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トルトとジャニファの過去

入浴を済ませ、戦いの汚れを落として案内された部屋には、ホテルで見るようなテーブルセットの上に、目の前にたくさんの食事が並べられている。


小さなお皿にはバターロールが二個、その隣にはコーンポタージュ。中央にはハンバーグとビーンズサラダ。デザートのゼリーも見え、それらから漂ってくる香りに二人の子どもたちの腹の虫は大暴れだ。


「さあ、遠慮なくどうぞ」


トルトに促され、席に着くと二人は手を合わせた。


「いただきますっ!」


まずはコーンポタージュに手をつける。温かく、甘みのあるとろみにほっぺが落ちそうだ。ふわふわのパンにはイチゴのジャムをつけて食べる。


「このハンバーグめっちゃうまい!めっちゃうまい!!」


市原は感動して叫びながらハンバーグをかきこんでいる。


「豆で作ったハンバーグですよ。お気に召したようで何よりです」


「え?これ、肉じゃないの?」


「お豆は大地の肉ですよ?」


「そうじゃなくて、豚とか牛とかのじゃないの?」


「ぶた…?うし…?」


市原の問いに、トルトは困ったように首を傾げた。


「そのような生き物はこちらの世界には…」


「そうなんだ…でもお豆でもこんなに美味しくできるの、すごいね!」


好き嫌いがもともとない二人は、あっという間にご馳走を平らげ、デザートのゼリーに手を伸ばした。


薄桃色の透明なゼリーをひとくち食べると、それはあっという間にとけ、桃のさっぱりとした甘みが口の中に広がった。


「それで、あのジャニファって一体何者なんだ?」


「そうですね…」


トルトはカップをソーサーの上に置いてテーブルクロスに視線を落とした。


「あの子は大分前…私が記録官になる前に、この国を出たのです。ですが、まさかバライダルのしもべとなっているとは…」


「どうして出ていってしまったんですか?」


美玲の問いにトルトは困ったような、泣きたいような顔をして笑った。


「些細な姉妹喧嘩です。ですが、あの子があちらにいることが分かった以上、ことは一刻の猶予もありません。あなた方には何としても武器を手に入れてもらわなくてはなりません」


「確かに、あのジャニファは暴走する炎帝イフリートをとめていたもんな。絶対強いと思うし」


ゼリーを食べながら市原が考え込んでつぶやいている。


「彼女とバライダルの目的はあなた方を常夜とこよるの国に連れ去り、陛下の目覚めを阻止するつもりなのでしょう。どうか改めてお願いします。陛下をおたすけください」


頭を下げたトルトに二人は力強く頷いたのだった。





常夜の国に戻ったジャニファは、水晶の群生する冷たい床の上に青ざめた顔をしてふらふらと膝をついた。


「戻ったのか?」


「はい、我が主…」


問いかけに居住まいを正す気力もなく、その場に座り込んだままのジャニファを、闇の中から金の髪を一つに束ねた、長身の青年ーーー常夜王バライダルが現れ、助け起こした。


水晶群の光を受け、整った容貌が露わになる。月のような淡い金色の瞳が心配そうにジャニファを見つめている。


「どうした、ジャニファ」


「姉に…姉に顔を見られてしまいました…」


バライダルはガタガタと震えるジャニファの肩を抱き、落ち着かせるようにその銀の髪を撫でた。


「怖がることはない。この常夜の国に光の者は来ることはできないのだから」


「いえ、あの姉は狭間の結界すら破るような気がして…」


混乱しているのか、震える声で早口にしゃべるジャニファに対して、バライダルはまるで子供をあやすように背中を静かに叩いている。


「お前は大切な常夜とこよるの住人だ。私が必ず守ってやる」


「もったいなきお言葉…それに、このような失態をさらし…」


「構うことはない。ジャニファ。無理をするな。落ち着くまでこのままでよい」


離れようとしたジャニファを留め、もっときつく抱きしめた。その優しさに感謝をして、身を委ねる。


「昔、姉に羽根を奪われ、命からがら逃げ出した私を我が主、貴方が救ってくれ、新たに羽根もくれました…私は姉が怖い…ですが、我が主のためならば、この恐怖でさえも退けてみせます。次は必ずや、人の子らをこちらに」


「期待している」


バライダルの低い声に頷き、そのたくましい腕の中でジャニファは深く息を吐くと目を閉じた。


バライダルの想い人は他にいる。今こうして抱きしめられているのは、常夜王とこよるのおうとして、自分の国の住人への慈愛からくるものなのだとジャニファは知っている。


自分の気持ちは忠誠心に変えて、この方を支えると助けられた時から決めた。


だが今は。今だけは。秘めたこの思いに正直にさせて欲しい。


体の震えはもうおさまりつつあったが、もうしばらくこのままで居たい、とバライダルの香りに包まれながらそう思った。


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