夏休みに妖精の国を救いました!⑨
ミサンガを入れたプレゼントを差し出した美玲は、フレイズにまた断られたらどうしよう、と不安に思ったが、それも取り越し苦労だったらしい。
もうフレイズは水天に操られているふりをする必要はないのだから。
「ありがとう」
フレイズはプレゼントを受け取るとすぐに包みを開き、ミサンガを取り出して嬉しそうに微笑んでくれた。
「これは何?すごくキレイだね……もしかして美玲が作ってくれたの?」
目を輝かせるフレイズに美玲は照れ臭くそうに頷いた。
「あたしたちの世界でミサンガって呼ばれてるものだよ。今学校でめっちゃ流行ってるんだ。腕とか足首とかにつけて、自然に切れたら願いがかなうって言われているの」
「願いが叶う……素敵だね」
ロマンチストなかれんはそういうのが好きだから、かれんの母親に一緒に習って美玲も簡単な三つ編みのものなら作れるようになったのだ。
「これを俺に?こんな素敵なもの、本当に貰っていいの?」
聞かれて、美玲はこくこくと頷いた。
口を開いたら心臓が飛び出してしまいそうだから、何も言わずに。いや、何も言えずに。
美玲がフレイズのために作ったミサンガを受け取ってもらえたから、もうそれで十分だった。
「つけてもらっていい?」
「えっ?あたしがつけるの?」
予想外のフレイズからの頼みに美玲は驚いて声を裏返らせ、慌てて口を押さえる。
「ミレイにつけて欲しいんだ。ミレイのことをいつでも思い出したいから」
「う、うん……じゃあ、どこにつけようか」
「どこって、このミサンガってつける位置は決まっていないの?」
「うん、足首につけている人もいるよ。つける位置によって意味が変わるんだって」
右手首が恋愛運、左手首が仕事運、利き足が勝負運、利き足と逆の足は金運だと、かれんの母親が言っていた。
そのことを聞いたフレイズはしばらく考え込み、うん、と頷いて美玲に向き直った。
「……右手にお願いしてもいいかな?」
「えっ、右、手……? うん、わかった……」
恋愛運だ、と美玲は複雑な気持ちになる。
フレイズには誰か気になる相手がいるのか、と顔を曇らせながらも、頼まれた通りフレイズの右手首にミサンガを結ぶ。
「はい、できたよ……フレイズの……願いが……
か、叶いますように……!」
美玲は小さな声で震えるように言った。
フレイズの好きなひとが自分だったら、なんて淡い期待をしながらも、そうではなかった方の想像をしてしまい、悲しくなる。
相手は誰だろう。美玲は今まで会った妖精たちを思い浮かべる。
(ポワンかな。でもポワンは市原のことが好きで。セレイルさん?もしかして.……ジャニファさん?)
それとも、妖精ではなく風精霊の誰かかもしれない。
フレイズは先代の風天が、風の力で生み出した、精霊に近い存在の妖精だ。
もしかしたら精霊の中に好意を寄せるほど親しい相手がいるかもしれない。
美玲と行き違ったのもその精霊に会いに行っていたからかもしれない。
そう思うと、だんだんと美玲の心は重くなってきた。
「ミレイ、ねえ、聞いて欲しいんだ」
「……なに?」
「俺の好きなひとのこと」
「……」
聞きたくない。でも口を開いたら涙もこぼれてきそうで、美玲は俯いたまま返事をせずにいた。
「そのひとはね、俺がずっと昔から見守ってきたひとなんだ。負けず嫌いの頑張り屋さんで、思いやりがあって……大変なことからも逃げずに諦めないで挑戦するひとなんだ」
「すごい……ひとなんだね」
「うん。初めて会った時は俺のこと不審者って言ってすごく警戒してたんだけどね。今では、こうして……俺のそばにいてくれて、プレゼントまでくれたんだよ」
「……?」
美玲にも心当たりがあることが出てきて、驚きに顔を挙げると、照れくさそうなフレイズと目が合った。
「ようやく顔を上げてくれたね」
泣きそうに潤んだ、その宝石のような緑の瞳には美玲が映っている。
美玲ただ一人だけが。
「好きだよ、ミレイ。俺の好きなひとは、ずっと昔から君ひとりだ。そしてこれからも、君以外に俺の心を渡す気はない」
美玲は驚きに目を瞬かせた。
ふわりと風が通り過ぎていく。
小さな頃から、美玲がよく遊びにいく公園の松の木を通して見守ってきた。
フレイズの目にはもう、美玲以外映らないのだ。
「ミレイが帰る前にどうしても伝えたかった。君が、ミレイが好き……大好きだって」
フレイズから何度も伝えられる「好き」と言う言葉に、美玲はようやくそれが自分に向けてのものだと理解することができた。
「でも勇気が出なくて……君がくれたミサンガの力を借りたんだ」
フレイズは自信なさそうに言う。
その瞳が潤み、揺れているのは不安のせいだと言うのがわかり、美玲は唇を引き結んだ。
美玲はフレイズのその不安を取り去りたいと考え、ベンチから勢いよく立ち上がった。
「あ、あたしも、あたしも好き!フレイズが好き!」
嬉しさと恥ずかしさから美玲が早口でいうと、フレイズは一瞬驚いた顔をして、それから泣き笑いのような笑顔を浮かべた。
「ミサンガ、結んだばかりで切れていないのに、願いが叶っちゃったなぁ」
フレイズは心底嬉しいと言うように笑い、ミサンガをまるで婚約指輪を見せるときのように掲げて言う。
「ありがとう、大切にするよ」
「……うん」
「じゃあ俺からも。約束していた風晶石のブレスレット。俺の瞳と同じこの石を、どうか君のそばに置いておいて。どこにいても、違う次元に離れていても、ミレイを守れるように」
「……ありがとう、フレイズ」
フレイズは跪いて美玲の左手首にブレスレットを通してくれた。
少し大粒の、多面カットやラウンドなど、いろいろな形の風晶石を連ねた明るい緑色をしたブレスレットだ。
「会場で風精霊や水精霊たちにも力を分けてもらってね、守りの力を強くしたんだ。ナイトたちの分もあとで渡しに行くよ」
結婚式の指輪交換のように、お互いの手首に送り合ったものを飾ると、恥ずかしいようなくすぐったいような、そんな気持ちに二人して顔を見合わせて笑った。
「それからもう一つ……」
「え?」
「ミレイだけに作った、特別なものがあるんだ。受け取ってくれると嬉しいな」
そう言ってフレイズが差し出したのは、多面カットされた、大粒の風晶石が一珠飾られたネックレスだった。
他の風晶石よりも色が濃くて、松の葉の色を思わせるものだ。
「綺麗……」
「やっぱり君には特別な物を贈りたくて。風精霊に協力してもらって探したんだ。これは最高純度の風晶石だよ」
城にいる時に会えなかったのはそのためだったのだ。
騎士の仕事が終わってからフレイズは風の道に行き、風精霊たちとこの石を探していたのだ。
覗き込むと、石の中では風が渦を巻いている様子も見える。
綺麗だけれど、これは凄まじい力を秘めた石なのではないだろうか。
こんなに高純度の風晶石は、もしかしたら風精霊たちの大切なものかもしれない。
「そんなすごいもの、いいの……?」
恐る恐る尋ねると、フレイズはにっこり笑って頷いた。
「つけてみようか」
そう言って、フレイズは美玲の首にネックレスをかけた。
少し恥ずかしくて、美玲はぎゅっと目を閉じていた。
「できた」
鎖骨の間に、きらりと光る風晶石。
美玲の白い肌に、その濃い緑の石はとてもよく映えていた。
「うん、とてもよく似合う」
フレイズは満足そうにうなずいて言った。
「仕上げをするね」
そう言ってフレイズは指先に風の光を集めて風晶石に触れた。
濃い緑の石の中央が金色に輝く。
「風天の力をここに分けたよ。君をここには留めて置けないから、せめて、俺のこの力を連れて行って……」
悲しそうな、思い詰めたようなフレイズの言葉に、美玲は頷いた。
「うん……ブレスレットも、このネックレスも、フレイズだと思って大切にするね」
フレイズは安心したように微笑み、美玲の手を握った。
「ねえ、ミレイ。もし君が大人になっても、俺のことを忘れないでいてくれたら、その時は……」
しかしフレイズは途中で言うのをやめてしまった。
首を傾げる美玲にフレイズは頷き、その頭を優しく撫でた。
「君にはこれからいろんな出会いもあるし、今は言わないでおくよ。俺はポワンと力を合わせて、必ず妖精界と人間界を繋ぐ方法を見つける。そして必ず君を迎えにいく。その時に、今の言葉を君にまた言うよ。だから返事はその時に聞かせてね」
「……わかった」
こくりと美玲がうなずくと、フレイズは微笑み、立ち上がった。
「それじゃあ行こうか、ミレイ」
手を伸ばして言うフレイズに、美玲は首を傾げた。
「行くって……どこに?」
「会場さ。せっかくだし踊ろうよ、一緒に」
「お、踊る?!でもあたし、踊りなんて知らないし……」
マイムマイムくらいしか知らない美玲には、ドレスを着て踊るようなダンスは知らない。
「妖精の国のダンスは人間の世界のとは違うよ。難しいステップもないし、ただ音楽に合わせて体を動かすだけでいいんだ。だから大丈夫だよ」
「でも……」
「俺がちゃんとリードするから、ね?せっかく可愛いドレスも着たし、おめかししたんだから楽しもうよ、一緒に」
「わっ!」
美玲はフレイズに横に抱き上げられ、驚いた。
お姫様抱っこされ、至近距離にフレイズの顔。
「ふぇ……っ」
それがだんだんと近づいてきて、コツンと額を当てられる。
心臓に悪い。
目を合わせているだけなのに、まるでその瞳の中に閉じ込められてしまったような感覚にいたたまれなくなった美玲は目を伏せ、フレイズから視線を逸らした。
「美玲は俺と踊るのは、嫌?」
少し悲しそうに聞くフレイズに、美玲はうつむいたままで首を振る。
美玲だってドレスを着てフレイズと踊ってみたい。
「ミレイ……ね?お願い、踊ろうよ」
低く甘い声でねだられると、ドキドキが早まり、一気に体温が上がる。
美玲はやっとのことでこくこくと頷いた。
「嬉しい……ありがとう」
フレイズの鼻の先が美玲の鼻の先に触れる。
驚いて顔を上げるとフレイズの嬉しそうな顔があり、美玲も嬉しくなって笑った。
「えへへ……踊ろう、たくさん」
「うん、それじゃあ……行こうか」
フレイズにお姫様抱っこされたまま、美玲はパーティー会場までひとっ飛び。
飛んでいる間、美玲は落ちないようにフレイズの首に手を回す。
一層距離が近くなって、フレイズから微かに香る少し甘い香りが少し恥ずかしくて、心地よかった。
前にもこうして空を飛んでくれたな、と美玲は懐かしく思った。
(ずっとこうして飛んでいたいな……)
「俺も、ずっとこうして一緒に飛んでいたいよ」
同じことを考えていたのか、それとも美玲が言葉に出して呟いていたのか。
驚いて見上げるとフレイズは困ったように笑っていた。
「でもダンスもミレイと一緒にしたいんだ。また後で飛ぼうね」
空のデート、と言われて途端に恥ずかしくなり、美玲は黙って頷いた。
楽団のすぐそばにあるダンスコーナーでは、妖精や精霊たちが思うまま、自由に体を動かしている。
どうやらフレイズのいうとおり、決まったステップはなさそうだった。
複数で手を繋いで踊る妖精や、思い思いに飛び回る精霊など様々だ。
二人は中庭の芝生の上に着地すると、フレイズはトレーを片付けてから、あらためて美玲に跪き、手を差し出した。
「俺と踊っていただけますか?」
物語のお姫様のように誘われ、美玲は気恥ずかしさからほおを手で押さえつつも、その差し出された手に自分の手を重ねた。
グローブ越しにフレイズの手の温もりが伝わってくる。
「はい、よろこんで」
その時、会場の音楽が変わった。
楽しそうな曲から少ししっとりとした曲に。
そうして美玲はフレイズに身を任せ、踊りの輪に入ったのだった。