【第2話 花壇に水やりしよう】
グラウンドの脇にある、4ー3の看板が立てられているのが美玲たちのクラスの花壇だ。
そこには色とりどりの花が咲いている。
サルビアやマリーゴールドなどといった小さなものから、カンナなどの大きな花も咲いている。
夏の花壇は賑やかだ。
緑色のホースを低学年のベランダにある水道につけ、美玲は花壇のそばまで降りた。
かれんは水道の蛇口をひねる係である。服が汚れないですむからだ。
美玲はかれんに合図して水を出してもらう。ホースの口を潰して水を霧状にしてふりまく。水滴が陽の光を通して虹を作った。
「市原君、カッコいい……」
花壇の向こうのグラウンドでは、男子たちが暑いというのにサッカーを楽しんでいるのが見える。
かれんはその中に憧れの市原の姿を見つけてから浮かれっぱなしだった。
髪型が崩れるからと帽子をかぶってこなかったかれんは、水道の蛇口をひねると、ベランダの日陰になっている部分に座り、男子たちの様子を眺めていた。
「もう水止めていいよ」
「うん……」
かれんは頷き、蛇口の前まで移動したが、視線を市原に向けたままで一向にひねろうとしない。
仕方なく美玲は出しっぱなしのホースを置くと自分で蛇口をひねりに行った。
「水、飲んでもいいか?」
「きゃっ!」
驚いたかれんの声に振り返ると、顔がまるでトマトのように赤くなっていた。
彼女の視線をたどると、なるほど、とため息が出た。
そこにはさっきまでサッカーボールを蹴っていた市原と、その友人たちが立っていたのだ。
男子たちは汗だくで、場所を譲ると水道の水をガブガブ飲んだ。中には頭に水をかける男子もいる。
市原は一番仲のいい志田悟と水道の蛇口を抑えて水を飛ばしあってふざけている。
そんな様子をうっとりと眺めるかれんの目にはハートマークが浮かんでいるようだ。
男子たちには構わず、美玲は花壇まで降りるとホースをまとめはじめた。
結局、当番の仕事は美玲一人でやったようなものだ。
かれんはといえば、最初に水道の蛇口をひねったくらいで、それからは腰掛けて市原を目で追っかけていただけである。
もう少し作業をして欲しかったが、市原に目を奪われていたかれんには美玲の言葉は右から左に抜けていっただろう。
「おい、永倉」
何度目かの重い溜息をついたとき、志田に声をかけられた。
美玲よりも頭一つ分くらい高い彼を見上げると、首から上が水でびしょ濡れだった。毛先からは水滴が滴っている。
「な、なに?」
男子と喋る機会が一学期の中でも数えるくらいしかない美玲は緊張した。
しかも市原と人気を競い合うほどの志田から声をかけられたからさらに緊張した。
だが、次に志田からかけられた言葉は予想もしなかったものであった。
「それで俺たちに水まいてくれよ」
「え?!」
「な、いいだろ?スッゲー暑いんだもん」
志田の後ろにいる男子たちからもやってくれ、との声が上がっている。もちろん、志田からもだ。
「えー、でももう水やり終わったし……」
早く帰りたいし面倒なことは嫌だと友人を見た。しかし……。
「そんなことないよ。ほら、あのへんの水やりがまだ終わっていないよ」
かれんが示したのは隣のクラスの花壇だ。なぜわざわざ他のクラスの花壇にまで水を撒かねばならないのだ。
「水のやりすぎは花にも良くないんだよ」
ここで男子たちに向けてまいたら花壇にまでかかってしまう。
「こんなに暑いんだから大丈夫だよ。ね?美玲」
「久瀬いいこという!」
かれんの言葉に市原が手を叩くと、他の男子たちもそれに習って叩き出す。
かれんは市原に声をかけられ真っ赤になって照れ臭そうに笑っている。
「じゃあさ、グラウンドに向けてまけばいんじゃね?」
志田はそう言って美玲にホースをもたせた。見上げると少し吊り気味の目がいたずらっぽくわらっている。
「家に帰って麦茶飲みたいのに……」
「まあまあ、一回だけだからさ」
しぶしぶ美玲がグラウンドにホースを向けると、かれんが蛇口をひねる。
それを男子たちに向けると、彼らは奇声をあげて一斉にグラウンドの水が届く範囲に散らばった。