強い決意
美玲の膝くらいの大きさしかないアイーグは合体をはじめ、あっという間に美玲の身長を追い抜き、先ほどジャニファの雷で破壊されたネフティのキノコの家と同じくらいになった。
「行け、アイーグ!人の子を我が主のために!」
ジャニファの号令に巨大アイーグは目を様々な色に光らせながら迫ってくる。
アイーグの属性は目の色で区別ができるが、いろいろな属性のアイーグが合体しているため、めまぐるしく赤、青、黄、緑と色が変わっているのだ。
「おい、永倉ヤバくないか?あのデカイのこっちに来るぞ?!」
ずりずりと引きずる音とともに黒い巨体が迫ってくるのを目の当たりにし、市原が慌てた。
今美玲たちが居るのは水皇小夜曲で作った結界の中だが、あまりに大きなアイーグ相手では守りきれないかもしれない。
「え、ちょ、どうしよう市原…どうしよう……!」
水皇には結界を維持してもらわないと、気絶したままのかれんと志田を守れない。
唯一攻撃の手が空いている風主は、アイーグにむけて矢を射ってはいるが、あまりにも巨大すぎるため、効果があるようには見えない。
「そんなこと言っても………そういえばフレイズさんとネフティさんは?」
「わからない。どこにいるんだろう………」
二人して年長者の姿を探すが、全く見当たらない。フレイズはジャニファと戦っていたはずだが、ジャニファは巨大アイーグの傍にいるのが見える。
もしかしたらフレイズは負けてしまったのか、と嫌な予感がする。
まるで校外学習で引率の先生とはぐれてしまったかのような不安が二人の間にずしりとのしかかり、途方にくれた。
シラギリの森の時にはセレイルとベルナールたちもそばについていてくれたから不安を感じることはなかったが、今は守ってくれる存在が近くにいない。
そして、アイーグを倒す力があるのは美玲と市原の二人だけだ。
かれんたちを守りながら、あの大きなアイーグを倒せるだろうか。
美玲はかれんを抱く腕に力を込めた。
「う……ん?」
力を入れたせいか、急に腕の中のかれんがみじろぎして、まぶたをあげその大きな瞳で辺りを見渡した。
「かれん!よかった、気がついて!!大丈夫?」
「頭が少し痛いけど……、ていうか、この格好は一体何?!」
「えーと…」
かれんはまじまじと自分の着ている服と手にしているバトンの形をした武器を眺め、美玲に尋ねる。
「ねえ、バトン部の衣装みたいだし、これバトン!?」
バトン部とはかれんが憧れている、可愛らしい衣装を着てバトントワリングをする部活だ。
春先の運動会や夏に開かれる市のパレードにも参加する、女子の憧れの部活動である。
その憧れの部活の衣装に似た服装をして、バトンまで持っている。
かれんにしてみたら興奮せずにいられない状況だというのはわかるが、この状況をどう説明をしたらいいのかわからず、美玲は視線を泳がせるしかなかった。
「え、なに、あれ……?!」
美玲の視線を追ったかれんが巨大アイーグをみつけ、顔を引きつらせた。
「気持ち悪い……みて、すごい鳥肌」
たしかにかれんの肌にはプツプツとした鳥肌が出ている。
今まで操られていたから初めて見たという認識なのだろうが、実は以前までアイーグに囲まれて平然としていたなどと言ったらパニックを起こしそうだ。
「お、久瀬気がついたのか!って、志田!おいお前も起きろ志田!やばいんだって!!」
「え、い……い、市原くん?!ちょ、ちょっと本当にどういうこと?!これ、夢?!」
市原が志田をゆすったり、ほっぺたをつねったりしているが、全く起きる気配がない。そこでようやく好きな人の存在に気づいたかれんが美玲の両肩を掴んで揺する。
「やだ、どうしよう。美玲、髪の毛とか変じゃない?ねえ、鏡持ってない?」
「変じゃないから。大丈夫だよ。鏡はもっていない………」
ガクガクと揺さぶられ、目が回る。
かれんの家に迎えに行った時と同じようなことになり、美玲は少し懐かしくなった。
そして落ち着いたのかようやく美玲を解放したかれんは編み込みにしている髪を手で整えるように整えた。
よかった、本当にいつものかれんだ、と笑みがこぼれる。
「あのね、かれん。後で詳しく話すから、ここでじっとしててね」
「美玲?」
「市原、かれんをお願い」
美玲の言葉に途端に真っ赤になるかれんを市原に託し、立ち上がって結界の外に飛び出した。
夜になりかけの、冷たく乾いた風が頬を撫でる。
美玲は深呼吸をすると、筆の先を巨大アイーグへ向けた。
「ちょっと、美玲?!」
「おい、永倉!」
かれんと市原の声を今は無視して集中する。
今、かれんたちを守るのは自分にしかできないことだ。
白い柄の先端にある筆先が淡い水色に輝き始める。
乾燥したこの場所で、限られた数しかない水の要素をかき集めていく。
もっと、もっとと念じる。あの巨大なアイーグを倒すための水の要素が足りない。
「市原君、美玲は何をしているの?」
「永倉………悪い久瀬、志田を頼む」
「ちょ、市原君?!って、重っ!」
抱えていた志田をかれんに渡し、市原もまた結界の外へ駆け出した。
「市原君……」
気を失っている志田は重く、かれんは身動きできずに市原の後ろ姿を見送るしかできなかった。
美玲は岩場に生える水の結晶からも力を集め、力を放出した結晶群は色を失っていく。
地精霊谷にある水の要素をほとんど集め尽くしたかもしれないが、なんとか十分に集めることができた。武器全体が水の要素の力で淡い水色に光っている。
集中しすぎて頭痛がしてきたが、あと一息だ。頑張らなくてはと汗のにじむ手で武器を握りなおした。
「う……っ」
「永倉!」
ぐらりと目の前が渦巻き、一瞬オレンジから紺色に変わりかけの空が見えた。
だが背中を誰かに支えられ、倒れずに済んだ。一体誰だろうかと見上げると、市原の心配そうな顔があった。
「市原、なんで?!かれんを見ててって言ったのに!」
体を起こし、あわてて至近距離の市原から離れる。
それに、かれんが見ている前で抱きかかえられたり近くに寄るなどして誤解されたら困ると思ったからだ。
だからほっぺが熱く胸がドキドキしているのはびっくりしたからだ、と言い聞かせながら市原を責めた。
「一人であんなにでかいのを何とかできるわけないだろ。無理すんなよ。風主!」
美玲の肩小突き、市原は風主を呼び寄せた。
風主は小さな竜巻の中から現れ、アイーグに向けて矢をつがえた。
「嵐舞射撃!」
風主が数本の矢を一度に放つと、それは巨大な竜巻となってアイーグへと襲いかかる。
「それくらいでどうにかなると思っているのか?!」
ジャニファがバカにするような言い方をした通り、竜巻はアイーグにぶつかり、かき消えてしまった。
アイーグにはなんのダメージもなさそうだ。
「くそっ!」
市原は悔しそうにジャニファを睨みつけたが、ジャニファは挑発的な笑みを浮かべるだけだ。
「さあ早く決断しろ。常夜の国に来るのだ」
「誰が行くか!」
「さて、強がりもいつまでもつかな?」
アイーグはずりずりと近付いてきている。市原は悔しそうに唇を噛み、美玲は武器を構える手に力を込めた。
「水皇は二人を守って!」
二人のピンチを見かねて自らも向かおうとしていた水皇は、美玲の言葉に少し残念そうに頷いた。
「え?に、人魚?!」
頭上に浮かぶ水皇を見たかれんの驚いた声に苦笑し、アイーグに向き直る。
狙いをしっかり定め無くては。
視界が歪んでいるが、必死に目を開いてアイーグを視界に捉える。
隣に立っている市原は、目を閉じて美玲と同じように風の要素を集め始めていた。
淡い黄緑色の光が市原を包んでいる。
風主は二人を守るように矢を放ち続け、アイーグとジャニファを牽制している。
「市原……」
「俺たちの合体魔法なら倒せるはずだ。いつもみたいに」
市原は目を開き、白い歯をだしてニカッと笑った。
そうだった。何度も二人で力を合わせて敵を倒してきた。
美玲は市原の視線を受け、強く頷いた。
絶対にアイーグを倒す。ジャニファのいいなりにはならない。
「そうよ…、常夜の国なんか、絶対行かないんだから……!」
ようやくかれんたちを取り戻したのだ。絶対にみんなで一緒に元の世界に帰る。
美玲は市原と頷き合うと、巨大なアイーグを見上げた。





