗って巨大アイーグを渦巻きながら巻き込んでいく。
小さなシャボン玉はくっついて巨大なシャボン玉となり、その中にアイーグを閉じ込めた。
「終幕!」
美玲が真一文字に筆を振ると、シャボン玉がはじけ、アイーグと共に消滅した。
「なんだ、あっけなかったな」
市原の言葉に美玲はそんなことない、と首を振った。水の要素を集めるためにめまいを起こすほどたいへんな苦労をした美玲は、巨大アイーグを倒せて心底ホッとしていた。
二人はフレイズとともに、もう大丈夫だと水皇の結界を解いてかれんたちの元に戻った。
「美玲も、市原君も……いまの……一体なんなの?!」
「市原、お前すげーな!なんだよ、さっきのあれ」
興奮している志田と、怯えきっているかれんが二人に駆け寄ってくる。
かれんの様子を見る限り、市原に抱きしめられたのは見られなかったらしい。
ホッとして、美玲は青ざめているかれんの隣に立った。
「魔法だよ、魔法!お前らも使ってたんだからな」
「そうだよ。かれんも使えるんだよ」
「魔法って……本当に?」
「本当に。お前らとの戦い、めっちゃ大変だったんだからな!」
市原が首を傾げたかれんに顔を近づけ、かれんが言った「本当に」の言い方を真似して言う。
間近に好きな人の顔が来て、かれんの顔は炎のように真っ赤になり、美玲の背後に隠れてしまった。
操られていた頃のふたりは何度呼びかけても反応は無く、淡々と攻撃を繰り出してきていた。
「かれんも志田もすごく強くて大変だった」
その時の事を思い出し、美玲は市原の言葉に何度も深く頷いた。
「マジで?いやー照れるな」
「褒めてねーからな!こっちは大変だったんだからな、本当に!!」
照れて後ろ頭をかく仕草をする志田に、市原が怒鳴る。
「じゃあ俺も、永倉みたいにぶわーっとなんか出せるんだな?」
大げさに手を振りながら、先ほど美玲がシャボン玉を出した時のことを言っているのだろう。
「お前はもっとすごいの出してたって」
疲れた風に市原がいうと、志田は嬉しそうに笑った。
「ひょっとしてお前、夢だとでも思ってんのか?」
「違うのか?」
能天気にも見える志田の様子に、疑問を市原がぶつけると、首をかしげて志田が笑った。
「だから夢じゃないんだって……」
「え?どういう事?」
どっと疲れたようにいう市原の言葉にかれんが美玲に尋ねた。
「うん、実はね……」
「二人とも、それは後でゆっくり。今はネフティさんを探して、早くここから離れよう」
フレイズがそう言い、美玲の言葉を遮った。かれんと志田は見たことのない大人の登場に表情を強張らせた。
「この人はフレイズさん。うちらを守ってくれる人だよ」
大丈夫だとつげると、二人は緊張を解いて頷いた。
「ジャニファ、もう終わりだ。アイーグは消滅したよ。人の子もこちらに揃った」
ランドラゴンに乗ったまま、ようやく追いついたネフティが美玲たちを守るようにその前に立った。その隣には剣を抜いたフレイズが立つ。
「ネフティさん、よくご無事で」
「君もね」
ジャニファから目を離さずに、お互いをねぎらう。
「終わりだと?ふん、何を言っている。これでいいんだよ」
ネフティの言葉にジャニファが顔を歪めた。
「ジャニファ?何をする気だ?!やめ……っ!」
そしてネフティの制止を遮り、右こぶしを突き上げて高らかにさけんだ。
「開け、夜の扉よ!いと高き王の道をこの地に導け!」
「ジャニファ!」
「日は沈み、四つの力があわさった。ついに時は満ちたのだ!」
両手を突き上げたジャニファの言葉に応じるようにして、まるで夜の闇をカーテンのように切り裂き、らせん状に伸びた階段が現れた。
「すべては計算通りよ!夜の道を開くため、人の子のおかげで容易に四つの属性をあつめられたわ」
「え?何、どういう事?!」
ジャニファの言葉の意味がわからなくてフレイズを見上げると、彼も難しそうな顔をして考え込んでいた。
「まさか、わざとミレイとナイトに合体魔法を使わせたのか?!」
「え……?」
ようやく顔を上げたフレイズのつぶやきに、美玲と市原は顔を見合わせた。
ネフティがそうだというふうに頷いている。
「あの巨大アイーグは、この地の主な要素である地、火の属性の割合が多く使われていたが、そこにナイトくんとミレイくんの合体魔法がぶつかったからね。常夜国を開く鍵が生まれてしまったんだ」
「私たちの……せいで……?」
空にオレンジ色はもう無く、とっぷりと夜の闇が地精霊谷を包み込んでいる。
「君たちのせいじゃない。気付けなかった俺たち大人の落ち度だ……!」
呆然とつぶやいた美玲を慰めるように、フレイズをとネフティが悔しそうに言った。
「どうして……どうしてそこまでして……!」
ネフティの問いにジャニファは背中の羽を示した。
「私はもう夜の住人なのだ。だからあのお方のために全てをささげたのだ。もうお前とは違う。この黒い羽が見えるだろう?」
「ジャニファ……」
「私の全ては我が主人のものなのだ。我が主人のために、我が主人の望むように事を運ぶ。夜の眷属とはそういうものなのだ」
ジャニファがそう言い終わる頃、その向こうから濃紫色の外套をたなびかせてそれは現れた。
深い藍色の夜空に、月のように輝く金の髪が映える。鋭い双眸には深い紫の瞳があり、その視線はまっすぐに美玲たちへと向けられている。
「我が主人」
その夜の向こうから現れた青年は跪くジャニファを見ずにに片手を挙げて応え、歩みを進める。
彼こそが常夜王バライダル。
彼が歩を進めるたびに、瞳と同じ色をした深い紫の石が飾られた金の耳飾りが触れて小さな音を立てる。
「あれが……バライダル?!」
「俺、もっとおっさんだと思ってた…」
ひそひそという市原の言葉に美玲もそう思っていたので、頷きながらも予想外の彼の容姿に戸惑っていた。
「なんだなんだ?リアルな夢だな」
「だから夢じゃねーから」
まだふざけた調子の志田を市原が責める。美玲もいい加減にしろと言いたかったが、結局ため息をついただけで何も言わなかった。
バライダルは静かに階段をあるき、ついに、硬い大地へと降り立った。





