夏休みに妖精の国を救いました!⑪
パーティーが終わってから数日後、いよいよ美玲たちの世界へゲートを開く日になった。
それは妖精の国の月が満月になる日。
月が最も輝き、太陽の光の力も増すこの日を精霊王は選んだ。
美玲たちは身支度を整え、光柱の間へと降りていた。
「とうとうこの日が来ちゃったね……」
「寂しいな……」
美玲の呟きに市原が頷く。
ここは以前、先代水天によってここから元の世界に強制的に返された場所だ。
その場所には今日、美玲たちを見送ろうとたくさんの妖精と精霊たちが詰めかけていた。
「四英雄さまがいらしたぞ!!」
光柱の間に入った四人を見つけた誰がが叫ぶと、そこは歓声につつまれる。
「すごい……」
「ど、どうする?」
その歓声の大きさに四人は驚き、顔を見合わせる。
小学校の、陸上大会に行く六年生たちへの壮行会で送る全校児童の声よりも大きな歓声だ。
「と、とりあえず、手を振ってみる?」
「う、うん、そうだね」
確か六年生たちもそうしていたと、かれんのアイデアで四人が手を振ると、その歓声は一層大きくなる。
「六年生たちってこんな気持ちだったのかな……」
嬉しいような、どこか恥ずかしいような。
少しくすぐったい気持ちで、四人は迫力に圧倒されながらユンリルたちが待つ中央へと向かった。
そこにはゲートを開くために精霊王に連れられたティンクルとピンクルも待っていた。
「やぁ、久しぶりだねキミたち」
最初に声をかけてきたのはティンクルだった。
「ごきげんよう、皆さん」
ピンクルもスカートの裾をつまんでお辞儀をする。
「久しぶり……」
二人を前にして元の世界に帰るのを強く実感した四人は寂しくて、返す言葉には元気がない。
『どうした、大丈夫か?』
精霊王がミアラと連れ立って四人を伺う。
「大丈夫。なんだか寂しいなって……」
「ミレイちゃん……」
美玲はフレイズからもらったネックレスに飾られた風晶石に触れた。
ミアラは美玲を抱きしめて言う。
「私もサシェも寂しいわ……でもあなたたちを待っている人たちがいる、そうでしょう?」
「うん……」
美玲が一番に思い出したのは妹の舞花だ。
このまま美玲が戻らなかったらきっと、泣かせてしまう。
両親と祖父母にも心配をかけてしまう。
「大丈夫、また会えるわ。精霊界と妖精の国もまた繋がれたんだもの。ミレイちゃんたちとの世界とも、また必ず繋がれるわ」
「うん。ありがとう、ミアラ。元気でね。精霊王も」
『ああ、俺も息子と共に世界を繋ぐため力を尽くそう』
「そっか、二人ががんばってくれるなら頼もしいね」
かれんが手を叩いて言う。
精霊界のトップクラスが力を貸してくれるのだ。いつか本当に、妖精の国と人間の世界を自由に行き来できるようになる気がする。
「ティンクルとピンクルのゲートで行き来するとかはできないのか?」
「それができたらいいんだけどね」
「まだまだわたくしたちは力不足ですわ」
市原の疑問に二人は苦笑いをする。
『この二人の世界を繋ぐ術は、マナを使う古代妖精のものだ。いまは昔ほど妖精の国にマナはないから、行き来は難しいだろうな……』
バライダルが説明をするが、四人はポカンと口を開け首を傾げる。
「へー」
『お前たちには少し難しい話だったか……』
とりあえず頷いた四人に、バライダルは頭をかいて残念そうに言う。
「だ、大丈夫、無理だっていうのはわかったから!」
志田の言葉に更に少し落ち込んだ様子のバライダルを慰めて、ユンリルが前に出る。
「みなさま、今日までお力をお貸しくださりありがとうございました。心から感謝いたします」
ユンリルが言うと、その場にいる全ての妖精と精霊たちがあたまをさげる。
「いえ、あたしたちこそ……」
やっぱり寂しい。
四人は声が震えて続く言葉が出てこない。
「それじゃ、ゲートを開くよ」
『父上、我らも』
『ああ』
ティンクルの言葉に、いよいよなんだ、と四人は緊張する。
ティンクルとピンクルは両腕を挙げ、呪文を唱え始めた。
バライダルと精霊王も二人にサポートでマナを送るため、バライダルはティンクル、精霊王はピンクルの肩に手を置いた。
「皆さま」
トルトが声をかける。
彼女は羽根を二枚失った痛みがまだ強いのか、杖をつきジャニファとネフティに支えながらやってきた。
「本当に、そっくりですね……」
かれんがため息をつきながら言う。
双子のジャニファとトルトは鏡に写したかのように同じ顔をしている。
違うのは服装と髪型。
それまで同じだったら誰にも見分けられないくらいだ。
以前、バライダルが妖精の国と敵対していると言われていた時は、それを利用してトルトに化けたジャニファが妖精の城に侵入したことがある。
「双子だからな」
ジャニファの言葉にトルトが笑う。笑い方まで一緒だ。
「トルトさん、痛みは大丈夫ですか?」
かれんが心配そうに言う。
「ご心配ありがとうございます。大丈夫、とは言えませんが、この傷はいずれ治るものです。それに、これはポワン時期女王の治癒術の修行にもなりますので好都合なのですよ」
チラリとポワンを見て、トルトが笑うと、ポワンはトルトの視線に首を傾げている。
トルトは四人に向き直ると、にこやかな表情を引き締め、真面目な顔をした。
「四英雄さま、先代水天から私を解放してくださりありがとうございました。先日はちゃんとお礼が言えず申し訳ありません。あのまま水天とともに三界を滅ぼしていたかと思うと……」
「トルト……」
「お姉様」
「滅びなかったからよかったじゃないですか」
志田が言うが、トルトの表情から苦しみは消えない。
彼女は水天とのことを悔やみながらこれからも生きていくのかと思うと、四人は悲しい気持ちになった。
「そうそう、それに、前にも言ったけど、トルトさんが水天の動きを止めていてくれたから、うまく行ったんだよ」
かれんも志田の言葉に頷いて言う。
「負けた時、終わったことをクヨクヨしてても仕方ない、気持ちを切り替えるのが大切だって、俺たちのコーチ……先生も言ってたからな」
「それに、もうあの水天は消えたんですから、もう大丈夫ですよ!また何か起きたら俺たちを呼んでください」
志田と市原が言うと、トルトは首を振った。
「いいえ、申し出はありがたいのですが……妖精の国の危機は妖精たちで解決すべきでした。異界の、しかもまだ幼いあなた方を巻き込み危険に晒したことを、情けなく、申し訳なく思っております」
「そんなこと、言わないでください」
「美玲……」
「あたしは妖精の国に来れてよかった。戦うのは確かに大変だったけど、騎士団のみなさんや、フレイズが守ってくれました。それに水皇、ミアラや精霊王……たくさんの人とたちにも会えたから、楽しかったです」
「俺も。妖精の国に一人で着いた時は心細かったけど、ポワンやお城のみんながいてくれたから永倉と合流するまで一人でも楽しくすごせました」
「私だって、この世界で尊敬するジャニファさんにも出会えたし、まさか魔法が使えるようになるなんて夢みたいでした!」
かれんがうっとりとして言う。
「俺も、ジルビアさんやネフティさんからいろんなことを教えてもらったし、精霊石とか、俺たちの世界にない面白いものがたくさん見れてとても楽しかった」
「サトル君……!」
志田の言葉に感極まったネフティが口を抑える。
「あたしたちはたくさんのことを経験させてもらえて、妖精の国に来られてよかったと思うんです」
「それに、何も知らないまま世界が崩壊してたらって思うと、そっちの方が怖いしな」
ははは、と市原が笑って言うと、美玲たちも笑う。
もう終わったことだから、笑って話せるのだ。
「だから、トルトさん。あたしたちをこの世界に呼んでくれてありがとうございます。たとえそれが水天に操られてのことだとしても」
「また大変なことが起きたら──いや、起きなくても呼んでもらえたら嬉しいよな」
「うん。またみんなに会いたいもんね」
志田が照れくさそうに頭をかいて言うと、美玲たちも同じだとうなずく。
「何かあったらあたしたちを呼んでください。あたしたちは現四天の巫女と覡です。妖精の皆さんとあたしたちと、精霊さんたち、四天と力を合わせて、今回みたいに解決していけたらいいのかな、と思うんです」
「そうそう、だって私たちは元は一つの世界の仲間なんですもの!」
「だから遠慮なく、俺たちを呼んでください」
「皆さま……!」
「あ、でも俺たちの世界でも何か起きたらたすけてくれたらうれしいな」
「はい、その時は必ず」
市原の言葉にトルトは力強く頷いた。
「四英雄の皆さま……感謝いたします。もしそのようなことがあればまた、お力をお貸しください。そちらの世界が危機に陥る時はこちらも力を尽くしましょう。そのためにはこれから人の世界との交流を復活できるよう、私トルトは時期女王と共に力を尽くします」
「もちろん、私とネフティも、な!」
「あったりまえでしょ。本気出すからね」
ジャニファとネフティも頷く。
「みんな、ゲートが開いたよ」
そこへ、ティンクルが声をかける。
ハッとして、その場にいた誰もがゲートを見ると、渦巻く光の向こうに美玲たちの小学校の校庭が見えた。
「──あれが人の世界……」
トルトをはじめとして妖精たちは息を呑んでその光景を見ている。
「あたしたちの学校、詩葉小学校です」
「俺たちは“しる小”って呼んでる」
「白いところは校庭で、いつも遊んだり体育の勉強したり、畑で野菜を作ったりしてるんですよ」
「懐かしいなあ」
ああ、やっぱり帰りたい。
心が決まり、四人はお互いを見て頷いた。
「皆さまありがとうございます、いずれまた、お目にかかれる日を楽しみにしています」
「またな」
「うう、四人も元気でね……グスッ」
感極まったネフティはぼろぼろ涙を流して鼻を啜っている。
「ほら泣くな。行くぞネフティ」
こころなしかジャニファも鼻声だ。
「ゔ、ゔん……っ」
しゃくりあげながらネフティはジャニファと共にトルトを支えてその場を離れた。
「みんな」
フレイズとポワンが四人の元へ来る。
「フレイズ……」
ああ、これを最後にもう会えないのだ、と切なさに美玲は唇を噛んだ。
フレイズは身を屈め、視点を四人に合わせた。
まっすぐに見つめてくる緑色の瞳。
その美しい目をもう見れないと思うと寂しくてたまらなくて。
その色を目に焼き付けようと美玲はフレイズを見ていた。
「何か困難なことがあったら思い出してほしい。きみたちは俺たち妖精と精霊の世界、それから君たちの世界を救った英雄なんだって」
「ええ。あなた方にはどんな困難も乗り越える力があるのだと、自信を持ってください」
「うん、ありがとう、フレイズ、ポワン」
四人はやっとのことでお礼の言葉を絞り出す。
「お身体にお気をつけて、お元気で……!」
「ポワンも女王修行頑張れよ!」
「お前たち、あまり無茶はするんじゃないぞ」
「ジャニファさんこそ、ネフティさんにあまり意地悪いっちゃダメだからね!素直にならないとダメだよ」
「ふふ、そうだな」
かれんの言葉にジャニファは苦笑いをする。
「君たちとは精霊石についてやランドラゴンのこととか、もっと語りたかったよ」
まだまだ語り足りないと、ネフティが拳を握る。
四人はパーティーが終わってから今日まで、ネフティの手が空いた時にはランドラゴンに乗せてもらってあちこちをまわったのだ。
「またいつか会えた時、ランドラゴンのことをもっと教えてください!」
すっかりランドラゴンの魅力に取り憑かれた志田は目を輝かせて言う。
「もちろん、それまでに新しいランドラゴンも見つけるからね!その時はまた、乗せてあげるよ」
「行こう」
「うん」
名残惜しいけれど、四人はゲートの向こうへと歩き出した。
『達者でな』
「バライダルもね」
『ずっと見守っているからな。何せ俺は陽光の精霊だからな。三界のどこにいても陽の光は届く』
「あ、それなら運動会とマラソン大会の日だけは雨でお願いね」
「永倉!」
運動会とマラソン大会が大嫌いな美玲が言うと、市原と志田から同時に嗜められた。
走るのが大好きな男子め、と美玲はため息をつく。
『そんな簡単なことでらいいのか?俺の真名を呼べば叶えてやるぞ』
「いえ大丈夫ですから。どうせ延期になって結局やるんで」
かれんが丁寧に断ると、美玲はがっかりした。
「マラソン大会とかは、終わらないとずっと練習が続くんだよ、嫌でしょ」
「そうなんだよねえ……はあ」
夏休みが終わったら大嫌いな運動会とマラソン大会。
「やっぱりあたし残ろうかな」
「美玲!」
「もー、冗談だって」
そんな美玲をみてティンクルとピンクルはクスクス笑った。
「キミなら大丈夫でしょ。がんばりなよ」
ティンクルは手を振って言う。
「わたくしたちを退けたのです。自信を持ってください」
ピンクルもニコニコとして言う。
「うん……」
「よーし、今度は皆でマラソンと運動会の特訓しような!」
「嫌だ〜……」
「諦めよう」
気合い十分な市原と志田に、美玲とかれんは肩を落とす。
顔を上げると眩しい光の向こうに、小学校の畑が見える。
こちらに来る直前までいた場所だ。
『お前たちを呼び出した場所に確実に戻す。心配せず進め。気をつけて行けよ』
バライダルたちが二人を手伝ったのは、そのためなのだろう。
「ありがとう、三界の四英雄さまー!」
『お元気で!!』
妖精と精霊たちが手を振り、口々に叫んでいる。
美玲たちも手振り返ってを振り、声を張り上げた。
「こちらこそありがとうございました!」
「お城のご飯も美味しかったです!」
「ドレスもとても嬉しかった、お化粧もです!!」
「ベッドも気持ちよかったです、ありがとう!!」
妖精の城では騎士団だけではなく、たくさんの人たちにお世話になったのだ。
戦いの時も何度も精霊たちに助けてもらった。
料理を作ってくれたコックさん、部屋を整えてくれるメイドさん、パーティーのドレスを作って着せてくれたりお化粧をしてくれたお針子やメイクの妖精さんたちなど、お礼を言いたいひとたちは沢山いる。
四人は大きく手を振ると、声を張り上げていった。
「またね!」
また会えると信じているから、さよならは言わない。
やがて四人を飲み込んだゲートは段々と小さくなり、消えた。
「行ってしまったな」
フレイズがポツリと呟いて、手首に巻いたミサンガに触れた。
美玲が心を込めて作ったたミサンガに、新しい願いをかける。
また再びあえるように。
「今は次元を別にしているけど、元は一つの世界だったんだから。きっとまた会えるわ」
「そうだね」
ポワンの言葉にフレイズは寂しそうな笑顔を浮かべた。
「私もそれまで、立派な女王になれるよう頑張らなきゃ……っ!」
「ポワンはナイトを驚かせたいんだよね?」
フレイズの言葉にポワンは顔を真っ赤にして、けれども決意を込めた力強い目を向けた。
「もちろん!そのためにがんばるわよ!」
「俺も頑張らないとなあ」
そう言って、フレイズとポワンはゲートの閉じた向こうを思い、しばらくの間眺めていた。