親友を取り戻すために
竜巻が消えた向こうには、かれんの傍に移動した志田の姿も見えた。
シラギリの森のときと同じ、二人との対決だ。
ただ、以前と違うのはこの場所が大地の属性を強く持ち、乾燥している為にかれんと志田に有利な状況であるということだ。
緊張が美玲を襲う。
二人を取り戻せるだろうか。それとも、自分たちは負けてしまうのではないだろうかという不安と疑問が押し寄せてくる。
「晶石弾」
志田が大地に手をつき、唱えると大地から隆起した色とりどりの精霊石の群生が、ロケット花火のように二人に向かって飛んでくる。
「水鏡!」
間髪入れず筆を振るい、水鏡を出して精霊石の進行を阻む。
ガラスが割れるような音がして、それらは水鏡にぶつかり砕け散っていく。
「水強化!」
火の矢に貫かれたようにはならないと、直ぐに水の鏡の厚さと大きさを増し、強固な壁にする。
全ての精霊石の襲撃を阻み、ホッとしたのもつかの間。
「溶岩乱舞」
「え……?!」
シラギリの森の時に見たのと同じ、かれんと志田の合体魔法だ。足元の大地がどろりと赤く溶け出し、むわりとした熱気が伝わってくる。
「永倉!」
何が起こっているのだろうと確認する間もなく、美玲は市原に抱え上げられた。
「きゃっ!」
風の力で大きく飛び上がり、溶けた大地から逃れる。
美玲が立っていた場所では溶岩が飛沫をあげているのが見えた。
「ってぇ…!」
吹き上げられた溶岩の雫が市原の足にかかったらしく、地面に着地した彼の足を見ると、ふくらはぎの部分が火傷で赤くなっている。
「炎晶石」
「水皇小夜曲!」
追い打ちをかけるように襲ってきたかれんと志田の合体技に、慌てて守りの水の膜を張る。
ドーム状の水の膜は、炎の精霊石をギリギリ阻むことができた。
水の膜の維持を水皇に任せ、美玲は市原の怪我を確認する。
風主も弓を引き、炎帝と地王の進行を阻んでくれている。
「市原、大丈夫?」
皮が破けてグジュグジュとした傷口があまりにも痛そうで、美玲は思わず顔をしかめた。市原はどれほど痛みをこらえているのだろうか、額には汗が浮いている。
「俺は、大丈夫…。永倉こそ、怪我はないか?」
「うん、でも…」
「溶岩がかかってこの程度で済んだのもネフティさんにもらったペンダントのおかげかな」
やせ我慢をするように、青い顔をした市原はすべての属性の守りを高めるというペンダントを見つめた。
地、水、火、風それぞれの精霊石が埋め込まれたそれは夕日を受けて藍色の空に輝く星のようにきらきらとしている。
確かに市原が言う通り、溶岩が足にかかってこの程度というのはお守りのおかげかもしれない。
「二人とも大丈夫かい?」
ネフティが隠れていた岩陰からすばやく駆け寄ってきて市原の足を診てくれた。
「あぁ、痛そうだね…ちょっといいかい?」
ネフティが傷口に手をかざし、目を閉じて唱えた。
「地精癒術」
すると地面から光をまとった蔦が生え、怪我をした部分に巻きついた。
怪我をした部分に蔦が触れた時に少し痛みを感じたようにうめき声をあげた市原だが、すぐにその表情から苦しさは見えなくなった。
蔦が役目を終え、再び地面へと戻っていくと、市原の傷口はすっかりきれいに治っていた。
「あり…がとう」
あまりにもきれいに治っているので、驚いた市原が呆然とつぶやくようにお礼を言うと、ネフティはニコニコと頷いた。
しかしすぐにその表情を引き締め、かれんと志田の方を指差した。
二人もつられてその方をみると、水の膜の向こうではかれんと志田の攻撃から美玲たちを守るために、水皇が竪琴をかき鳴らして水の膜を維持し、風主が風精霊たちを従えて矢を打ち、炎帝と地王を牽制している。
「あの子達の額にある金の輪がみえるかい?きっとあれで操られているんだ。二人の力ならあれを壊すこともできるだろう」
ネフティの指摘に目を凝らして二人を見ると、言われて初めて細い金環が額に嵌められているのがわかった。
二人の力で…というと、合体魔法を使えというのか。
「でもそんな事して二人を傷つけたらどうするんだよ」
とても細い金環だ。合体魔法であれをどう壊せというのだ。美玲も不安を感じてネフティを見上げる。
「大丈夫。精霊石は君たちの意思に従う。傷つけたくないものは守ってくれるはずだ」
そう言って市原のリストバンドに飾られた風の精霊石を叩いた。その言葉に二人は顔を見合わせ、頷きあった。
親友のかれんと志田を絶対に取り戻す。
二人の目的はそれしかない。
もう精霊石の力を信じてやるしかないのだ。
二人の意を汲んだ水皇がそれまで奏でていた竪琴をしまい、鉾をふるって水の膜を消し去り前に出た。二人の詠唱時間を稼ぐためだ。
それを剣を持った炎帝が迎え討ち、再び火と水の精霊は斬り結んでいく。
美玲は筆を、市原は手のひらの先をかれんと志田に向けた。
どう動くべきか、何を言えばいいのかは精霊石が教えてくれる。
目を閉じて深呼吸し、互いの呼吸を合わせる。
足の裏から全身に伝わってくる、目に見えない自然の力が螺旋のように絡みあい、言葉とともにこみ上げてくる。
「静かなる風よ…」
「優美なる水の流れよ…」
光り輝くイルミネーションのように、地精霊谷に存在している青色の水の属性と黄緑色をした風の属性の粒子が集まってくる。
「我が喚び声に応じ、花開け!」
大きな球体は、二人の武器が示す場所の先、かれんと志田の頭上に今にも開きそうな、何かの植物の蕾のような形をして漂っている。
「風花水鏡花円舞!!」
美玲と市原が声を合わせて唱えると、蕾が花開き、巨大な睡蓮があらわれた。
すぐにほころび、風に舞う睡蓮の花びらは、水鏡に反射してどんどん増えていく。
かれんと志田の周囲を囲むように舞いだした無数の睡蓮の花びらに阻まれ、二人は顔を覆って身を守るのに精一杯で攻撃ができずにいる。
「地晶壁」
顔を覆いながら志田が唱えると、黄色い結晶がドーム状に二人を覆い、花びらから守る。
「やっぱり、地の力が…」
筆に力を込めているが、硬い結晶を破壊するだけの力にはまだ足りないようだ。
「火炎熱円舞!」
「来い、ランドラゴン!」
ネフティがランドラゴンを召喚して、かれんが放った炎から美玲と市原を守ってくれた。
「諦めるな!二人を取り戻すんだろう!」
あまりの硬さに諦めかけていた二人はネフティの激にハッとして、「諦め」の言葉を首を振って頭の中から追い出した。
絶対に親友を取り戻すと決めたのだ。
美玲も市原は後に引くわけにも、引くつもりもない。
「そんなもの打ち破れ!花乱嵐舞!」
市原が両手を睡蓮に向けると、花びらを巻き上げる風の強さが増し、志田の作り出した黄色い結晶群のドームにヒビを入れ、破壊した。
「水晶……っ!」
志田がさらに水晶の壁を作ろうとしたが、風に舞う花びらが二人の元に到達する方が早かった。
いくつもの花びらがかれんと志田に降りかかる。
常夜の力で作られた金環を破壊するために。
だが美玲は花びらが親友たちを襲うのを見ていられなくて、顔を覆った。
しかしすぐに乾いた金属の音が聞こえ、恐る恐る目を開くと二人の額にあった金の輪は二つに割れ、地に転がっていた。
「かれん!」
「志田!」
それぞれの召喚主が力を失い、炎帝も地王も姿を消した。
二人はかれんと志田の元に駆けつけ、助け起こす。力が抜けて重い体は温かく、息もしている。二人は安心して顔を見合わせた。
「市原…私たち、やったよ!かれんと志田を助けたよ!」
美玲の言葉に市原も感慨深げに頷いた。二人はようやく友人たちを取り戻すことができたのだ。





