夏休みに妖精の国を救いました!⑤
衣装も仕上がり、明日はいよいよパーティーという日の夕食後。
かれんは志田に誘われてジャニファとネフティのところに行ってしまい、美玲は部屋で手持ち無沙汰にしていた。
フレイズを探そうと思ったのだが、四元騎士団はパーティの準備が忙しいのか、そこに所属するフレイズとは全く会えず、ミサンガも渡せていない。
「いつ渡せるかなあー……」
出窓に腰掛け、ラッピングしたミサンガをつつきながら夜空を眺めていると、扉を叩く音がした。
「はーい、かれん?どうしたの、入らないの?」
かれんが戻ってきたのかと思った美玲が、ノックの音に答えて扉を開くと、そこにはかれんではなく、市原が居た。
志田がいないから市原も暇をしていたのだろう。遊びに来たのだろうか。
「市原も暇になっちゃった?今からうちらもジャニファさんたちのところに行く?」
美玲が聞くと市原は首を振った。
「行かないの?」
じゃあ何しにきたんだろう、と、美玲は首を傾げた。
「いや……あのさ永倉、今ちょっと話できるか?」
どこか緊張した様子の市原が言うので、もしかして志田とケンカでもしたのだろうかと美玲は心配した。
そういえばと思い出したのだが、ジャニファたちのところに行くとき、志田は市原を誘っていなかった。
「なに、どうしたの?志田とケンカした?」
「そうじゃなくて、……ちょっと歩かないか?」
「別にいいけど」
志田とケンカをしたわけでもない、となると市原はなにをしにきたのだろう。
美玲は首を傾げながらも、スタスタと進んでいく市原にあわててついていくのだった。
そうして二人がやって来たのは、噴水広場だった。
噴水の周りには花壇があり、色とりどりの花が咲いていて、それらは夜風に吹かれてサワサワと音を立てている。
「ここ、パーティーの手伝いの時に見つけてさ。綺麗だろ?永倉に見せたかったんだ」
「うん、とても……教えてくれてありがとうね」
月明かりを照らして噴水の水は七色に輝いていて、まるで宝石のようで、花の色と合わさり、とても神秘的な光景に見えた。
「あ、そういえば話って?」
しばらく噴水を眺めていた美玲だったが、市原の話を思い出してたずねると、市原は「あぁ」と言って美玲に向き直った。
「あのさ、永倉は……フレイズのことどう思っている?やっぱり、好き……なのか?」
「えっ、な、何、突然」
想像もしなかった言葉に、美玲の体温が一気に上がる。
美玲は暑くなって、手でパタパタと顔をあおいだ。
「俺は!」
「は、はいっ!」
突然の市原の大声に美玲は驚いて、きをつけをした。
少しの沈黙の後、美玲に真っ直ぐ視線を向けて、市原が口を開いた。
「俺は永倉のことが好きだ」
「……!」
真っ赤な顔をして泣きそうな震える声で言う市原に、美玲は驚きすぎて何も言えなかった。
噴水広場には風が花を揺らす音と噴水の水音しかきこえない。
「え……ど、どういうこと……な、なんで?」
やっとのことで返した言葉は疑問しか出てこなくて。
市原は困ったような顔をした。
「永倉、もしかして前に俺が言ったこと、忘れた?」
「え……?」
市原に言われた美玲は、思い出そうとしたけれども、市原の告白が衝撃すぎて何も考えられなかった。
「ティンクルとピンクルたちと戦った時、俺一度永倉に……言ったよな?」
「あ……っ!」
そう言えばあった。色々ありすぎてすっかり忘れていた。
悲凍原で美玲を危険を顧みず助けてくれた市原にどうして、と聞いたら、市原が「好きなやつを守るのに理由なんてあるかよ」と言ったのだ。
「わ、忘れてた……」
申し訳なさそうに美玲が「ごめん」というと、市原は少し悲しそうに笑った。
「仕方ないさ……色々あったもんな」
でも学年で志田と一、二を争うモテ男子の市原がそんなことを言うなんて、どうしても美玲は信じられなかった。
何かの罰ゲーム?そんなふうにも思うが、今まで妖精の国で一緒に過ごしてきて、市原はそんなことをする男子ではないと美玲は知っている。
「でも、なんで……?」
市原の真剣な表情に、美玲はどう言ったらいいかわからず、疑問を口にすることしかできない。
「俺とちゃんと話してくれる女子、永倉だけだったからさ」
「そうだっけ?他にもいたと思うけど……」
学年の女子全員が全員、市原と志田のファンクラブに入っているわけでもない。
市原に興味のない女子なら美玲以外にもいたはずだ。
しかし市原は首を振った。
「二年の頃、校外学習で水族館行っただろ」
「あ、うん、あったね」
その時かれんと一緒に市原と同じ班になったのがきっかけで、かれんは市原を好きになったのだ。
「他の女子は班でなにを調べるかって話を俺がしていても、よく内容を覚えていないとか、ぼーっとしてるとかだったけど、永倉だけがまともに話してくれたんだよ。永倉は覚えてないかもしれないけど、そのおかげで色々決めることができて、俺班長だったからとても助かったんだよな」
美玲はそんなことあったっけ?と言いたくなったが黙った。
正直にいうと、美玲はかれんが興奮していたことくらいしか覚えていない。
「永倉はちゃんと俺と目を合わせて話してくれた。その時からずっと、俺は永倉のことが好きなんだ」
「市原……」
「だから、妖精の国で永倉とたくさん話せて、俺、とても嬉しかったし、楽しかった」
照れくさそうに言う市原に、美玲は言葉が出てこなくてうつむいた。
市原のことは好きだ。
妖精の国で何度か市原に対してドキドキしたこともある。
でもそれ以上に、今の美玲の心を埋めるのは市原ではない。
そのことをちゃんと言わないと、と思って、美玲は決意して顔を上げた。
「市原、あたしは……」
「永倉がフレイズのことを好きなのは知ってる」
「えっ、なんで……っ?!」
「さっきの反応見てればわかるよ」
そんなにわかりやすい反応をしていたかと思うと、美玲は顔から火が出そうな気持ちになった。
「別に永倉が俺のこと好きじゃなくてもいいんだ。ただ……その、永倉には俺の気持ちを知っていて欲しかったから……」
「ごめん、市原……」
「謝ることじゃないだろ」
うなだれる美玲に市原が笑って言う。
「まあ、俺たちはまだ小四だからな。大人になるまで時間はたくさんあるし、永倉を簡単には諦めないってことも知って欲しい」
「え……?」
ふと見ると、市原が真剣な表情をしていて、美玲は何もいえなかった。
「俺が言いたかったのはそれだけだから。ごめんな、いきなりこんな話して……そろそろ戻ろうか」
「う、うん……」
言うことを言ってスッキリしたような市原は普段通りで、それが何となく申し訳ない気持ちになった美玲は、市原に頷くのが精一杯だった。
一方、志田に誘われたかれんはジャニファとネフティの工房で精霊石の研磨作業をしていた。
かれんは火晶石、志田は地晶石をもち、黙々と作業をしている。
ネフティから渡された道具で原石を何度か擦って洗ってを繰り返すと、だんだん精霊石は輝き始めた。
「ねえ志田くん、何か企んでるでしょ」
かれんは研磨を仕上げると、手を止めて志田に言う。
「企んでいるって、何が?」
志田も手を止めて首を傾げる。その表情はいつもと同じ穏やかなもので、隠し事をしているようには見えない。
「そうだね、んー……市原くんの告白大作戦とか」
「久瀬……知ってたの?」
かれんの答えに志田は驚いた顔でいう。
まさかかれんに当てられるとは思わなかったのだろう。
「女の勘ってやつ?だって食後に私だけ工房に誘って、美玲と市原くんだけ残してわざと二人きりにさせるなんて何かあるって思うでしょ。まぁ美玲はわからなさそうだったけど……」
あちらに戻れば学校はまだ夏休み。
連絡網がなくなった今では相手の電話番号なんて知らないだろうし、偶然を装って会うため学校のグララウンドで毎日遊ぶわけにも行かない。
学校が始まったら他のクラスメイトの目があるから市原が美玲に告白するのは難しそう。
だから志田は、親友のためにかれんを誘い美玲と市原を二人きりにさせるために一肌脱いだのだろう、というのがかれんの予想だった。
「へえ、久瀬は鋭いな」
志田は感心して笑った。
「どう?探偵みたいでしょ」
得意げにかれんがいうと、ふと真面目な顔をして志田がじっとかれんを見つめた。
「ど、どうしたの?」
いきなり黙ってしまった志田に、何か変なことを言ったのだろうか、とかれんは慌てた。
「久瀬」
「な、何?」
なにか怒らせてしまったのかな、と志田の静かな声にかれんは身構えた。
「俺が久瀬とこうして二人になりたかったとは考えないの?」
「へっ?」
頬杖をつきながら言う志田に、かれんの声がうらがえる。
志田はにっこり笑った。
「市原の告白作戦のために誘ったって言うのも本当なんだけどさ、俺が久瀬と一緒にいたかったんだ」
「えと、それは……」
かれんの耳の中に心臓の音が響く。
「久瀬はいつも永倉のことを気にしてばかりだし、市原のこと見てばかりだったから……たまには俺のことも少しは気にして欲しかったんだ」
「そんな、たまには、だなんて……」
志田はかれんの気持ちを知っているのだろうか。
「……で、今はどっち?市原と俺、どっちが気になっているの?俺は久瀬のこと好きだからめっちゃ気になるけど」
「す!?!?」
志田の質問にかれんは顔を真っ赤にした。
(これ、志田くん絶対にわかってて言ってるでしょ……!)
かれんが市原のことを好きだったことと、今は志田のことが好きだと言うことも。
「教えて?久瀬は市原と俺、どっちが好き?」
志田か首を傾げながら問うと、顔をさらに真っ赤にしたかれんは観念したように答えた。
「……志田くんです……!」
かれんの答えに志田はとても嬉しそうに笑った。
「ねえジャニファ、あの子たち僕らがいるの忘れてるだろ……二人きりとか言ってるの聞こえたんだけど」
工房のキッチンで、息抜きのお茶を用意していたネフティが暖簾越しに二人の様子を伺いながら言う。
「野暮なことは言うなよネフティ。可愛いじゃないか」
お茶菓子のクッキーを缶から出しながらジャニファは苦笑した。
「うーん、お茶はもう少し待ってから出そうか……」
「お前にしては珍しく空気を読んだな」
ジャニファはそう言ってネフティの肩を叩くと、クッキーを一口齧って笑った。