夏休みに妖精の国を救いました!①
四天が消えて少し経つと、さっきまでの揺れが嘘のようにピタリと止んだ。
「揺れが……おさまった……」
四人はホッと胸を撫で下ろした。
「無事、新しい四天は三界を支える柱となったのね」
ミアラは美玲の肩を寄せて微笑んだ。
離れてしまったのは寂しいけれど、それぞれ託された石を見つめると、まだ繋がっているような気がして、胸の中が温かくなる。
「皆さま、お時間を少しいただきますがよろしいですか」
そこへ、ユンリルがバライダルと共に四人の元へやってきた。
ふわりと金木犀の香りがする。
ほおも赤みが差していて薔薇のよう。
その背の羽根はきらめく光の粉を振り撒きながら活力に満ちていて、威風堂々とした佇まいはまさに女王だ。
まるで後光が差しているかのように美しく眩しいユンリルに、四人は言葉が出ない。
「妖精たちよ、女王ユンリルが命じます。これへ集合なさい」
凛とした声でユンリルが命じる。
各部隊の隊長を先頭に四元騎士団は整列し、城で働く妖精とそれ以外の妖精たちも美玲たちを囲み、その場に跪いた。
謁見の間の扉は開かれており、その向こうにも妖精たちの姿が見える。
フレイズも「またね」と言って美玲のそばを離れ、風部隊の隊列に加わった。
ちらりと目があったベルナールとセレイルは、以前のように片目を閉じて手を振ってくれた。
自分のことを思い出してくれたのが嬉しくて、市原と一緒にこっそりと手を振った。
かれんと志田も、グリルとジルビアに合図をしてもらい、嬉しそうだ。
その中にジャニファとトルトも、満身創痍のため座ったままだが頭を低くしているのが見えた。
『精霊たちよ、これへ。精霊の王たる俺様が命じる。姿を現し礼を取れ』
精霊王の声で精霊たちが謁見の間に集合して浮遊したまま頭を下げる姿勢をとった。
「ね、ねえ美玲、バライダルさんが……!」
「も、モフモフ……!」
かれんに袖をつつかれ、こっそり指差した方をみた美玲は驚いた。
驚いたことに、ユンリルの傍にいたバライダルは、ふさふさ金毛のウサギの姿になっていた。
大きさは精霊王より一回り小さいくらいだ。
それでもウサギにしてはかなり大きすぎるが。
種類は学校の飼育小屋にいるウサギとは少し違うようで、顔が毛で覆われ目が見えず、かろうじて鼻と口は見える長毛のウサギだ。
あれが彼本来の、精霊としての姿なのだろう。
そして精霊王自身も金色に光る鳥の姿になり、頭を下げ身を低くした。
謁見の間は美玲たちを囲んだ妖精と精霊でいっぱいになった。
「ミレイ様、ナイト様、カレン様、サトル様。この度は妖精の国の危機を救ってくださりありがとうございました。妖精たちを代表して、私からお礼を申し上げます」
ユンリルは四人に微笑み、深く頭を下げた。
謁見の間の妖精たちも女王と一緒に頭を下げる。
『我からも礼を言う。貴様たちのおかげで我が最愛の片翼も救えた。心から感謝する』
ウサギの姿のバライダルも目を細めて言う。
周りを囲んだ大人たちに一斉に頭を下げられ、四人はどうしたらいいかわからなくて慌てた。
「そ、そんな、あたしたちは……」
「皆さん頭を上げてください」
美玲とかれんは助けを求めるように市原と志田を振り返ったが、二人も困惑したように辺りを見回しながら首を掻くばかりだった。
『そう言う時は、「どういたしまして」と言っておけば良いのだ。子どもが謙遜なぞ覚えるな』
精霊王は近くに寄ってくると、翼の先で四人の頭を順に撫でながら言う。
『俺たちもお前たちに感謝している。ミアラを助けることができ、息子とも……こうしてな』
そう言ってバライダルの肩をポンと叩くと、バライダルは少し照れたように顔を逸らした。
そっぽを向きながらも耳をピクピクさせ、鼻がヒクヒクとウサギのように動かすそのかわいらしい仕草に四人はほおを緩めた。
「ミレイちゃんたちが助けてくれなかったら、私は今もあの冷たい氷の中だったわ。だから、本当に感謝してるの!あなたたちは胸を張っていいのですよ!」
ミアラに言われた四人は顔を見合わせると、せーので声を揃えて言った。
「どういたしまして!」
そう言うと、妖精と精霊たちの間で歓声が上がり、大きな拍手の音が謁見の間に響いた。
しばらくして、ユンリルがその音を手を上げて止める。
再びシンと静まり返った謁見の間にユンリルの声がひびいた。
「皆さまを元の世界に戻す前に、感謝の気持ちを込めて、ささやかですがパーティーを開きたいと考えております。ぜひ、私たちからの感謝の気持ちを受け取っていただけると嬉しいのですが……」
「パッ、パーティー……?!」
パーティーといえばお誕生会や、クラスのお楽しみ会くらいしか経験のない四人は目を輝かせた。
「ええ。今やあなた方は妖精の国の──いえ、三界の英雄なのですよ」
「えっ、えいゆう?!」
物語やゲームの中でしか聞いたことのない言葉に驚いた四人は、叫び声をハモらせ目を白黒させた。
「城の各所が荒れておりますが、修繕が終わり次第準備に取り掛からせていただきますわ」
にこやかに言うユンリルのとなりで人型に変化したバライダルもうなずく。
「で、でも……うちらはもうこの国にいたらいけないんじゃ……」
『いけないだなんて、一体誰がそんなことを言ったのだ?』
美玲の呟きにうなずくかれんを見て、バライダルが首を傾げる。
「いや誰も言ってないけど……なあ」
市原が言うと、志田がうなずいて理由を話した。
「えーっと……俺たちをよんだのって先代の風天で、ミアラも妖精の国も救ったし、風天も消えてしまったのにまだここにいてもいいのかなって」
美玲たちを呼んだのはフレイズを生み出した風天だ。
本当ならば、召喚主である彼が消えた時点で四人は強制的に元の世界に送られるとおもっていた。
そして四天が新しく変わり消えたのを見て、次は自分たちだと思ったのだ。
だから四人は、ユンリルからパーティーをひらくと聞いた時はまだ帰らなくてもいいのかと、とても驚いた。
バライダルは四人の視点に合わせるように身をかがめた。
『今の今まで、風天が消えたことはないだろう?風天と言う存在は小さいながらも水天の一部として存在し続けていたし、分身も作っていた。そして先程新たな風天が誕生した。だからまだ召喚は有効だ。強制的に送り返されたりはしない』
「でも、今の風天は俺たちを召喚した本人じゃないんだけど?」
市原が言うと、人型に戻った精霊王が腕組みをして答えた。
『四天は全ての要素が引き継がれるものだ。なに、俺が後でティンクルとピンクルに道を開かせる。ああ……それとも、今すぐ帰りたいのか?』
四天の覡巫女たちは寂しいことを言うなぁ、と精霊王はわざとらしく寂しそうに言う。
「ううん、そうじゃなくて……えっと……」
「もうサシェ、意地悪を言ってミレイちゃんたちを困らせてはダメよ」
困った美玲たちが顔を見合わせていると、ミアラが怒った顔をして精霊王を小突く。
「それじゃあ、俺たちまだここにいていいのか……?」
『そうだと言っているだろう』
志田の問いかけにバライダルがため息混じりに言って微笑んだ。
『ということで、パーティー、来てくれるな?』
「もちろん、絶対パーティー行く!」
精霊王の問いかけに、お誕生日パーティーやクラスのお楽しみ会パーティーの経験しかない四人は鼻息を荒くして叫んだ。
「よかった、さあ妖精たち、準備を急ぎますよ!」
四人の返答を聞いたユンリルは弾けるような笑顔で手を合わせると、いきいきと妖精たちに指示を出した。
「みなさまには城のお針子たちが腕を振い衣装を仕立てますので、おたのしみになさってくださいね」
「ドレス?!」
「うちらもドレス着るの?!」
美玲はかれんと手を合わせ、歓声を上げた。
市原と志田もまんざらでもなさそうな顔をしている。
妖精たちは嬉しそうに準備のため謁見の間を出ていき、フレイズも美玲たちに手をふり、四元騎士団の一員として退室し、精霊たちも同じように精霊王に指示を受け、いそいそと姿を消したのだった。





