夜の闇が広がる場所で
かれんと志田を連れて黒衣の人物が向かった場所とは…?
そこは墨のような夜の闇が広がる場所だ。
だが完璧な闇ではない。ところどころに群生した水晶群が淡い光を放ち、足元の道と周囲を照らしている。
かれんと志田を抱えた黒の装束の人物は、気を失っている二人を抱え、小さな水晶群が作る淡い光の道を進んでいた。
そして突き当たりにある、人一人が入りそうな大きな赤と黄色の水晶の中に一人ずつ入れると、ようやく顔を覆っていた布をとった。
現れたのは、月のように輝く白銀の髪を肩まで伸ばし、星のような青い瞳を持った美しい女性だった。
だが女性は整った顔に思いつめたような表情を浮かべ、額に手を当てて深いため息をついた。
「女王を奪われたか」
「我が主」
突然聞こえてきた低い声に慌てて振り返り、女性はその場に跪いた。
声の主は靴音を響かせて彼女に近づいてくる。
「申し訳ございません。炎帝が暴走いたしまして。子どもたちを連れ帰ることを優先いたしましたため、女王を奪われてしまいました…」
靴音が女性の近くで止まる。だが彼女が主と呼んだ者の姿は闇の中にあり、全く見ることはできなかった。
「暴走だと?なぜ」
姿が見えない主の声音から怒りと苛立ちを感じ取った彼女は緊張し、更に深く頭を下げ、注意深く言葉を続けた。
「は、人の子の中に、水皇を使役するものがいたようで…」
女性は見たままを報告した。
二人の子どもたちが妖精の騎士とともにあらわれたこと、その子どもたちもまた上級精霊を使役していたこと、炎帝と水皇の争いを、だ。
「水皇が相手では不利、であったか…。それに風主までもとはな」
どちらも今は女性の背後にある、大きな水晶の中で眠る子どもたちが使役する炎帝と地王それぞれの弱点属性だ。
しかも戦場となったのは霧の深いシラギリの森だ。水の要素がふんだんにあるという不利な状況で、短気な炎帝が暴走したのは仕方ないことだったのだろう。
「はい…」
主の声音から怒りが消えたことに安堵して、女性は緊張を解いた。
「ならば、良い」
「は?」
良い、という言葉の意味がわからず、女性は首を傾げた。
「全ての上級精霊が出現した事を知れただけでも収穫だ。どうせ、こちらの子どもたちがいなければ、あちらも女王を目覚めさせることは叶うまい。機を見て今度は女王とともにあちらの子どもたちもさらえば良いだけのことよ」
そうすれば妖精の国など一息に奪えるだろう、そう言って笑い声とともに靴音が遠ざかっていった。
残された女性は立ち上がり、水晶の中で眠る子どもたちを見上げた。
「今はゆっくりお休み。次は負けさせないよ」
そう呟いて踵を返し、女性もまた、部屋を後にしたのだった。





