ジャニファとネフティ
かれんと志田を操るため、二人の額につけた金環を破壊されたことを感じ取ったジャニファがまさか、と視線を移すと、二人の上級精霊はすでに消えていた。
「あの金環を破壊した、だと?」
先ほどまで自分の指揮下にあったら人の子たちが、彼らの友人たちに抱えられているのを目にし、苦々しげにつぶやいた。
「よそ見はいけないよ!」
「っ!」
ジャニファの意識が逸れたすきに、フレイズが彼女の持つ細身の剣を弾くと、それはジャニファの手を離れて弧を描き、地面に突き刺さった。
妖精の騎士と戦闘中だったことを失念し、武器を失ったジャニファは自身の不注意を恨んだ。
「針葉斬撃!」
「……っ、く…!星円鏡………」
隙を見逃さず、繰り出された鋭い突きを、両手を交差して薄い光の膜を作って防ごうとしたが、詠唱を邪魔され、作りかけのそれは容易に破壊されてしまった。
「う………っ、おのれ…!!」
ジャニファはフレイズの剣撃をまともに受け、黒い羽を羽ばたかせる間もなく傷だらけで地に堕ちた。
とっさに頭部は守ったものの、全身を硬い大地に打ち付けられて一瞬息が詰まって激しくむせた。
「ジャニファ!」
ネフティはジャニファが地に落ちた衝撃で立ち上った土けむりにむせながら、地に伏せたままで咳き込むジャニファに駆け寄った。
「ジャニファ!」
「………くるな……っ!」
かすれ声で声の主を威圧するが、ネフティはそんなジャニファに怯まず、その傍らに膝をついた。
「君はこんなことをする子じゃないはずだよ、ジャニファ。もうやめよう」
「うるさい!私はもう貴様の知る弱いジャニファではない!夜の羽を得て生まれ変わったのだ!」
抱き起こそうとしたネフティの手を叩いて立ち上がり、黒い羽を羽ばたかせ、紺色の空にジャニファが白い手を伸ばす。
「闇の子よ、集え!偉大なる夜を迎えるために、道を作るのだ!!」
銀色のオーラを纏うジャニファの言葉に従い、周囲に散っていた闇の子アイーグがのそのそと集団をつくり、まとまっていく。
そして蠢めく闇はやがて大きな黒い塊となった。
「ジャニファ、何をする気だい?!」
自身を拒絶されたことより、ジャニファが何か恐ろしいことをしようとしていることのほうが重大で。
普通であればショックで一週間は落ち込むところだが、心の傷は軽く済んだのは幸運だと言っていいのかもしれない。
「ネフティ、空を見よ!日は沈み、もうすぐ夜がやってくるのだ!この場に!!」
「夜だって?!まさか………ジャニファ、やめるんだ!!」
高笑いするジャニファの言葉にある存在を思い立ち、ネフティは慌てた。
彼女の言う“夜”が示す存在とは、一つしかない。
「やめる?バカを言うな。あのお方の望みためには人の子が必要なのだ。やめろというのなら、貴様が止めてみせろ!」
「ジャニファ!」
「まぁ、貴様にそんなことができるとは到底思えんがな。“腰抜けネフティ”」
「………っ!」
幼少期にからかわれた時の名でよばれ、ショックを受けてうなだれたネフティを鼻で笑うと、ジャニファは視線をアイーグに移し、2度とその瞳をネフティに向けることはなかった。
「ジャニファ……っ」
幼馴染の暴走を止めたい。
でも、乱暴なことをしたくはない。彼女を傷つけたくない。
でも、このまま何もせず、指をくわえて見ていることはしたくない。
このまま何もしなかったら、自分は彼女の言う通り、昔と同じ“腰抜けネフティ”のままだと認めることになる。
でも、とネフティは拳を強く握った。
「……わたしだって、以前の気弱な腰抜けネフティではない……!だからジャニファ、もう一度言う。やめるんだ!」
「うるさいな、静かにしていろ!!豪雷撃!」
「来い、ランドラゴン!」
「遅いわ!」
ネフティの代わりに激しい雷に打ち砕かれたランドラゴンはあっという間に土塊となり、無防備なネフティに雷の槍を構えたジャニファが迫る。
「ネフティ様!」
ジャニファからネフティを守ろうと、二人の中央に降り立ったフレイズが剣の切っ先をジャニファに向けて構える。
「また貴様か!邪魔な奴だ!豪雷槍!」
剣先に雷が落ち、フレイズの体が稲光に包まれた。
「ぐ、うぁあああっ!」
焼け付く痛みと激しい痺れが身体中にはしり、獣のような叫び声をあげた。
「フレイズ君!」
雷撃を受け気を失ったフレイズを抱え、ネフティがジャニファを睨み上げると、彼女は真紅の唇を歪めて満足げな顔をしていた。
先ほどの借りは返した、とでも言いた気な表情だ。
「雷縛」
「なっ?!ジャニファ!」
雷がネフティとフレイズを拘束し、身動きが取れなくなる。
なんとか抜け出そうと身をよじるが、体を動かすたびに雷の縄が食い込み、痺れが伝わってくる。
「幼馴染の情けだ。命までは取らん。貴様らは人の子が夜の元へ行く様を、そこで指をくわえて見ているがいい」
「ジャニファ…!」
呼びかける声にはもう振り向かず、黒い羽を羽ばたかせてジャニファは飛び去った。





