黒の人物再び
見えた炎に一瞬かれんの炎帝かと思ったが、アイーグを攻撃しているのをみて、違うのだと肩を落とす。
「市原はどこ?」
シラギリの森でやったような合体魔法ならば、この大量のアイーグを消し去ることができるかもしれない。
「永倉いるのか?!」
「市原、どこ?!」
市原の声がして、辺りを見回すと、風主の姿を見つけ、その下に手を振る市原がいた。
「ミレイ!」
美玲はフレイズの制止を振り切り、市原の元へと駆ける。途中、アイーグが寄ってくるが、水皇(セイレーン」が銛で突いて消し去ってくれた。
「永倉、行くぞ!!」
「うん!」
隣同士に立ち、二人の持つ精霊石にそれぞれ念じる。するとそれらは輝き出し、それに応じるように水皇と風主の体も光り輝き始めた。
「雹嵐舞!」
二人が叫ぶと同時に、風主が発生させた竜巻にまきあげられ、水皇の作った水球が氷の礫となり、アイーグたちに降り注ぐ。
「今だ!光の柱を突き立てろ!!」
誰かの号令が響き、アイーグの波間が切れた部分に、騎士たちが魔法で光の柱を作っていく。
それはまるで、理科の授業でみた、オーロラのように揺らめいていて、柱というよりもカーテンのようだった。
「あれは何?」
「アイーグの進行を阻むんだ。あの光の壁があれば、奴らは来られないからね」
フレイズの言葉にそうか、と頷きかけた時だった。
「豪雷撃!」
静かな声が響いたと思ったら、轟音を響かせて多くの雷が光のカーテンを引き裂いた。
「この技は…!」
もうもうと舞い上がる土けむりの向こうに、黒い布を身にまとい、その背からは水色の模様が刻まれた黒い蝶の羽を持った人物の姿をみつけた。
間違いない、シラギリの森でかれんと志田を連れ去った人物だ。
美玲は思わずかれんたちの姿を探したが、どこにも見当たらなかった。
「人の子よ。私と共に来るのだ」
黒の人物は、手を差し出して二人に言う。その声は少年のようであった。
「ふざけるな、俺たちは行かない!志田と久瀬を返せ!」
市原の言葉に美玲も頷く。
「ならば力ずくで…!」
「いいえ、この方たちを渡すわけにはまいりません」
「トルトさん!」
現れたのはトルトだった。彼女は夕日を受けて装飾品をオレンジに輝かせながら、静かに白銀の羽根を羽ばたかせて着地した。
騎士たちがざわめき出す。光の柱を失い、呆然としていたその目に希望の光が見える。
「熱風烈刃!」
トルトが黒い杖を掲げ、鋭い声で呪文をとなえると、炎を纏った風が黒の人物に襲いかかった。
爆風にまきあげられ、黒い布が宙に舞う。それを見て、誰もが驚き、言葉を失った。
「お前は…!」
現れたのは銀の髪と青い瞳の、トルトにそっくりの女性だった。
目の前の人物に、普段から感情を表さないトルトでさえも驚きの表情を隠せずにいる。
「え…?トルトさん?」
思わず銀の髪の女性とトルトを見比べてしまう。本当に、鏡に映したようにそっくりだ。違うのは羽根と髪の色くらいしか見当たらない。
「ジャニファ…お前がどうしてここに!!」
「…お前に言う義理はない!」
トルトからジャニファと呼ばれた銀の髪をした女性は覆いを失い、露わになった顔を腕で隠すようにして、闇に溶けるようにして消えた。
「トルトさん、あの人は一体だれなんですか?!」
「なんであんたにそっくりな奴が敵にいるんだよ!?」
「待ってください。それよりも」
二人からの矢継ぎ早の質問を手で制して、トルトは杖を掲げた。
「虹幕」
杖を回すと、先端から光の粒子が現れ、虹の幕を作って大きなドームになって妖精の城の周辺を覆った。
「光の柱が壊されてしまったので。これで大丈夫なはずです」
大きな魔法を使ったせいか、少し息を切らせながらトルトが言った。
「さぁ、城に帰りましょう。ナイト様、ミレイ様。詳しくは食事をしながらお話ししましょう」
疲れたような顔をして微笑むトルトの言葉に、二人のお腹が音を立てた。
そういえば美玲はお腹が空いて目が覚めたのだった。
途端に力が抜けたようにため息が出て、地面に座り込んだ。そして美玲と市原はそれぞれの精霊に抱えられ、妖精たちと共に城へと帰還したのだった。





