夏休みに妖精の国をすくいました!②
謁見の間に残ったのはユンリルとバライダル、精霊王とミアラ。
それから美玲たちの衣装のサイズを取る数名のお針子妖精たちと、まだ動けないトルトとジャニファだ。
「採寸が終わったら、皆さまはゆっくり体を休めてください。準備が整いましたらお呼びしますので」
「は、はい……!」
ユンリルに言われ、されるがまま採寸されている四人はぺこぺこ頷くと、動かないようにと妖精たちから注意をされてしまった。
「そういえばネフティさんは?志田くん、見かけた?」
「いや、俺は見てないけど……」
かれんに言われて、そういえばと謁見の間に残っている妖精たちの中にいないかと美玲も探してみたが、残っているのは美玲たちのサイズを測っているお針子の妖精たちだけ。
ネフティはどこをさがしても見つからなかった。
「ジャニファ!」
その時、ちょうど噂をしていたネフティが叫びながら飛び込んできた。
「ジャニファ、よかった無事で!!みんなとここまできたんだけど、騎士団がたくさんで通れなかったんだよ。やっとそばにこれた!!」
ネフティは座り込んでいるジャニファをキツく抱きしめ、よかった、よかったと泣いている。
「ネフティ……苦しい……キツい」
「相変わらずね、ネフティ」
ネフティの腕を叩くジャニファの膝の上で、まだ体力が戻らないため横になったままのトルトが笑って言った。
「へ?君は……もしかしてトルトかい?!正気に戻ったんだね!っていうかジャニファ!君の姿……っ!」
「あーうるさいめんどくさい」
元の姿に戻ったジャニファに驚くネフティに、ジャニファがうんざりした声で頭をかいていう。
でもその表情はどこか嬉しそうだ。
それまで静かに見守っていたユンリルはトルトの元へとゆっくり進んだ。
「女王陛下!」
ユンリルに気づいたトルトは、慌ててジャニファの膝から離れてその場に平伏した。
ジャニファはトルトを支えながら、そしてネフティとともにその両隣に控える。
「そのままでかまいませんよ」
「いえ、……言い訳など致しません、処罰はなんでも受けます!」
そう言ってトルトは倒れ込むようにして床に頭をつけた。
ジャニファは慌ててトルトの体を支えた。
「恐れながら女王陛下、姉は……トルトは心身を乗っ取られながらも水天を倒すため尽力してくれました。どうか、どうかお慈悲を!」
「そうなんです!トルトさんは水天の動きを封じてくれたんです。そのおかげで
杖を奪えたし、記憶の書も……!」
「トルトさんは俺たちを助けてくれたんです。トルトさんの力がなければ、杖は奪えなかった……だから!」
採寸を中断したかれんと志田が駆けつけて必死に言うと、ユンリルは微笑んだ。
「知っておりますよ。全て記憶の書が記録していたので」
ユンリルが言うには、女王しか知らない場所……謁見の間の天井を飾るシャンデリアの飾りにひとつだけ記憶の書を紛れ込ませてあるのだという。
「もしもの時のスペアのようなものです」
メインの記憶の書にトラブルがあった時の予備で、その記憶の書の情報が、水天から奪った杖を破壊した時に元の記憶の書の情報と共に全ての妖精たちの元へ届けられたのだと言う。
「そうですね……では、あなたにはこれまで通り……いえ、これまで以上に、記録官として尽力していただくことにしましょう」
視線を合わせるため身をかがめて言うユンリルの言葉に、トルトは表情を固くした。
「いえ……いいえ、とんでもございません!私より妹のジャニファをどうか記録官に!本来は彼女が記録官をするべきでした。私はそれを奪った身……戻れません」
首を振るトルトの言葉をユンリルは静かに聞いている。
「それに、封じられていた四天を目覚めさせ三界を危機に陥らせてしまうと言う過ちを犯した大罪人です。すぐにでもこの城を……いえ、国を去るつもりでおります」
「お姉様?!」
「すぐにだなんて……そんなにぼろぼろなのに、君はどこへ行く気だい?」
「どこへでも。私はこの国にいる資格がありませんから」
「お姉様……そんな……」
決意を込めたトルトの視線に本気を感じたジャニファは絶句した。
ユンリルはにこやかな表情を崩すことなく、トルトの発言に驚くジャニファへと視線を向ける。
「では、ジャニファにききます。あなたは記録官になる気はあるのですか?」
そう問われてジャニファは言葉に詰まった。
「わ、私は……」
正直に言って、ない。
昔受けた試験だって、トルトに付き合って受けただけだったのだから。
「あなたは魔法だけでなく武芸にも秀でているとバライダル殿から聞いております。私としては四元騎士団に入っていただきたいとも思っているのですが……」
「いえ、その……」
畳み掛けるように言うユンリルに、ジャニファはうつむいた。
姉の、トルトの望みは自分が奪った記録官の地位と仕事をジャニファに返すことだ。
でもジャニファは一つの場所でじっと作業をするよりも、やりたいことがあった。
ジャニファはチラリとネフティをみた。
「女王陛下、私は……」
答えに窮しているジャニファを庇うように、ネフティが口を開いた。
「恐れながら、女王陛下。ジャニファはこの後は私と各地を巡り精霊石の調査をする約束をしておりまして。彼女は記録官のお仕事はお受けできかねます」
「えっ、そうなの?!」
愛おしそうにジャニファを見つめるネフティの視線の意味に気づいたかれんだけが赤面して浮かれた声を出した。
美玲たちはかれんがどうして嬉しそうなのか不思議なようで首を傾げている。
「彼女はとても優秀な精霊石の加工師です。私は彼女と共に切磋琢磨して精霊石加工技術の腕を磨きたいのです」
「まあ……!それは素晴らしいですね。精霊石加工師は少ないです。優秀な加工師が増えるのはとても喜ばしいですわ」
「ネフティ……いや困る。私は常夜の国に帰るのだから……そんな、我が主の許しなく旅になんて……」
自分の意を汲んでくれたネフティに一瞬嬉しそうな顔をしたジャニファだったが、すぐに慌てて首を振った。
『ジャニファよ』
「は、我が主」
バライダルに呼びかけられたジャニファは控える。
そんなジャニファに近づいたバライダルは、彼女の頭を優しく撫でた。
『お前はもう夜の住人ではない。その輝く羽根と魔力に満ちた髪を取り戻し元の姿になった。もう夜に縛られる必要はない。その羽根でお前は自由に羽ばたいて良いのだ』
「……え……?」
驚き視線を上げたジャニファの目に映ったのは今まで見たことのない優しい笑みを浮かべた主の顔だった。
「では、私は……」
『自由になったのだよ』
ジャニファがバライダルの元にいたのは嫌々しかたなく、というわけではない。
ユンリルを救出するための活動以外は元々自由に過ごさせてもらっていた。
「でも、そうしたら誰が常夜国を……」
ジャニファが自由になったら、あの暗いところでバライダルは一人になってしまう。
「心配には及びません。水天が分断した精霊界と妖精界の隔たりはしばらくすれば消え、常夜の国もなくなります。そうすればバライダル殿も自由にうごけるようになります」
ユンリルの言葉に、バライダルが孤独にならないと知ったジャニファはホッとした。
「それなら、私はネフティと共に加工の腕を磨きたいです。女王陛下には申し訳ありませんが……」
おずおずというジャニファに、ユンリルは微笑み、「良いのです」と言った。
「でも困りましたね……トルトにもジャニファにも記録官をしていただけないとは……。これからは新しい女王の教育もしていただかないとですのに」
「新しい女王?!」
突然のユンリルの言葉にその場にいた誰もが驚いた。