混戦
顔の近くで破裂した火花が水皇を守る水の膜に一瞬だけ穴を開けた。
水皇は顔をかばいながら炎帝から距離をとる彼女の周りからは蒸気が立ち込めている。
地精霊谷は霧深いシラギリの森とは違い、乾燥した水の要素の少ない場所だ。
乾燥している場所は火に有利だ。水の要素に邪魔をされず、力を増幅することができる。
あの時と同じようにはいかない、と炎帝はその表情で語っているようにも見える。
「水皇…!」
心配をする美玲の声に無事だと伝えるように、彼女は鉾を構え直した。そしてその先端から大きな水流を天に向けて発生させる。
それを見た炎帝もまた、体勢を低くし、手を交差させて炎の輪をいくつも作り出した。
そして二体は作り出したそれぞれの魔術を同時に放ち、ぶつけた。
水流と火炎が衝突し、激しい音とともに水蒸気と飛び散った水滴が雨のように岩の大地を濡らしていく。
水に濡れた土の匂いを風が運び、まるで雨上がりのグラウンドのようだ、と美玲は思った。
だがその湿り気さえ、水分に飢えた大地と乾燥した空気はすぐに奪い去ってしまう。
大地を濡らし、少しでも水の要素を増やそうとした水皇の目論見は外れてしまった。
水皇と炎帝はまだ水流と火炎をぶつけ合っている。二つの力が接している中心からは蒸気が吹き上がっている。
ぶつかりあう二つの力は拮抗し、どちらも譲らない。
二体は埒があかない魔力のぶつけ合いを止め、再び切り結んていく。
激しい金属音が地精霊谷に響く。
「どうしよう…」
なんとか止めなければ、と美玲は思うが、激しい戦闘に間に入る余裕もない。
止めたいと思うのだが、しかし美玲は操られたままのかれんを何とかしなければならない。
ここで二人を取り戻さなければ、いつまた出会えるかもわからない。
シラギリの森の時のように逃すわけにはいかない。
美玲は手に入れたばかりの武器の柄をきつく握り、かれんをうかがい見ると、彼女もまたバトンを回し、火球を作り出していた。
「かれん、やめて!私はかれんと戦いたくないの!」
飛んでくる火球を避けながらかれんに呼びかける。だが虚ろな目をしている彼女には届いていないようだ。
「かれん…、お願い、やめて……っ!!」
仕方なしに美玲も水球を作り、逃げながらも飛んでくる火球にぶつけ、消していく。
次から次に飛ばされてくるので魔法を使う暇がない。
美玲は硬い大地の上で逃げ惑いながら、かれんに怪我をさせずにどうやって正気にすれば良いかを考えていたが、焦りからか何も思い浮かばない。
「かれん………っ!」
虚ろな目をして火球を放つかれんから逃げながら、美玲は途方にくれた。
一方、志田が喚び出した地王は地響きを立てながら予想以上に速く走り、市原とネフティに向かってくる。
「行け、ランドラゴン!」
地王を迎え撃つためにネフティがランドラゴンを送り出す。
ランドラゴンは地の要素で構成された精霊の一種である。
地響きをあげながら巨大な二頭の竜が中央でぶつかり合った。その衝撃で暴風がふきすさび、土煙が巻き上がる。
「ネフティ、貴様が消えればランドラゴンも消えるだろう!」
ジャニファはランドラゴンの召喚は想定内と細身の湾曲した剣を抜いてネフティに飛びかかった。
「ちょ、わたしは丸腰だぞ!!」
卑怯だと、ネフティはトンボの羽を広げて逃げながら叫ぶ。
「戦いに卑怯もクソもないわよ!」
羽の模様と同じ青銀の鱗粉を振りまきながら黒い蝶の羽を羽ばたかせ、ジャニファはネフティに追いすがる。
「ネフティさん!」
ネフティの元へ助けに行こうとした市原だが、目の前に大きな岩が突然隆起して、ジャンプしようとしていた市原はバランスを崩して尻餅をついた。
「クッソ、何だよ…っ!」
汚れを払いながら立ち上がると、視線の先に志田がキーパーグローブのような武器を手に、両手を広げてまるでゴールキーパーのように構える。
「志田っ!」
風主が傍らにたち、弓を引いて志田を牽制する。
「大丈夫だ。風主」
「あぁっ!ランドラゴンが!」
ネフティの悲鳴に驚いて振り向くと、地王に首筋を噛み付かれたランドラゴンは土塊となり、バラバラと崩れてしまった。
「もらった!」
しかし銀に煌めく刃がネフティに到達することはなかった。細身の剣がそれを阻んだからだ。
「俺を忘れてもらっては困りますね」
アイーグを片付けたフレイズがジャニファの剣を受け止めていた。
攻撃を止められたジャニファは悔しそうに舌打ちをすると、柄を握る手に力を込めた。
透き通った青色のジャニファの目が紫色に変化し、彼女の周りに紫色の光がゆらりと漂い始めた。
「雷斬破………!」
「何?!」
放出された雷電がまばゆい紫色の光をまといながらジャニファの剣を覆っていく。
「はぁあああっ!!」
躊躇なく、ジャニファは巨大な雷の剣を振り下ろした。
「フレイズさん!」
まるで大きな雷が落ちてきたかのような衝撃を受け、フレイズは硬い大地に墜落していく。
「来たれ、地の果実」
あわや地面に衝突というところで、ネフティが巨大なキノコを召喚した。フレイズはその赤茶色のかさがクッションとなり、地面への激突を免れた。
「おのれ、ネフティ!どこまでも邪魔をする!烈光線!」
激昂したジャニファはネフティに向けていくつもの光線を放つ。
「わわっ!暴力反対!!」
ネフティはちょこまかと逃げ回り、光線は硬い岩壁や大地に穴をあけていく。
「逃げるな!逃げるな逃げるなぁ!!」
「やめろ!風霊鎖!!」
フレイズはキノコのかさから飛び立ち、光線をあちこちに乱射するジャニファに向けて鎖を放つとそれを阻んだ。
「うっとおしい奴め!!」
「君もね!」
ジャニファの手首に絡まった風の鎖は彼女の怒気ですぐに消えてしまったが、ネフティは無事だ。
彼は岩陰に隠れ、様子を伺っている。
「ネフティさん、危ない!」
だが、そこは志田が大地に拳を打ちつけ、岩の津波を起こした場所の直線上。彼に巨大な岩が迫っていくのに気付き、市原が悲鳴をあげた。
「あわわわ…!!」
ネフティは腰を抜かしたのか、岩陰にへたり込んで逃げようとしない。
「風主!」
市原のリストバンドが緑色の光を放つ。
「ナイト君、逃げるんだ!!土に風は通用しない!わたしのことは心配するな!」
ネフティが震える声で叫んでいる。
「そういうわけには、いかないでしょ!」
市原は腕を胸の前で交差させた。
「風主はネフティさんを守ってくれ!行くぞ…!」
風主は市原の言葉に頷き、ネフティの元へとんでいき、彼を抱えて空高く飛び上がった。
ネフティの無事を確認すると、リストバンドの中央に飾られた精霊石の光がどんどん大きくなってくる。
石から注がれる力が増していくのが市原にわかった。
「ダメかどうかはやってみなきゃわからない…!暴風球撃!」
眼前に迫った巨大な岩壁に向かって、市原の手のひらから数え切れないほどの風の球が放たれた。





