夏休みに妖精の国を救いました!③
ユンリルは目覚めたばかりなのに、もう新しい女王だなんて一体どうして、と四人は戸惑った。
「ええ、こちらへ……」
ユンリルに呼ばれて進み出たのは、四人の誰ひとり想像していなかった人物だった。
それは、四人がよく知る妖精。
栗色の髪をツインテールにして、水色のリボンで飾った小柄な妖精だ。
「ポワン?!ポワンが次の女王様なの?!」
美玲は驚いて声を裏返らせた。
「はい、どうやらそのようです……」
ポワンは少し恥ずかしそうに人差し指を突き合わせながら言った。
ユンリルはポワンの肩に手を置いた。
「女王になる妖精には、時期が来ると蓮の花を使う魔法が宿ると言われています」
「あ、確かに、ポワン、蓮の花の魔法使ってたよな」
城でジャニファと戦った時に蓮の花の魔法をポワンが使っていたのを思い出した市原はポンと手を叩いた。
ユンリルの隣に立つポワンは、おずおずと前に進み出て市原を見上げた。
「な、なんだよ……」
どこか熱のこもった視線に、市原は居心地悪そうに頭をかいた。
「あの、ナイト様……っ!」
「ど、どうした?」
「ナイト様……どうか、ポワンにお言葉をいただけませんか?」
「言葉?」
予想外の言葉に市原は首を傾げた。
「ナ……ナイト様が応援してくださったら、ポワンはきっと、女王の修行も頑張れます」
頬を赤くして、緊張からか涙目になりながらポワンが言う。
志田が「ほら」、と促すように市原の背を軽く叩いた。
「え、あー……ほんとに俺でいいの?じゃあ……ごほん」
市原は全校朝会の校長先生みたいに咳払いをひとつして、ポワンをまっすぐ見つめた。
ポワンの頬がより一層赤く染まって、市原以外はポワンが水天の呪いを受けてしまった理由を知った。
そんなことに気づかない市原は、にまっと笑い、ポワンの肩をポンと叩いた。
「ポワン、俺も勉強とか運動とかたくさん頑張るから、ポワンも女王の勉強がんばれよ!」
「はい……ナイト様……っ私、ポワンは立派な女王になります。そして、そしていつか、人間の世界とも隔たりも消し、昔のように妖精、精霊、人間が一緒に過ごせる世界にしたいです」
「それ、すげえな!そうしたらまたみんなでこうやって会えるもんな!ポワン、応援するからがんばれ!あ、でも無理はダメだからな!俺も……」
市原は言葉を切り、美玲たちを振り返ってからポワンに向き直った。
「俺たちも自分たちができること、少しずつがんばるから、な!」
「はいっ!ありがとうございます!」
ポワンの元気な返事に市原は照れ臭そうに笑った。
「でも本当に困りましたわ。トルト、本当に記録官をしていただけないのですか?あなたの魔法の知識は時期女王のポワンにも必要なのですが……」
「恐れながら、ポワン次期女王様には女王陛下ご自身でご教授なさればよろしいのでは……」
トルトが言うと、ユンリルは困ったように首を振る。
「私には知識はありますが、実際に使えない属性がありますから。その点、あなたは全ての属性を使えますし」
トルトの方が実際に使って見せられるからと、ユンリルは言う。
「トルト様、私からもお願いします。私、たくさんお勉強がんばりたいです!トルト様の知っていることを私に教えてください!」
「いえ……でも……」
「お願いしますっ!」
「でも私は……」
困ったように俯くトルトにユンリルは身をかがめ、その肩に手を置いた。
「あなたも水天にだまされた、被害者なのです。自分を罰するより、どうか妖精の国のこれからのために力を貸してくれませんか?」
「陛下……わかりました」
「それではお受けしてくださるのですね!ありがとうございます!私、頑張ります!」
ポワンは目を輝かせて言った。
「こちらこそよろしくお願いします」
トルトは困ったように笑いながら頭を下げた。
ジャニファとネフティも、トルトがどこにも行かないことに安心したように息を吐いた。
「女王陛下、一つお願いがございます。忠誠の証として私の後翅を受け取っていただきたいのです」
「後翅を!?」
「お姉様、それは……」
ネフティとジャニファが止める間も無く、トルトは素早く自分の羽根の下2枚をちぎり、ユンリルの目の前に置いた。
光る鱗粉を巻いていた上翅のみになったトルトの羽根は輝きを失い、ただの羽根になった。
声にならない悲鳴がジャニファから上がる。
だがトルトは涼しい顔をして真っ直ぐユンリルを見上げている。
「い、痛くないのかな……?」
「痛いに決まってるだろう……」
かれんにジャニファが茫然として言う。
「……わかりました。お預かりしましょう」
ユンリルはリストレットから出した光の球の中にトルトの後翅をしまった。
トルトはポワンに向き直り、頭を下げた。
「これで私は飛翔もできず、魔力は三分の一になりますが、教えることに支障はないでしょう。自分の罪の償いと思い、精一杯努めさせていただきます」
「ありがとうございます、トルト様。まずは傷の手当てをいたしましょう。ポワン」
「は、ハイっ!」
ユンリルに促され、無理に頼んだ自分のせいだと半泣きのポワンが治癒魔法をつかう。
「ありがとうございます。もう痛くありません
から……」
「私が、……トルト様ごめんなさい、でも私はあなたから……あなたのような優秀な使い手の方から学びたいのです……っ!」
ごめんなさいと謝り続けるポワンに、トルトは微笑んだ。
「これは私なりのケジメなのです。ポワン時期女王様の頼みとは関係ありません」
「でも……っ!」
「治してくださりありがとうございます。おかげであなたの魔力の動きとくせも少しわかりました」
「ふぇ……っ?」
「諸事落ち着きましたら、女王陛下と相談して指導の方を始めさせていただきますね」
「は、はい……っ!」
指導者の顔を覗かせて、にっこりとトルトは微笑んだ。
ポワンは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに嬉しそうに頷いた。
「さあ、ポワン。蓮の力でこの城を元に戻しましょう」
「はいっ!」
ユンリルに促され、ポワンが立ち上がった。
二人が祈ると、城が鼓動を打つように規則的に光り始める。
やがてその光は強さを増していき、一瞬閃光を放ったように強くなった。
驚く間も無く光は収まり、周りを見渡すと謁見の間に落ちていた瓦礫などは全てなくなり、壁も柱も綺麗に直っていた。
「すごい……」
美玲は辺りを見回し驚きつぶやいた。
「あっという間に綺麗になっちゃったね」
「うん」
かれんの言葉に美玲は頷く。
「よく頑張りましたね、ポワン」
「は、はい。なんとか……」
肩で息をつきながら、ポワンはユンリルに答える。
「すげーなポワン!あっという間に治ったじゃん!」
「え、えへへ……」
興奮気味の市原に、ポワンは照れ臭そうに頭をかいた。
「みなさまには準備が整うまで、自由に過ごしていただいて構いません。まずは軽いお食事でも……」
そういえばネフティを探してそのまま来たから、何も食べていなかった。
ユンリルの言葉でそのことを思い出した四人はお腹をさすった。
けれども、それより先にやりたいことが四人にはあった。
「うーん、ご飯もいいけど、今は……」
「うん。先に」
美玲の言葉にかれんが頷く。
瞼がだんだん重くなってきて、あくびがたくさん出てくる。
全て片付いたことに安心して、ドッと疲れが出てきたのだ。
美玲とかれんだけでなく、市原と志田もウトウトしている。
「そうだな……まずは」
「寝たい……です」
市原に次いで志田の言葉を最後に、そのまま四人は倒れるようにして深い眠りについたのだった。





